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第十二話 決闘

 それは無いでござろう、はっはっはっとそこにいた全員で大笑いしたところでまた障子が開いた。そこには全員が顔を見た事のない、一人の痩せた男が立っていた。ざんばら髪で腰には刀を一本だけ刺している。

「おお、聞いた通りここには大勢揃っている様だな」

 男……塚原卜伝は嬉しそうにそう声をあげた。


「何奴!!」

 累は背後をを振り向く。彼女以外全員が腰の刀に手をあてて身構えた。障子が開くまで全く卜伝の気配に気が付かなかった。


 卜伝は全く動じることなく顎にうっすらと生えた無精ひげを右手でさすりながら

「いや、一人ずつやっていても全然お主ら手ごたえがなくてつまらんのだ。もう時間もないしな……正直言うともう飽きてきたのだよ。一度に全員相手にすれば少しは楽しめるかもしれんしな……それでも構わぬのだろう佐吉よ?」

 卜伝の後ろには佐吉が立っていた。それを見て赤柄組の一人が叫んだ。

「やはりお前ら町奴の仕業だったのか。用心棒を雇うなど恥ずかしいとは思わんのか!?」

 

「お主らと違って我々はただの町人だからな。刀なぞちらつかされてはまともに争う事もできないだろう。このお方は我々の置かれた理不尽な状況を理解して下さったのだ」


「そなたも武士であれば、町人に金で使われるなど、恥だとは思わぬのか?!」

 丈一郎が卜伝に問いかける。

「おお、お前がこの組の頭か。なかなか腕が立つそうではないか。しかし儂は金などもらってはおらぬよ。話してみればこの佐吉も町人の面々も良い奴らばかりだ。うまい飯も食わせてくれるしな。そもそも……主らが武士だと? 片腹痛いわ。武士というなら己の剣で語るがよかろう」


 そういうと、卜伝は腰に刺した愛刀来国俊を鞘から抜いて構えた。卜伝のその在り様を正確に受け取れたのは、多分その中では累だけであったろう。すぐさま卜伝との距離を空けるように動くと身構えた。そんな累の動きに気が付いた卜伝はこう言った。

「ほう、今日は少しは楽しめそうなやつがおるようだな……ん? そなたはおなごではないのか?」

「いかにも拙者は女だがお気になさるな。それよりも事が始まる前に一つ聞いておきたい。……そなたは長男か?」

「ん? 儂の事か? まぁ儂は次男だがそれにどういう意味があるのだ?」

「ふむ、年の頃もいい具合の様だ。少々やせ細ってはいるがそれは後から何とでもなるだろう」

 卜伝の答えを聞いて累はニヤリと口に笑みを浮かべる。


「古河藩剣術指南役、中沢直光が娘累と申す。何者なのか名を名乗られよ」

「女のくせに儂を見て笑みを浮かべるか……面白い。……えーと……肩書は何と名乗ればいいのだろうな? 最後は隠居しておったしな……まぁ名だけで許してもらおうか。我が名は塚原卜伝と申す!」


 そこに居合わせた人間はその名を聞いて全員が一瞬凍り付いた……そうして徐々に失笑が広がっていく。その名を聞いて笑うなという方が無理な話だろう。塚原卜伝と言えば伝説の剣豪だ。江戸に幕府が開かれるはるか前、関ケ原の合戦の前に死亡しているはずだ。今では芝居の登場人物になっている。


 しかし累と丈一郎の二人だけは笑ってはいなかった。累は逆にその名を聞いて笑みがひいてしまった。この二人だけは構えただけの卜伝から、そうであっても決しておかしくないだろうという事を肌で感じ取っていた。


「邪魔になるので他の者は一切手出しは無用だ。丈一郎殿も後ろに下がっていてもらおうか。命……髷が惜しくないなら別だがな……」

 そう言って累は大きく息を吸った。そうしてゆっくりと吐き出すと彼女の目は見る見るうちに深紅に染まっていく。


「ほう、赤目の一族か、懐かしい……主らはこの平和な時代までも生き残っておったのか……」

 卜伝はそう言うと刀を構えたまま累の方を向いた。


「いくら赤目の一族でも分かるであろう。お前では儂には勝てぬ」

「我らが血族の事をご存知だとは光栄です。しかし勝ち負けの問題ではない、卜伝様を前にして手合わせを願わない武術者はおりませんよ」

「ほう、そうなのか? この時代では儂の事など誰も分からんと思っていたよ」

 そういいながら卜伝は苦笑いをした。

「誰がそのような戯言を!!」

 そう言って累は佐吉の方をちらりと見た。佐吉はすかさず目を逸らす。


「塚原卜伝様と言えば宮本武蔵と並び称される伝説の二大剣豪です。どのような理屈でここにいらっしゃるのかは分かりませんが、この機会を逃すはずもありません。私の命がどうなろうとそんな事はほんの些細な話です。しかしなぜそのように貧相な体をしておられるのか……しかも随分とお若く見える」


「そう! その宮本武蔵とか言う武士なんじゃ。やはりそやつは強いのか? ここにいる佐吉に協力すれば、いつかその武蔵とやらも儂と同じように反魂の法を用いて蘇らせてもいいと言われてのう。それは是非とも儂も手合わせしたいと思ったのだ」

「なんと武蔵様も蘇るというのですか?! どうしてあなたほどの方がこのようにつまらない戯言に付き合われているのかと思いましたが、そういう事でしたか……」

 そう言ってから累はしばし考え込む。


「佐吉とか申したな。武蔵殿を蘇らせるというのは本当に可能な事なのか?」

 累は卜伝の後ろにいる佐吉に話しかけた。

「私もそのつもりで色々と調べたのですが、反魂の法に必要な遺物がどうにも見つからないのです。反魂の法で魂をこの世に留められるのは、『月がもう二度同じところに来るまで』と書いてあって、法を使うのは満月の晩なのでそこから二度目の満月、つまりは二月の間だけのようなんです」

 佐吉は答える。

「それでは今のところ卜伝殿と武蔵殿の戦いは実現不可能と言う事か?」

 そう言ってから累は卜伝の方を見た。

「で、あればなぜ卜伝殿はこのような事を続けられているのでしょうか?」


「うむ。どうにもここは太平の世のようだ。真剣での立会など遠い昔の話になってしまったようだ。しかしこのような事をしておれば、いつかは手練れの侍と会えるかと思っての……そう、お主の様な」

 そう言って卜伝はニヤリと笑った。


「大変勿体ないお言葉で御座います。しかし私など宮本武蔵殿の足元にも及びませぬ。きっとあなたとやり合えばここで命を落とすことになるでしょう。それではお家は完全に断絶してしまい、父の遺言を果たすこともできなくなる。しかし卜伝殿と手合わせするなど千載一遇の機会……」

 一人思考を暴走させている累を、他の者達はあきれ顔で見ている。


「丈一郎殿、私はどうすればいいのだ!?」

 累は丈一郎の方を見てそう問いかけた。

「そんな事拙者に分かるわけがなかろう!! 生き死になど人の自由。お家の事など知った事ではない。お好きになされよ!」


「お好きに……」

 そう言ってから累は剣から両の手は離さずに胸にあてた。そうして数秒の後こう叫んだ。


「塚原卜伝殿、いざ尋常に勝負されたし!!」

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