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第十三話 決着

「そうこなくては面白くない。髷も無いようだし加減も無しだ。心して参られよ!!」

 卜伝の声が終わるか終わらないかのうちに累は切りかかった。あまりに早くてその攻撃は丈一郎をはじめとしてそこに居合わせた者には認識が出来なかった。その激突に気が付いたのは刀と刀がぶつかり合う音がまわりに響き渡ったからだ。

 攻防に気付き全員が卜伝と累の方を見ると、もう既に二人は距離を開けて構え直していた。


「うむ、実にいい斬り込みだった。今度は儂の番だな」

 そう言って前に進み出た卜伝の刀は残像すら残さずに数度にわたって累を襲った。累以外にはその軌跡は目で追う事すら敵わなかった。しかし累はその攻撃を体捌きと刀で全て防ぎ切った。しかし体には傷を負わなかったものの、着物も髪も所々が切られていた。


「流石は赤目の一族だ。今までのぼんくらどもとはまるで違う。この攻撃を全てかわし切るとは思わなかったぞ」

「いえ、卜伝様こそ流石です。次の動きが全て分かっているはずなのに完全に躱す事は叶いません。受けるだけで精一杯です。しかしまだ加減してらっしゃいますね。私には分かります。意識に体の動きがついてきていない」


「ふむ。加減しているわけでは無いのだ。この体ではこれ以上動く事は叶わぬのだ。しかもそう長くは戦えそうにない。これはあれを見せろと言う事だな……」

 そう言って卜伝は刀を自分の左腰のあたりから、累とは逆方向に刃先を向けて構えた。現代剣道で言えば脇構えに近い。累はその技については父親より伝え聞いていた。塚原卜伝が必殺技「一之太刀ひとつのたち」。一筋の太刀に全てを載せて放つその太刀を受けて、未だ命を永らえたものはいないという。累は自分の死というものを再び覚悟した。


 色々と理不尽な事もあったが大方満足な人生であった。しかも最後にあの塚原卜伝の必殺の技「一之太刀」で死ぬのだ。剣術を納めた者として、これ以上の幸せがあるだろうか。


一之太刀ひとつのたち!!」

 卜伝は大きな声でそう叫んだ。必殺技とは言え、発する前に名前を言う必要があるのだろうかと、累はやや疑問に思わなくは無かったが今は集中の時である。


「ちぁぁぁ~!!」

 気合と共に卜伝の刀が累へと向かおうとしたその瞬間に、赤い目の力でどのようにその刀が軌道を描いて自分の体に斬り込んでくるのかが累には見えていた。しかしそれは避けられる速度を遥かに凌駕している。いや速度だけの話ではない、未来は既に決まっているのだ。

 

 しかしその未来が訪れる事は無かった。


「待った!!」

 そう叫んで塚原卜伝は動きを止めた。

 何事かと思いそこにいる人間は全て卜伝の方を見る。

「やはりこの体では無理だ! 筋も腱も切れたらしい。もう動けぬでは無いか!!」


 そう、中に入った魂は塚原卜伝のものであっても、その体はただの普通の若い男の体だ。いやむしろ若くして亡くなった、病弱でヒヨロヒョロのやさ男のものときている。到底卜伝の魂が命ずる動きにはついていく事が出来なかった。今までは相当格下の相手に対して、一瞬にして決まるような動きを繰り返してきただけなので気が付かなかった。その体では卜伝が必殺技を放つことはできなかったのだ。


 卜伝は刀を床に刺して屈みこむ。

「理由は何にしろ儂の負けじゃ。まさかこのようにひ弱な体をした男の中に入る事になるとはな……まぁだからこそこの若さで命を落としたのだろうな……さぁ、斬り殺すがよかろう。最も儂もこの男も最初から死んでいるがな」

 そう言って卜伝は高笑いをした。


「いえ、私にはあなたに斬られる未来は見えていました。この勝負は私の完敗です。あなたが命ぜられるのであればこの場で切腹いたします」

「これこれ、おなごが物騒な事を言うものではない。……しかしその宮本武蔵とかとやり合わないで良かった。こんな情けない負け方をしたら成仏できなくなるところだった」

「私ならば悔しくはないという事ですか……」

 累は事もあろうに卜伝の言葉にカチンと来てしまった。

「いやいや、そういう意味ではござらんよ。このように美しくて若いおなごに斬られて死ぬなど夢のような話だ。これで成仏せねば地獄に落ちる」

 天下の大剣豪塚原卜伝にそんな事を言われてしまっては、累も嬉しくないわけがない。次男で独身で、剣の腕でも遥かに累を超えている。初めて会った条件にピッタリの殿方であったが、体は死人でもうじき天に帰っていくとあっては婿養子に入って貰うわけにはいかないだろう。


「どうして拙者に卜伝殿が切れましょうか。残された時を有効に使われてください……もし時間に余りが出たならば、できれば稽古などもつけて頂けるとありがたく存じます」

 累の言葉に卜伝は答える。

「稽古か、なるほどそれも面白そうだが残された時間でこの手足は再び動くようになるのかのう? 赤目の一族にはまだその先もあると聞く。佐吉よ、一度あの世に戻っても、また呼び出してもらう事はできるのか?」

「いえ、反魂の法は同じ『独鈷杵とっこしょ』では一つの魂に対して一度しか使えない様です。それは西行様の文に書いてありました」


 確かにそうでなければ永遠に生き続ける事が可能になってしまう。しかし勝手に魂を呼び出されて、よく分からない体に入れらえてしまうというのは、怒ってもいいところなんではないかと累は思った。その他にも性別が違う体に入れられるとか、超不細工な外見になってしまうとか、色々と問題がありそうだ。しかも一発勝負でやり直しが効かない。自分は死んでも呼び出さないで欲しいものだと思った。累には死んでいるよりは蘇ったほうがましだという考えには行きつかなかった。

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