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第十六話 月夜

 娘は二人に気が付いて振り向いた。

「あら、昼間のお侍さん。どなたかのお墓参りだったんですか?」

「いや、たまたま通りがかっただけじゃよ。この墓はご家族か何かのものかな?」

 卜伝に聞かれて娘は答える。

「いえいえ、この御墓の下には私と恋仲だった方が眠っているんです。昔から体が弱かったんですが、ひと月半ぐらい前に亡くなってしまったんです。将来も誓い合ってたのに無責任ですよね。生きている時はうちの団子が大好きだったんですよ」

 そう言って娘は懐かしそうに、そうして物悲しげに笑った。

「あ、明日の仕込みがあるから私はもう帰らないと……お二方も暗くなる前に帰られた方がいいですよ。最近暗くなるとこの辺りは物騒だから……」


 娘が去って、その姿が見えなくなったのを確認してから、二人は墓前で手を合わせた。

「おかしな感じだな。この墓の下にあるはずのものが、今ここで動いているんだからな。いったい今何に向かって手を合わせたことになるのだろうな?」

 卜伝は言った。

「やはり亡骸を使うなど、死んだ方々への冒涜でしたね。宮本武蔵殿の件は諦める事にします。反魂の法も封印したほうが良さそうです」

「うむ、それがよいかもしれんな」

 粗末な墓石では有ったが、その前にはニリンソウが何本か供えてあった。


 ゆっくりしているうちに、あたりはいつの間にか薄暗くなってしまった。街道沿いに宿屋があったのも見かけていたので、今日はそこで一泊して明日帰ろうかと話しながら歩いていると、前から何人かが近づいて来る。よく見ると昼間の二人にもう数人が連れ立っていた。その中の一人は腰に刀を刺していて、卜伝と同じく頭巾を被っている。その姿から察するに、それなりに位の高い侍であろう。


 集団の中で、昼間に茶屋で顔を合わせた男が話しかけてきた。

「なんだ、昼間のお侍さんたちかい。こんな時間まで何してたんだ。しかし縁があるね。今はこちらもお侍さんが一緒にいるんだから斬り捨て御免はなしですぜ」


 彼らに同行している侍が、卜伝と佐吉のことをジロジロと見ながらこう言った。

「このみすぼらしい男がお前の手下が言っていた侍か? 腰に刀を刺していれば誰も彼もが侍というわけでも無いぞ富五郎。……お主ら一体何者だ? 一人は町人のようだが、もう一人の方は本当に侍なのか?」

 

「お主らこそ一体何者なのだ。 見たところお前さん以外はみな真っ当な稼業の者ではない様にお見受けする」

 そういうと卜伝は刀の鞘に左手をかけた。


「ふむ、よく見ればその刀はなかなかの業物の様だな。しかもかなりの腕前と見た。しかし、あまり他人の話に首を突っ込むものでもなかろう」

 侍はそう言った。


「何となく他人事には思えなくてな。このあたりの土地を買いあさっているというのは何のためだ? まさか博打場を作ろうというわけでもあるまい。大方お主がこいつらを動かしているのだろう。墓場の方に何かあるのかな?」


 そう言って卜伝は顔の頭巾をとった。その顔を見て富五郎と呼ばれた男と、手下連中は驚く。

「な、なぜお前が生きているのだ! 確かに我らが始末したはずなのに!!」

 富五郎が叫んだ。


「最近始末したはずの男の顔を見たという話を聞いて、確かめに来てみればこれは面妖な……。儂が用意してやった毒には耐性があったという事か……」

 そう言いながら侍も頭巾をとった。

「ならばここで斬り殺してくれるまでよ!」

 そう叫ぶと侍は腰に刺した刀を抜いた。


「ほう、なかなか構えは堂にいっているな。名を名乗られよ」

「何を偉そうに! 町民に名乗る必要などない!!」

 そう言うと同時に侍は卜伝に斬りかかる。当然それは難なく躱されてしまう。


「……太刀筋は悪くは無いな。しかし武術を追及している者のそれには到底及ばないな」

「ふん。どうやら俺を誰だか分からないらしいな……」

 そう言って侍は鼻で笑った。


「ん? なんだ? こいつは何か有名人なのか?」

 卜伝は佐吉に聞いてみる。

「いえ、私に聞かれましてもお武家様の顔や名前など存じませぬ」


「作事奉行の織田信政だ!」

「お、名乗ったな。 もちろん儂には分からんが、こやつは有名なのか?」

「作事奉行の織田信政殿と言えば、民にやさしく仏の信政と呼ばれておりまする。それでいて武術においてもいくつもの流派で免許皆伝されたと聞いております」

 佐吉が答えた。


「仏? 人殺しという事か? まぁ良い。腕は立つのだな。これはこちらも名乗るのが道理というものだな」

 そう言って卜伝はひとつ咳ばらいをしてからこう名乗った。


「我が名は塚原卜伝だ!」


 その名前を聞いて、佐吉以外その場に居合わせたものは笑い出す。

「なんのつもりだ? にしても塚原卜伝はなかろう」

 富五郎は笑いながらそう言った。

「おお、やはり儂の名はこの時代でも知れ渡っている様では無いか。うれしい限りだな」


「毒で頭がおかしくなったか?」

 織田はそう言って刀を構え直す。


「織田という事は信長公の親戚筋であろうか? それが仏か……面白い話だのう」

 そう言ってから卜伝も自分の刀を抜いた。

「こやつは斬り捨ててもいいもんだろうか? なにか役職に付いているのであれば面倒な事になるのではないか?」

 卜伝に聞かれて佐吉は答える。

「卜伝様はじきにこの世を去ります故、気になさらなくても良いのではないでしょうか? 町民である私には織田様はどうにもできませんので、何かしらの嫌疑がかかるという事も無いでしょう。 あとはここにいる博徒の皆さんですが、それはどうとでもなるかと存じます」


「なるほど、そういう事のようだが、織田信政とか言ったな。お主はどうする。弱いものいじめはしたくないし、あまり無暗な殺生もしたくない。しかし向かってくるというならば仕方がなくなる」

 卜伝が織田に言った。

「ふざけるな! この町民が!!」

 そう言って斬りかかってきた織田信政に向かって卜伝は叫ぶ

一之太刀ひとつのたち!!」

 二人の体がすれ違った瞬間に小田の体は縦に二つに分かれていた。


「おお、一撃であれば一之太刀も使えたな。 これは是非とも累殿に見せたかったのう」

 そう言って卜伝は血飛沫を上げる肉塊の前で、高笑いをした。既に空には月が光り始めていた。


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