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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢の中の火事

眠気覚ましに書きました。


それは今日のような蒸し暑い夜の話だった。俺は歓迎会の帰りでだいぶベロベロに酔っていた。あまりにもベロベロだったので、心配した何人かの同僚が送っていきましょうかと気を遣ってくれたが、会場となっていた居酒屋と寮があまりにも近かったので断った。

この程度ならひとりでも帰れる。

いくら今日からの入居で慣れ親しんでいない土地といえどだ。

常勤の先生が急遽教鞭を取れなくなったため、臨時で来てくれないかと言われたのが先月頭。そのときの口ぶりでは今すぐに来てくれと言った風であったのに、結局ひと月半も待ちぼうけを喰らった。

よほど準備の手筈が整わなかったのか、入居するように言われた寮は前の住人の持ち物がそこそこ残っていて、なんだか気持ちが悪かったが、1日ではどうしようもなく結局そのまま残っている。

朝方出てきたときの記憶を辿ってなんとか寮にたどり着き、さっさと身支度をしてすぐに寝ることにした。飲みすぎたせいでもう気絶寸前の眠さだった。

泥酔して深く深く眠りすぎたせいだろうか。

手放した意識の遠くの方で、ガチャンという音がした気がした。そしてドサリと何かを置く音。ペタ、ペタペタペタというこころなしかおぼつかない足取りの足音。そしてドンと何かが俺の横に倒れ込む音と衝撃。

ものが落ちてきたとか倒れてしまったとか、そんな軽い衝撃や音ではない。鈍くて重い音と衝撃。

結構な勢いで倒れ込んだにもかかわらず、それっきり何の音もしない。動く気配もない。

ただ確実にそこに存在しているという空気が部屋に満ちる。

今ただ目を開けば、すぐそこにその存在がいるんだ。そう思うと俺の意識はすぐ手元まで戻ってきてしまった。

目を開いてはいけない。起きていると悟られてはいけない。

目の前のものが何で、今何をしているのかよく分からない。

こちらを見ているのか、見ていないのか。そもそも見れる状態なのかどうかすら分からない。分かるのはただいるということだけである。すぐ目の前になにか分からないものが確実に存在している。

見てはいけない。見てはいけない。

そうだまた意識を飛ばしてしまおう。このよくわからない存在だってきっと変に覚醒したことによって生み出された幻に違いない。幸いこちらは泥酔しているのだ。目さえつぶっていれば、おのずと意識は遠のいていく。

意識が遠のくにつれて隣の存在感も消えていった。

なんてことはない。きっと夢の狭間で見た幻覚に何もない場所を意識してしまっていただけなんだ。俺は安心して意識を手放して眠りにつこうとした。

そのときやたらと何かが喧しく音を立てていることに気がついた。ベルだ。ジリリリリ…とけたたましい音を立てている。目覚ましの音ではない。これは火災警報器だ。

ハッと気がついて飛び起きると、あたりは真っ赤に燃え上がり、黒い煙が立ち込めていた。寮が燃えている。

このままではまずいと身を伏せたところで気がついた。何故か熱くもなんともない。煙を吸い込んでも苦しくならないし、そもそも吸い込めない。燃え盛る炎を触っても熱くないし、そもそも触れない。全てがまるでホログラムのようで、目には鮮やかでも俺には干渉できないようだった。

とりあえず外に出るかと立ち上がったところで何かが足に当たった。驚いて思わず炎の中に飛び込んでしまったが、やはりなんともない。気を取り直して身体を起こし、立ち昇る煙の向こうに目を凝らすと、燃え盛る炎の下に人が横たわっているのが見えた。

さっき俺が寝ていた横のあたり。なにかが倒れ込んできたあたりの場所だ。俺と違って煙に呑まれ炎に焼かれている。

俺は慌てて手を伸ばし、肩を掴んでこちらへ引き寄せた。ざらりとした感触が手に伝わり、仰向けの人物が横向けになる。

何故か人には触れるらしい。

炎から引っ張り出したもののひどい火傷だ。正直どんな人だかもよく分からないほどだった。

一体これはどういう状況なのだろう。

正直そのことで頭がいっぱいだが、それどころではない。この人に一刻も早く治療を受けさせなくては。

俺は脇の下から腕を回し、肩に担ぐようにしてその人物を持ち上げた。持ち上げてみれば俺より大きく体格が良い。おそらく男だろう。

炎や煙の影響は受けないが、持ち上げた男はずっしりと質量があり、とんでもなく重かった。それでも俺だって体育教師だ。体力にも腕力にも自信はある。

なるべく炎の上がっているところを避けて男を外に出してから、庭仕事用の水道からホースを伸ばし、服の上から水をかけた。

運良く寮の外には公衆電話があったので、緊急ボタンを押して救急車を呼ぶ。かけた先の隊員は10分くらいで着くと言ってくれた。

ひとまず胸を撫で下ろし、後ろを振り返って男の様子を確認すると、なんとあれだけの火傷を負っているのに起きあがろうとしているではないか。

俺は驚き、慌てて止めようと電話ボックスの扉に手をかけた。そして次の瞬間まるで電源を抜かれたかのように目の前がふっと暗くなり、俺は気を失った。


気がつくと俺は電柱の外に腰掛けて朝日に焼かれていた。

後ろにはシートを被せられた建築中の建物と急拵えでプレハブの仮住まいの寮が並ぶ。

急遽使えなくなったからとりあえず仮住まいに住んでいただき、半年後隣へ移っていただきます。そういえばそんなことを来る前に説明されたかもしれない。

静かな朝だ。焼けた建物もないし、怪我人もいない。全ては酔って見た強烈な夢だったようだ。

妙にリアルで怖かったので、夢だと知って胸を撫で下ろす。

しかし俺は部屋で寝ていたはずなのに、何故こんなところにいるのだろうか。帰ったと思っていたところですら夢だったのだろうか。

寮でもうひと眠りしようと立ち上がると、遠くの方でいたぞーと声がする。

声のした方に首を回すと、同僚数名と学年主任(昨日の飲み会のメンバーだ)が、懐中電灯片手に血相を変えて走ってきた。

そして俺を囲むや否や、どこにいたんだとか身体は大丈夫かだとか口々に言う。昨日寮に帰ると言ったきりどこにもいないし、心配して探していたんだと言う。

俺は申し訳ないと事情を説明しようとしたところで、ふと自分の手のひらが目に入った。煤と血と膿が付着して赤黒く汚れている。よく見れば肩から太ももにかけてにも血や煤がついていた。

そうちょうどあの男を担いだあたり。

あの出来事は夢なんかじゃなかったんだ。

眠気覚めませんでした。

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