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第十九話 隠密

 それには斎藤が横やりを入れた。

「丈一郎の勝手な願いをお聞きいただけるのは有難いが、そこで中沢殿に何かを頼まれるというのも筋が違う様に思いますが……」

 しかし累は右手を出して斎藤の発言を制した。

「それはどのような事でしょうか?」

 累はそう返した。この手合わせ前に考えていた通り累にも利が無いわけではない。ここは黙って話を聞くことにした。


「なに、儂の居ない間佐吉の所で寝泊まりして、何かと奴を気遣ってはくれまいか。あ、覚えておるかな? 佐吉というのはいつぞやに儂と一緒にいた町人だ。ちょっと先日厄介事に巻き込んでしまった様でな、どうも嫌な予感がする。お主に得が無いわけでもないぞ、あやつの家は大店おおだなだけあって飯が旨い。いい酒も揃っている」

 累は別に今居候している緒方邸での食事に不満があったわけではない。しかしそこは武家という事で、食事は質素な物であった。稼業で成功している商人の家の食事という物にも興味がある。確かに悪い話ではない。


「厄介事とは?」

 累は更に聞いてみた。

「それはまぁなんだ。何となくここでは言わない方がいいような気がするのう……。佐吉は何とか言ってたな。隠密が動き出すかもしれないとか何とか……」

「隠密?」

 そう言ってから、累は緒方一刀斎の言葉を思い出していた。

『まずは御公儀ならば御庭番だろう。しかし彼らは隠密だから、正体も分からないし会いようがない』

 そうして緒方一刀斎は隠密には腕の立つ者が多くいるだろうと言っていた。会いようがないとも言っていたのに、これは面白いことになるかもしれない。一石二鳥という奴だ。累は斎藤の方を見てこう言った。

「私はこの道場にてお世話になっている身。丈一郎殿の剣技の向上に繋がるというのであれば、協力させて頂く事に何の不満がありましょうか」


「おお、聞いてくれるか。時間もない事だし善は急げだ。丈一郎殿といったかな……早速修行に入るので身支度をされるがいい。中沢殿も早速佐吉の所へご案内いたそう。なーに身の回りの物など一切合切は儂の様に佐吉が用意してくれるので準備はいらぬ」

 卜伝は上機嫌な顔でそう言った。


「それでは緒方先生には拙者の方で伝言の使いを出しておきましょう」

 斎藤がそう申し出た。

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