第二十話 筑紫兄弟
同日の夜。町はずれのお濠の縁に二人の若侍の姿があった。そこいらには民家はなく、岸ではただ柳の木がゆらゆらと風に揺れている。
「なんだ、怖いのか? 口ほどにも無いな」
「そう言うお前こそ内心震えてるのではないか? 声に覇気がないぞ」
「正直人影もないし、不気味極まり無いな。これは幽霊が出るという噂もまんざらでもなさそうだ……」
二人は提灯の心もとない灯りを頼りにお濠の方を見る。遠くは暗がりだが月明かりでおぼろげながら様子はうかがい知れる。
「確かに雰囲気はある。しかしお前が一度夜に行ってみようというから来てみたが、特に何も変わったところは無いぞ。そもそも幽霊なんぞこの世にいるもんか」
「そうですかねぇ」
二人の侍は驚いて声のする方を見た。すると二人のすぐそばに一人の男が立っていた。足音もしなければ、その気配に二人は全く気が付かなかった。
「なにやつ!!」
若侍の一方はそう言いながら一歩下がって構え、腰の刀に手をやった。現れた男は慌てる様子もなく落ち着いた声でこう言った。
「いや、こんなところにこんな時間に人がいるのも珍しいので声をかけただけでさ。この辺りに出るって噂は聞いているでしょう?」
そう言って男はその両腕を手首から先をだらんと下に垂らして前に構え、掛け軸などでよく見かける幽霊の真似をした。
「無礼者!」
そう言ってもう一人の若侍は刀を抜いて構える。
「物騒な事はおやめください。ただお声をかけてるだけでしょうに……」
「お前こそこんなところで何をしているのだ!」
若侍は少し震えた声でそう問いかけた。
「さぁ何をしてるんでしょうね……悪いことはいわねぇから早く立ち去ったほうがいいですぜ……さもないと関わらい方が良かったと後悔されまずぜ……」
そういいながら男は一歩また一歩と振り返らずに後ろへと退く。そうして何歩が進んだところでその姿はスゥーっと二人の侍の視界から消え失せた。二人は提灯の明かりを持ってその後を追いかけたが、男の姿はもうどこにも見当たらなかった。
月明かりだけが頼りだが、二人はあたりをきょろきょろと見回す。すると先ほどまですぐそこにいた男が遠くの方に立って、二人の方を見ているのが確認できた。薄暗くてその顔ははっきりとは分からない。
「のっ、のっぺらぼう!!」
二人はそう叫んでお互いの顔を見合わせると、そのままその場を駆け出して逃げて行った。逃げた二人とは入れ違いに一人の侍がその場に現れた。
「一蔵、それに綿二も遊んでないでこちらへ来い!」
侍の呼びかけに答えて二人の男が侍の前に現れた。
「のっぺらぼうはねえだろう」
一蔵が自分の顎をさすりながらそうこぼす。
「若杉の旦那、遊んでいるとは心外ですぜ。せっかく人払いしてたって言うのに……」
綿二は侍に向かってそう言った。
「で、今日は何の話ですかい? やはり作事奉行の織田殿の件ですかね?」
一蔵が言う。
「まだ織田殿が斬り殺されたことは公にはなっていないのに、流石は筑紫兄弟、耳が早いな」
「織田殿が新しく作る宿場町の土地を買い漁って、私腹を肥やそうとしてるってのは裏世界では有名でしょう。大方どこかで恨みでも買ったんでしょうな」
「ほう、そこまで知っておるのか? しかし相手はあの織田信政殿だぞ。している事はともかくとして、剣の腕は達人級だ。それが一刀両断だったらしい」
「見ていたやつがいるんですな」
「うむ。その者によれば一撃だったらしい。いや正確には一撃かどうかもよく分からない。気付いた時には斬られていたんだそうだ」
「なんですかそりゃ? 物の怪の類の仕業ですかな?」
「物の怪は刀で人を斬ったりしないだろう。気になるのはその織田殿を斬った男がその時に叫んだ技の名だ」
「人を斬る前に技の名前を叫んだんですかい? それはまぁまたなんとも芝居じみてますな……で、なんて技なんですかい?」
「一之太刀と叫んだそうだ」
侍……若杉雨丸の話を聞いて一蔵と綿二は先ほどの若侍の様に、お互いを見つめ合った。そうして次の瞬間また若杉の方を向いて大笑いをする。
「そりゃ傑作だ。一之太刀と言えば塚原卜伝の必殺剣。大方芝居か何かの見過ぎでしょう。いかれた野郎だなそりゃ」
一蔵が言う。
「話はばかばかしいが、実際に織田殿は切られているのだぞ。それで現場周辺の住民にも聞き込みをしてみたのだ。すると一人の老婆が奇妙な事を言っておってな。何でもひと月半ぐらい前の満月の夜に、誰かが墓を掘り起こしていたというのだ」
若杉の言葉に綿二の顔が引き締まる。
「まさかそれって旦那が以前話していた……」
「そうだ、『反魂の法』だ!」
その言葉を聞いて一蔵が驚いた。
「『反魂の法』って死人の魂をこの世に呼び戻すってやつでしょう? そんな事ができるわけないでしょうに?」
「いやいや兄者、大国主は死から蘇ったって言うし、イザナギはイザナミを蘇生するために黄泉の国へ行ったんだぜ」
綿二が興奮気味にそう話した。
「そりゃ神話の話だろう。本当に綿二はその手の話が好きだな。死人が生き返るわけがあるまい」
一蔵は半笑いでそう言った。
「うむ。古文書の通り本当に死者の魂をこの世に戻せるかどうかは、儂にも分からんが、故人の記憶や技術を何らかの方法でこの世にまた出現する術はあるのかもしれん」
若杉は真面目な顔でそう言った。
「それぐらいならあるんですかねぇ。しかしそれなら墓なんか掘り起こす必要がないでしょうに?」
「……これは話すかどうか迷ったんだが、織田殿を斬った男はどうもそこに居合わせた連中が毒殺したやつらしいのだ。それが塚原卜伝の魂をもって復活したというならば話の筋が通る」
「筋が通っても、道理が通らないでしょう。それで旦那は俺達に何をしろと言いたいんですか?」
一蔵はしかめっ面をしてそう聞いた。一蔵と綿二は同じ時に生まれただけあって、同じ服装をしていると殆ど見分けがつかない。しかし今はその表情が対象的である。
「まぁ死人帰りの話は置いておくとして、織田殿を斬った男のそばにはもう一人町人がおったらしいのだ。それがどこの誰なのかを探って欲しい。もちろん斬った男もこの世の者であれば正体を知りたい」
「『反魂の法』で蘇った塚原卜伝を探せって事ですね。こりゃー面白い。ここはこの綿二に任せてください」
綿二はそう言うと若杉の方へと一歩近づいた。
「おいおい、それ以上拙者に近づいてくれるなよ。話ができなくなってしまう」
若杉が動いた綿二に向かってそう言った。
「おっといけねぇ。まぁとにかく兄者は乗り気じゃないなら昼寝でもしておけばいい」
振り返った綿二は一蔵に向かってそう言った。
「まぁ密偵はお前の得意分野だからな。何かあったら俺にも報告しろよ」
「良い知らせを期待しておるぞ」
若杉はそう言った。良い知らせという所に一蔵は違和感を覚えたが、それ以上聞くことはしなかった。




