第十話 武士
月明かりの中男はゆっくりと上半身を起こした。そうしてあたりをキョロキョロと見まわす。
「おい、治五郎、成功したんじゃねーか?!」
「どうすんだよ。お前が説明しろよ」
男は上半身を起こした時に、自分の上から地面に落ちた来国俊に気が付いた。
「お前らか、儂を呼んだのは? 我が愛刀来国俊があるという事は儂が誰だか分かっておるのだな?」
「申し訳ありません。昔のお侍さんだとは存じてますが、それ以上の事は……」
佐吉がそう言ったのを聞いて男は大笑いをする。
「はっはっはっ、随分と弟子を残して逝ったつもりだが、そうか儂の名は世間には残らなかったか……まぁそれも良い。それでお主ら儂に何用だ? 大体ここはどこなんだ?」
「ここはお江戸に御座います」
治五郎がおそるおそるそう答える。
「江戸? それはまた随分と田舎で目覚めたものだな」
「江戸は今は都……正確には都は京都ですが、日ノ本の中心となっております」
佐吉が言った。
「ほう、そんな事になっておるのか。しかしなんだこの細い体は。ん? 腕も足も骨に皮が付いているだけではないか?」
そう言って男は立ち上がった。その身には白い死に装束を纏ったままだ。しばらく体のあちらこちらを触っては肉付きを確認している。そうして腰ひもに、先ほど地面に落ちた刀を拾い上げて刺すと鞘から抜いた。そうして刀身をまじまじと見る。
「ほぉよく手入れされておるな。うれしく思うぞ。訳も分からずお主らを斬り捨てようとも思ったがやめておくか。儂一人では右も左も分からんしな」
そう言って男はまた高笑いをした。
佐吉と貫太は男の発言を聞いて震えあがっていたが、恐る恐る着替えの着物を差し出した。半信半疑ながらも反魂の法が成功した時の為に用意していたのだ。
「どうぞこれをお使いください」
「ふむ、気が利くでは無いか。何とも軟弱な者どもだが気に入った。どういう理屈かは分からんが折角この世に戻ってきたのだ。大いに楽しむとするか」
「あの~……お侍さんのお名前は?」
「儂か? 儂の名なら塚原卜伝だ」