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第二十五話 神道流

 累は佐吉とその晩も又夕げを共にしていた。累が佐吉の家に寝泊まりしているのは、彼の護衛が目的なのでなるべく同じところで過ごすように心がけているのだが、流石にこう毎日一緒に過ごしていると話す事も無くなって来る。


「お、綿二殿ではないか。よく来たな」

 累は助け舟を得たかの如く、突如そう言った。

「ん? 綿二さんがいらしたんですか? 相変わらず私には見えませんが……」

「うむ。私と佐吉は座敷の端に寄るので、綿二殿は逆の端に座られよ。そうすればギリギリ佐吉にも認識できるかもしれない」

 累に言われた通り綿二は座敷の端へと移動した。すると佐吉にはまた綿二が目の前に突然現れたように見えた。

「おお! 何度見ても驚きますね。綿二さん先日はどうも。ご夕食がまだでしたら用意させますが?」

「いや、今宵は結構でさ。で、先日の話は上にしときやしたぜ。……しかし中沢殿は先日と違ってその目を赤く変えなくともあっしのことが認識できるんですかい?」

「ああ、慣れみたいなものかな。しかしまだ近くにおられれば霞んだ様な感じもする。今一つはっきりとはしていない」

「へー慣れれば慣れるほどはっきりしてくるかもしれやせんね。そうしたらやっぱりあっしと……」

 累はそこまで言った綿二の言葉を遮る。

「明らかに剣技が私を超えて、養子に入ってくれるというなら考えなくもないぞ……しかし十手術ではな……当理流なら一刀剣法もあるだろう? そちらの方はどうなのだ?」


「この体質ですからね。間合いの近い十手術と小太刀術をちょっとかじったくらいでさ。それだけでほぼ無敵だ」

 佐吉は傍らで二人の会話を聞いていて、お侍さんというのは婚姻を恋愛感情とは全く関係なく考えるものなのかと感心していた。いや、隠密とは言ってもこの綿二は侍かと言えばちょっと違うような気もする。という事は自分も剣の腕を磨いた場合、この美しい女侍をめとる事が可能なのかなと、少しだけ想像してしまった。


「それで報告に行ったのは兄貴なんですが、明日にでもご要望通りの剣客が来るでしょうよ。沖田幸四郎という奴です」

「ほう、どこかで聞いた風な名でもある。それはどのようなものなのだ?」

「まぁ色男ってのはああいう奴なんでしょうね。道を歩いていても女衆が振り返るぐらいでさ」

「それは楽しみだな。剣の腕も相当なものなのか?」


 累の嬉々とした様子に、綿二は苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべる。

「まぁ悔しいことにまともにやり合ったら、あっしなんかひとたまりも無いでしょうね。しかしながら、真剣同士で戦えば絶対にあっしが勝ちますけどね」

「そりゃそうだろう、近間で相手を全く認識できなければ戦いようもない。しかしその無敵さが主の技の成長の妨げにもなってきたとは思わぬか?」

 綿二は累のその問いかけには聞こえぬふりを決め込む。

「ま、それはいいとして反魂の法を何で探してるかってのがあっしも気になって色々と調べてみたんでさ。てっきり組織をあげた話かと思ってたらそうでもねぇらしいんでさ。だからその法具とやらは、あっしが言うのも何ですが、まだ我らには渡さない方がいいかもしれませんねぇ」

「本当だ。お前がそれを言うか……まぁそれは相手次第なのではないか」


 そう言った累の顔を綿二はじっと見つめる。

「あっしは地獄耳なんですよ。手を抜かれても困ると思いやしてね」

 累は綿二の言葉に耳が赤くなるのを感じた。どうやら自分がイケメン好きだという事がバレてしまっていると感じたからだ。


 先ほどから黙って聞いている佐吉も累の動揺に気が付いたが、先日出していた手合わせ相手の条件を聞けば、それはそうだ何をいまさらという風に思った。その上で自分の容姿を振り返り、先ほど少しだけ持ち上がった剣術を極めようかという幻想は一瞬のうちに消え去った。

「な、なにを言うか、面相が良い方がいいと言ったのは、跡継ぎの容姿も良い方が何かと都合がいいだろうと思ったに過ぎないぞ。私はいつでも正々堂々全力で戦うのみだ」

 綿二は累の方を見て笑っている。

「それを聞いて安心しやした。沖田は神道流の達人です。何やら因縁めいたものも感じますな」

「なるほど、神道流となると塚原卜伝殿の剣術の源流とも言えるな。それは増々楽しみだ」


「神道流というのはどのような剣術なんですか?」

 黙って聞いていた佐吉が累と綿二にそう聞いた。

「うむ。室町時代から伝わる流派だ。念流、陰流と並んで兵法三大源流の一つだ。卜伝殿と同じ一撃必殺を身上としている」

 累が答えた。

「お侍さんの世界にも色々とあるんですね。俺達町民には無縁の話だ」

「もう戦乱の世も終わってしまって、昔の様に剣の道を極めようなどという侍は殆どいない。しかし平和が続くが故に、地方では食い扶持から外れる侍も増えていると聞く。なかなか世の中はうまく行かぬものだ」

 累はそう言って目の前の茶碗に盛られた白飯をじっと見つめる。


「ああ、そうだ忘れないうちにもうひとつ。中沢殿は普段は緒方一刀斎殿の所にお世話になってるって聞きましたが本当ですかい?」

「ああ、その通りだ。父が若い頃に剣術を指南してもらったのが緒方殿だ。主は知り合いなのか? しかしそれが何か?」

「いや、お名前を知っているくらいの事ですがね。 そうですか、緒方殿の孫弟子というわけですかい」

 綿二はそれ以上の事は話さなかった。少しだけ曇った顔をして、部屋から去って行った。


「明日来るかもって、道場の方に行くって事ですかね?」

 佐吉は累に向かってそう言った。

「かもしれぬな。条件通りに剣客が来るというなら当分お前が隠密にどうこうされるという事も無いだろう。もう明日からは緒方殿の屋敷に戻るとするかな。あまりお邪魔していても迷惑だろうからな」

「いえいえ、家の事なら心配ご無用ですよ。反魂の法を狙っているの者が他にいる可能性もありますしね」

「そうか?」

 累は少しホッとしていた。なんと言っても佐吉の家の飯がうまかったからだ。もちろん出される酒も上等だった。

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