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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

番だというけれど

私を私として好きになってください。番がどうとか言わずに。と彼女は言った。

作者: あかね


 俺、ロディ・D・アークライトは田舎の男爵である。

 つい一年ほど前に当主の座についた新米で、前任者からろくに引継ぎもなかった。前任者の兄は当主という立場を投げて、恋に生きると失踪した。ふざけんなよと実家から届いた手紙を叩きつけたが、兄はすでに行方知れずで手の打ちようがない。

 そういう経緯での継承のため、貴族としてのふるまいというやつがよくわかっていない。

 おそらく兄もわかってなかったなと察するところはたびたびあった。あの、ディンの弟!? とビビられることが多い。あの野蛮人と怒鳴りたいがやはり当人がいない。


 俺は当主となる前に近衛兵団に所属していた。素振りしてたら斬撃が飛んだと嘘みたいな話を真に受けた国王陛下御指名である。

 なお、ほんとに飛んだらしい。軌道上の木に傷跡が残っていた。マジかよ。経緯を説明する手紙を実家に送ったらかなり本気の心配をされた。いじめだのいびりだのより、国王陛下には気をつけろと。

 あれは素で心を折りにくる。国王陛下は悪気がないのに相手の心がバキバキに折られていることを俺は見たと。

 人の心ねぇぞ、あの人、というのが兄の評である。


 俺は近づかないことを決意した。


 近衛はそれなりに人がおり、仕事には幅があった。要人警護というのは、実家の良い、姿も見栄えするようなものばかりがつく。今どき襲われることは少なく、毒殺とかの方を警戒しているくらいだ。

 俺は田舎の男爵家の次男ということで城内の見回りとかが多かった。その時に上から下までいろいろな仲裁をしてきた。

 見回りというのは有用な貴族と接触させまいといういじわるされてる、らしかったが、別にそういうのいらないと思っていたので困りはしなかった。代わりに友人が怒っていたし。


 そんな日々も一年前に終了した。


 アークライト家というのはこの国において特殊だった。

 そんなに遠くもない過去、世界にはまだ神秘が残っていた。その残り香として、異種と混血したものが残っている。普通に都市に生活するには支障があるものたちにとっては辺境というのは、多少変なものがいても紛れるので都合が良い。それに山の中で生きられるならそれでよかった。

 そういうものの庇護者としてのアークライト家はこの国よりも古い。国家ではないのは、当主がそういうのに向いてないからだ。せいぜい揉め事を仲裁する村長どまり。税もほとんど自腹ということは領民もあまり知らないと思う。

 ま、とりあえず税を払っておけば火の粉は降りかかるまい、その程度の認識だ。書類についてもよくわかっていない。王都でそれなりに生活した俺でもよくわかってない。

 これを出して何がどうなって補助金が出るのかとかさっぱり。説明されてもよくわからない。


 当主になってすぐにやってきた強面の説明役は同じことを3回言って諦めた。この間、半年である。やっとくから、ハンコだけ押せと。役人任せというのは不正し放題のようだが、うちは金はない。換金できる現物はある。そういう領地だった。

 よろしくと頼むと彼はため息をついて、まともな書類作成をできるものを雇えと言っていた。

 田舎を超えたド田舎にやってくるような知識階級はいない。そういう娯楽に飢えて都会に逃げていく。そのくらい手伝ってやると言った友人も一週間で逃げ帰った。俺、都会が好きだと悟った顔で言っていたので、どこも住めば都ではないらしい。

 という話をすると頭が痛そうだった。

 代替わりしたら変わるかといつも期待して裏切られると恨みがましそうに言われたのだが、こればかりは諦めて欲しい。

 人間の言葉は言い回しがいろいろありすぎてめんどくさい。


 当主というのは、意外と王都に呼ばれるものだった。それもあまり重要そうではないものに。

 今年二回目の大きな宴に呼ばれ、俺は退屈していた。宴会というほど崩れてはいないので、お行儀よくうまく立ち回るというのはどうにも性に合わない。

 壁際でぼーっと見回している位がちょうどいい。なんか揉めてそうなところを見つけては、大丈夫ですか? と声をかけたりするくらいしかすることがない。色んなところのもめ事仲裁をしてきたせいか、もう癖になっている感がある。


 そろそろ帰るかと思っていたら、何か始まったので見物にいったのだが。


「なにしてんの?」


「痴話げんか、かな」


 見物人の中に友人がいたから声をかければ眼鏡をくいっとあげながらそういう。最初から見物していたわけではないらしい。役人の息子で一応貴族という自称の友人は眉を寄せている。


 王太子とその婚約者と別の少女が中心にいた。

 王太子殿下に新しい恋人がいる、ということは周知の事実だった。おそらく寵姫になるだろうと噂されていて、羨ましがられていた。

 王妃とはまた別に寵姫というものも女の権力者である。王太子の婚約者であるリリア嬢がそれを嫌がるというのもわからないでもない。

 ただ、今している話は寵姫を認めろという話ではなさそうである。


「ただ、陛下がいない間だから、困ったことになるぞ」


「ええと殿下が王代行になるんだっけ?」


 今後、王位を継がせるにあたって王太子に経験を積ませるため、国王不在の時のこの宴の采配を任されている。

 それにあたって今の王太子は王の代行という形となっている。

 それは王と同じ権威を王太子はもっているということ、らしい。


「そうだ。狙ったのは誰なのか、ということはあまり考えたくないのだがな」


 そうこそこそ言っている間に、話は進んでいる。


「リリア、お前との婚約を破棄する」


 今の王太子の言葉は王の裁定と同じように扱われる。


 王の代行をしている時でなければただの愚かな発言だろうが、今は違う。

 こんな宴の中で、婚約破棄が確定した。


 まさかと言いたげな沈黙。

 あるいはやはりと言いたげな沈黙。


 当のリリア嬢は青ざめて黙っていた。

 国王の不在時にこのようなことになると予想もしていなかったかもしれない。


「どうして? 彼女に采配ができますか?

 私が学んだ以上に、国のために尽くせますか?」


 悲痛な声に応じる声はない。


「寵姫として認めましょう。それで」


「くどい。お前の存在が不要なのだ」


 彼女は突きつけられた言葉に、耐えられないように崩れ落ちた。


「ばかばかしい。

 リリア嬢以上の適任がいるものか。陛下が戻ってきたら、すぐに、戻され、おい」


「うん?」


「どこ行くんだ?」


「いらないなら、もらおうかなって。かわいそうじゃないか」


 誰も、擁護してくれもせず、反論も役に立たず、青ざめて涙をためているその姿が。こぼれた涙のきらめきが、ひどく美しく見えた。


「しばらく謹慎をして」


「その子、いらないならもらっていいかな」


 王太子と彼女の間に割って入るようなことは、誰も考えていなかっただろう。


「な、お前は誰だ」


「アークライト。これで通じないなら、陛下にこう聞いて。領土分割するおつもりがあるかって」


 ほとんど口から出まかせだ。

 俺の領地は厳密には王国には属していない。昔からそこにあって、そこにいて、隣に国ができたときに地図上領土にいれておいていいかと聞かれてそうなった。

 今はそういう経緯も忘れて王国貴族の一つって感じだけどね。


 不敬罪と問えない家の一つとして、残っている意義はある。その気がなければ、王に首を垂れる必要もない。その特権は王太子でも知っていると思いたい。


 王太子が黙っているうちに俺は彼女に向き直った。


「手をどうぞ」


「あの、あなた、誰?」


「ロディ。ここにいても、もういいことはないよ。

 もう、帰ろう?」


 少し考えて、彼女は子供のようにうなずいた。


「ありがとう」


 小さく礼を言われて、胸の奥に疼くものがあった。

 これ、もしかして。


「見つけちゃったかな」


 小さくつぶやいたそれを彼女は聞きとがめたように見上げた。


「抱き上げていいかな。撤退戦は時間が大事。相手に時間を与えない」


「え、ええ」


 戸惑ったような彼女を抱き上げて確信した。

 いつもよりも、軽いように思える。これはまずいかもな。胸の内で呟いて、それから考えないようにした。


 彼女の自宅にいたのは、見覚えのある強面だった。


「あ、グレン殿のご息女でしたか」


「知らぬのか。全く、世情に疎い。

 娘より事情は聞いた。助けていただきありがたく思うが、すぐに立たれよ。王家からの使者が来る前に」


 悲壮な覚悟が見て取れた。婚約破棄された娘のために王へ抗議をするかもしれない。あるいは、もっと違うものを恐れているかもしれなかった。

 姿の見えないリリア嬢は今は母親と共にいるらしい。それならば今のうちに話を詰めたほうが良いだろう。


「よろしければ、お嬢さんをお嫁さんにいただきたい」


「……は?」


「家族として絶縁してもらったら連れていきます。

 それでどうですか?」


「しかし、王家が納得するであろうか」


「もう一度、婚約されるとお考えですか?」


「もしかしたら、そうなるかもしれません。あるいは、寵姫として」


 そう言って彼は黙った。


「連れて行ってください。頼みます」


「承りました。

 明日の朝の開門と一緒に出ますので準備を」


 その言葉の通りに朝一で王都を出て、彼女は荷馬車の上に。

 ぼんやりとした表情で外を見ていた。


 まあ、急展開過ぎてついていけない、というのはわからないでもない。

 本来ならもうちょっと待っても良かったんだが……。

 いやな予感がすごくする。


 あの王太子が、黙っているとは思えない。

 父親を恐れる息子が、父への反抗として婚約を破棄した。最愛を王妃に、リリア嬢を寵姫に据えて王妃の仕事を任せる。そういう考えもあり得ると友人は言っていた。

 それより、懸念があるとすればと。


 リリア嬢は若く美しい女性だ。

 それも努力家で、王へも意見を言うほどの豪胆さも持ち合わせている。


 王は、彼女を寵姫にしたかったのではないだろうか。

 わざと不在にして、失態を誘う。息子の婚約者を奪うなどできないから。失敗しても、王には痛みもない。

 勘違いだといいが、もう王太子を廃嫡したいみたいに思える。王妃ともども葬り去り、新しい王妃を迎えてやり直したい。そう感じると。

 そう思うと普通に優秀なくらいの殿下もかわいそうな気もすると友人は呟いていたが、俺にはどれも不快でしかなかった。


「なに?」


「おしりとか痛くない? 荷馬車ってガタゴトガタゴトだから」


「十分にクッションをもらったから大丈夫よ。ガタゴトガタゴト。ちょっと面白い音」


 小さく笑って、ガタゴトと節をつけて歌う様子は無邪気なようで、やはり虚ろに見えた。

 どこか、遠くに心を置いてきた。


 俺はそれを視界から外した。見られたくはないだろうし、見ていると何か余計なことを口走りそうになる。


 そういうの、いらないと思う。

 婚約者に捨てられ、初対面の男の嫁になるというのはやはり思うところもあるだろうし。俺もそんなつもりで領地を後にしてない。考えなしと罵倒されるに違いないだろう。でも、そのあとによくやったとか言いだしそうだ。


 そんなことを思いながらガタゴトと進んでいくとそのうちに嫌な気配が近づいてくるのを感じた。

 前よりもずっと感度がいい。

 たぶん、ものすごくまずい。


 だから適当なことを言って先に進ませることした。荷馬車を引いている馬はそれなりに賢く、話は聞いてくれるからと安心していたのだが。


「爆走してる……」


 悲鳴が聞こえた気がしたのであとで謝っておかないと。そう思って苦笑する。

 その間に嫌な気配のもとだったものたちがついた。

 騎兵が五人。一人は顔を知っていた。近衛の副隊長まで出してくるとはよほど焦っている。これは最悪な方の予想があっている気がした。


「リリア嬢を渡してもらおう。

 誘拐されたと話がきている」


「家から縁を切られて困っていた彼女を保護しただけだよ。

 噂の多い王都にはいたくないだろうから領地まで案内中だ」


 建前としては成立する。

 本人からの裏付けがあればもっと良いのだろうけど、それはやめておいた。

 騎兵が追いかけてきて、穏便に済ます方法がない。


「リリア様はまだ殿下の婚約者となっております。どうか、お戻りを」


「代行でも王の権限を使っての婚約破棄をしたのだから、もう戻れない」


「その後、謹慎を申し付け」


「言ってない」


 わざとさえぎり、再び言わせなかった。

 苛立ったような男たちは剣に手をかけた。


「黙って渡せ。

 そうすれば見逃してやろう。田舎者が我らに歯向かえると思うなよ」


「都会だけが優れているわけでもないだろ」


 野生の勘もなく、何も知らない。そわそわしている軍馬がかわいそうなくらいだ。

 馬上の人間と地上の人間の場合には地上にいるほうが圧倒的に不利だ。騎兵はそれを承知してる。じゃあ、落としてやればいい。


『わが友よ、その背の荷は重いだろう?』


 怯えたように馬たちが暴れ出した。

 落馬せぬように御そうとするが、ますます暴れる。そして、一人また一人と振り落とされた。当たり所が悪く死ぬような者はいないようだ。

 半端に鍛えてあるから、すぐには死なない。


「おまえは、なんだ」


 怯えたような視線を向けられてもいまさらだ。


「田舎の男爵だよ」


 余計なことをしなければ、そのままでいられる。


「じゃあ、色々お話ししようか」


 洗いざらい吐くまでには少し時間がかかった。


 逃げ出すこともしなかった馬たちを連れて道を進む。

 思ったよりも先に進んだようだった。そんな怯えなくても良いのにと思うが、本能的に危機感を覚えたのだろう。

 馬や犬猫などと話せるのは一族の特技だが、それを悪用したことはいままでない。ちょっとしたいたずらくらいはあったが。


「……本格的にまずい気がしてきた」


 ぼやいても仕方がない。

 俺の祖先にはドラゴンがいる。人間の娘に惚れ込んで婿入りした。それがアークライト家の始まりである。先祖の血は脈々と繋がり、今も一部本能として残っている部分がある。

 それが番を求める性質だ。

 本来のものよりもだいぶ弱くなってきているが、それでも例外事項はある。


 番へ命、あるいは精神的死をもたらすような危害を加えられることを看過できない。

 番のそばにいることにより、能力が強化される。


 この二つは残ったまま、らしい。今、俺は実感している。両方とも今、発生していて自分自身でもついていけてない。

 過度に残虐な性質はないと思っていたが、かなりやりすぎた。


 王妃からは毒殺、王太子も幽閉からの自殺演出。それも王が戻ってくる前にすべて終わらせて、事後報告するつもりだったらしい。

 王がという話は全く出てこなかった。

 忠誠心なのか、本当に知らなかったのかは判別がつかなかった。近衛の副団長は王妃の血縁と聞いたことがあるので、その関係であるというところはある。


 まあ、脅しはしておいたから対応は考えるだろう。

 王にリリアは気に入られていたが、リリアでなければならない理由はないはずだ。一抹の不安はあるが、それは本人に確認すればいい。


 思ったよりもずっと先に荷馬車は止まっていた。馬がやっと来たかという顔をしている。


「こんな遠くまでくる必要なかったよ。

 巻き込まれたくないって、多少は加減する。ああ、彼女生きてる?」


「いきてますぅ」


 死にそうな声で答えが返ってきた。小さく笑ってしまったのは気がつかれなかったと思いたい。

 聞いた話を少し変えて彼女に告げた。そのままだとちょっと刺激が強すぎるだろう。


「陛下お気に入りの娘と婚約破棄して、殺そうとすると言うのはなんでしょうかね?

 先に殺しておけばいいのでは? 王城のほうが自分のテリトリーですし」


「婚約破棄をしたという事実が先に欲しかったんじゃない? それから殺したい。

 まあ、俺でも殺すかな」


 後でごちゃごちゃ言われるのも面倒だ。


「殺しますか……」


 彼女の表情が引きつるのが分かった。うっかり物騒なことを言ってしまった。


「彼の立場ならねという話。

 自分が王太子で、他の人と結婚したいけど、今の婚約者に非はなく婚約破棄は難しい。破棄した後の処理も面倒になるのが目に見えている。王様が戻ってきたら婚約破棄が無効と言われる可能性はあるわけだし、怒られ損だ」


「ああ、なるほど。

 陛下が戻ってくる前に、無効になるかもしれない婚約破棄を真に受けて、世を儚んでという流れにしたいわけですか。どう言ったって死人は戻ってこない」


 そういって呟くが、どこか釈然としていないようではあった。

 何か足りないことに気がつかれる前に別の話題を振り、話を終わらせた。王妃や王の話はしたくなかった。いつか知るにしても、先送りにしてもいいはずだ。

 手が届く場所にいないのだから。


「なんで、助けようなんて思ったんですか?」


 しばらく進んでから思いついたように彼女はそういった。

 理由。

 番だから。

 そんなこと言いたくない。番だと知っていたから、動いたわけでもない。触れるほどに近くにいてようやく気がつくほどに、わかりにくかった。

 なにもなければ気がつかないで終わるところだった。


「かわいそ、かわいかったから」


「……変態ですか?」


「気丈に立ちながらも涙がこらえきれてない時点でかわいそうだなと思ったんだよ。

 それで、思わずね。

 君がほっとしたように笑ったときに、ああ、運命だなと思った」


「……運命とまで言われると大げさのような」


「ま、いいよ。君の運命が、君を連れ去るまで、俺のものになっておきなよ」


 ぱちぱちと瞬きをされ、彼女は微笑んだ。


「そうしておきます。ちゃんとお役に立ちますよ」


「じゃあ、税金の計算とか、申請書とかかいてくれる!? 俺、計算苦手でなんか違うとか差し戻されることある」


「お任せください。領地改革もいたします」


「いや、それはちょっと」


 楽し気に笑う彼女を見たらどうでもよくなってきた。

 そして、彼女は俺のお嫁さんになった。


 その後、王家からは謝罪が届いた。リリアは興味がなさそうに一瞥しておしまいだった。俺にも見るかと渡してきた。

 王子への処分が謹慎だけで甘いと思ったが、そうでもないらしい。


「身内への甘い対応でしょうけど、尊敬する父親にため息をつかれながら、なぜできないのだとか詰められるんですよ? 自己肯定感駄々下がりです。生きててごめんなさいとか言いだすのも時間の問題でしょう」


「そこまで人の心ないの?」


「ほとんど挫折しない人生しているんです。幼いころから優秀、王太子ですでに国を動かしています。身近で見るのはそれについていける優秀なものだけ。

 だから、優秀であるのは普通であると思っているところがあります。それ以下というのは怠惰であると」


「身近にいて欲しくない」


「私もそう思います。婚約破棄されてよかった」


 しみじみと彼女は言っている。


「その手紙によると責任を取らされて愛人というか、寵姫候補の彼女も王太子妃に内定したそうです。ただ、王妃教育を詰め込まれているというなら、安楽な生活ではないでしょう」


「王妃は?」


「ああ、離婚されるそうですよ」


「……え」


「息子をきちんと育てられなかった責任をとってと言ってますが、実情は違うのではないかと思いますね。つつきませんけど。少しばかり、勢力図が変わったようです。私たちにはあまり関係ないでしょう」


「ふぅん?」


「そういえば、陛下から王都へ戻らないかと誘われているんですが、何か聞いてますか?」


「何も聞いてないな。そうか」


 不穏な何かを感じたのか彼女は慌てたように断りましたとつづけた。


「私はここが気に入っているんです」


「俺が、気に入っている、と言われたほうが嬉しい」


「……そこは、追々。

 普通にちゃんと、好きになりたい、ですし」


「そうだね」


 書類上は結婚したもののまだ、手を握る程度の清い交際だ。その先に進むには、もう少し時間がかかりそうだ。


「なにを他人事のように。

 ロディも、ですよ」


「え? 俺も?」


「私を私として好きになってください。番がどうとか言わずに」


 拗ねたようにそういうのは、この家に着いたときに玄関先でついうっかり白状してしまったからだ。

 言わずにいてもきっと誰かが言うに違いないと先に言ったのもまずかったらしい。


「……もうかなり結構普通に好きなのですがね? 奥さん。伝わってないんなら手加減抜きで」


「そ、その両手はなんですのっ!」


「まずは、親愛のハグとかから」


「ご、ご遠慮しますわっ!」


 すごい勢いで逃げられた。まあ、ぼぼっと顔が赤くなったのがわかっているので、照れが限界を超えたのだろう。


「ほんと、かわいい」


 じれったいような距離感もまあ、悪くないような気はしている。

おまけ


「あの、税金、どうなってるんですか?」

「ああ、下の倉庫からなんかめぼしいものを拾ってきて」

「え?ひろってきて?」

「適当に売却してまかなってる」

「……この領地、無税ですか」

「そうなるかな。前からそうだし。そもそもさ、ここ換金できそうな作物もなんもない」

「そんなことないですよっ! 裏庭に貴重な薬草が栽培されているし、異国にしないはずの珍しい実も普通に食べてるじゃないですか」

「そこらへんにあるもんが売れるの? じゃあ、試してみようかな」

「いえ、やめてください。私が手配します。いきなり大量に売りそうな予感がしました。市場を荒らしまくるのはおやめください」

「じゃ、任せる。俺は用事があるので」

「待ちなさい。地下になにがあるんですか」

「ドラゴンのお宝。祖先様が勝手にしていいっていうから」

「……拝見してもよろしいでしょうか」

「いいよ。使えそうなのあるといいけど」

「……ロディ」

「うん?」

「山ほど金貨がありますね」

「きれいなピカピカだよね」

「宝石も原石から王冠まで揃ってますね」

「王冠は欲しいって言ったらくれたって」

「たぶん、それ、王様になれってこと……。いえ、そうではなく。もしや私の持参金いりませんでした?」

「え? あれ、君の個人資産だよ。俺は君がいれば十分」

「……番だから」

「計算してくれて書類整理してくれて、領地のこと考えてくれてここに住んでくれる知識人。大変貴重」

「……そこは好きだからとか言わないんですね」

「好意があるのは大前提。

 もしかして、私のこと好きなの? という問い……」

「そ、そそんなことはっ! あ、この石きれいですねっ!」

「持ち帰っていいよ。たまには外に出ないと」

「……石ですよね?」

「卵。主待ちの精霊だって。もう数百年待っている。君が、お友達になってくれるといいけど」

「大事にします」

「そうして」

「それはそれとして! 税収については検討しますよ。無税というのがばれるといいことはありません。他領地から人がなだれ込み……ますかね?」

「土地は余ってるけど、田舎過ぎるからなぁ……」

「……、お父様がいらっしゃったら検討します」

「そのほうがいいよ。急いで成果をださなくても君がいるだけでいい」

「でも」

「好きだから、そこにいるだけで癒されるし」

「……はい」

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