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第二話

 翌日、心配から明け方に目を覚ました私は、出る事の許された庭の古井戸で禊のつもりで冷水を浴びていた。

 井戸の水は非常に冷たくて、じっとりとした寝汗と共に邪な氣まで流されていく様な気がした。

 そして目が覚め切り、前世に倣って空手と合気道の形稽古を始めた。

 今世では、まともに運動をしない貴族の生活を送っていた為、骨、肉、肌の全てが全く鍛えられていなくて、一から直していく必要があった。

 前世の体験からして日本も随分と治安が悪いみたいだが、おそらく日本以上に治安が悪い事が確定しているこの世界で暮らしていく以上、これから鍛えていく必要があるだろう。

 実は、前世での趣味が武道だったこともあり、有給休暇を取っては様々な武術、格闘技を国内外問わず教えて貰いに行き、様々な修行を積んでいた。

 それで、武術のルーツなどを知っていく事で、その武術の真髄というものを感じていき、それを意識して修行するのが楽しいのだ。

 まあ、人質を取られて肝心な時に何も出来なかったんだが。

 でも、今世では、その失敗を元に徹底的に鍛えたい……心身ともに。

 何なら敵が居たら、その敵だけじゃなくて将来敵になるであろう親族までも殺すほどに。人質程度では屈しない精神を持たなくてはならない。

 そういう訳で、様々な武術の技を知っている身としては、そういった事を前提に一から鍛えていきたいと思っている。

 そうして修行をしていると、メイドのお姉様方が働いている物音がしたので修行を終え、再び井戸の水を浴びて部屋に戻ってきた。

 それから暫くして食堂に向かうと朝食が用意されていてメイドのお姉様方と一緒に食べて、儀式へ行く支度を始めた。

 儀式は城壁内に建てられた神殿で行う。そのため、ある程度上品な格好で行かなければならない。こういう時、前世ではスーツを着ていけば良かったのだが、今世ではそういったものが無い。面倒なものだ。まあ、今回は予め儀式で着るように渡されていた服を着るだけなのだが。化粧はしない。十歳だし、元から美人だからだ。

 うん、我ながらなかなか様になっている。

 私は案内人として付いてくれるメイドのお姉様と共に神殿へと向かった。

 この城、どうやら私が思っていた以上に広いみたいで、一つの街くらいの大きさがある。ただ、攻められた時に簡単に陥落しそうなほど広々としている。まあ、攻められる事を前提に建てられていないのだろう。建材はほとんどが石と煉瓦で、火災には強そうだ。地震には弱そうだが……

 ガランダル帝国の国土はとても広い。前世の日本より広いかもしれない。ただ、その国土のほとんどが荒野だが。おそらく長い間、辺境でしか争いがなくて、この辺りは若干平和ボケしているのだろう。城の造りから見て、長いこと攻められるような事がなかったのだろう。

 そう考えると今回の反逆者を処刑した件は、かなり思いきった行動の様にも思える。まあ、今回はどう考えても父が無能だったとしか言えないのだが。一体どうやって領地持ちでもない中央の貴族が離反しようというのか?せめて隣国と接している領地を持つ貴族でないと離反は上手くいかないだろう。

 前世の記憶があるおかげか、一歩引いた視点でものを見る事ができ、色々と好き勝手に分析する事ができた。

 しばらく歩いていくと神殿が見えてきた。他の建物と同様に、かなり大きく作られている。城を見て回った感じからして、解りやすく大きさが権威の象徴になっている様だ。

 神殿の外壁には、この帝都ドラグバーグのあるガカンダ山脈のレリーフが刻まれている。

 今世の記憶によると、ガランダル帝国では特にガカンダ大陸随一の高さを誇るガカンダ山脈を神聖視する人が多いみたいだ。確かに、ここから見える峰々は雲を貫き、空を突き上げている様には神秘と畏怖を感じる程だ。前世で一度だけヒマラヤのエベレストの登頂に挑戦した事がある。外国人数名とチームを組んで登頂を果たしたのだが、その時に感じた存在感と似たものを感じる。ガカンダ山脈とヒマラヤ、どちらの高度が高いのか気になるものだ。そういえば、チームにもう一人日本人がいたんだったか……確か、高校生だったはずだ。剣術をやっていて気が会って仲良くなったのを思い出した。今頃、どうしているのか……

 神殿に到着して中に入ると、以前他の神殿に行った時と同じ様にアードラの神々や善の精霊の立像が最奥に鎮座していた。内壁には壁画が描かれている。建物の古さ加減からして、かなり昔に建てられた神殿な気がする。壁画はちょくちょく補修しているのか、色が鮮やかだ。この山で取れた鉱石を削って塗料を造り塗っているのかもしれない。

 内部の構造としては、城とそう変わらない建物の中に一定間隔で建てられた柱のあるだだっ広い広場があり、最奥に神々や精霊の立像がある。左右には扉があり、神官が他の仕事をする部屋に繋がっている様だ。で、そのだだっ広い広場なのだが、床も石が剥き出しで、何も置かれていない。

 もうしばらくすると私の才能を確認する役人が来るらしいので、それまで床に膝をついて、掌を左右で90°角度をつけて握り合わせ頭上に掲げ、祈りを捧げる。そういう祈りの作法なのだ。

 そうして祈りを捧げていると神殿の入り口の方から声が聞こえたので祈りを終えて、立ち上がり振り向くと、数名の騎士に護衛された華美な装飾の服を着た男女数名が神殿に入ってきた。

 私は視界の端で案内してくれたメイドのお姉様が膝まづいて居るのを見て、やんごとなき方々と認識し、同じ様に膝まづいた。


「これは、これは。ようこそおいで下さいました。陛下、アリエッタ殿下、ジーク殿下、ローラン殿下、宰相閣下、第一騎士長閣下」


「うむ、ザンド殿は久しぶりに会うな。今日は頼むぞ」


「はい、陛下。椅子を用意させましょうか?」


「うむ、そうしてくれ」


 あれが皇帝アラン・ド・ガランダルか……人の目を惹きつける様な目をした人だ。

 そして、皇帝と同い歳くらいの男で鎧を着ている方が騎士長で、着ていない方が宰相か。

 あのお姫様がアリエッタ・ド・ガランダルで、他二人の皇子はどっちがどっちかいまいちよく分からない。

 そして皇帝に「ザンド殿」と呼ばれる青年、彼はもしかしたら神の使者なのかもしれない。

 私は皇帝達の様子を膝まづきながら密かに伺っていた。


「それで、あの娘が件の……か。面を上げてみよ」


「はっ」


 私は失礼の無い様にゆっくりと顔を上げて皇帝の顔を見た。


「まあ……」


「おぉ!」


「……ほぉ、なかなか」


 どうやら彼らが思っていた以上に、私が美人だったらしい。悪い気はしないものだ。


「さて、今一度聞いておこうか、お前の皇家に対する忠誠心をな」


 これは困ったな。どの神か解らないが、城の神殿の神官だ。おそらくアードラの神王ディボーか、もしくは法の神ジグラーか……この二神の使者が居る前で嘘は通じないと聞く。


「……はい。この度は反逆者の娘である私めに、このような機会をいただけた事、恐悦至極に存じます。私は反逆者の娘ですから、父と同じ穴のムジナが群がってくる事でしょう。ですから、私を密偵としてお使いください」


 これなら忠誠を誓った訳では無いが、上手く誤魔化せただろう。皇帝にもメリットのある提案のはずだ。


「ほう?密偵とな……フランツはどう思う?」


「魅力的な提案かと」


「うむ、そうだな。イヴリーシュ、お前の忠誠心は認めよう。以後、継続的に忠誠心を見せてもらおう。さて、ザンド殿。儀式を始めてくれ」


「かしこまりました、陛下。準備は出来ております。こちらの席におすわりください」


 そうしてザンドという神官が指す方を見ると椅子とテーブルが用意してあって菓子と茶が置かれていた。


「では、儀式を始めたいと思います。イヴリーシュ、こちらへ」


「はい」


「ここで神像に向かって祈りなさい」


 私はザンドの言う通りに、先程と同じ作法で祈り始めた。

 私が祈り始めると鐘が運ばれてきて、一定間隔で打ち鳴らされ始めた。鐘の音が神殿に反響する。仏教でお経を唱える時に鐘を鳴らすのと同じ感じだろうか。


「法と正義の神ジグラー様の使者ザンドが恐れながら申し上げます。アードラの神々よ、この娘に祝福を与えん事をお祈り致します」


 それから暫くザンドがぶつぶつと祈っていた。

 そして、終わったのか顔を上げた。彼の顔には汗が浮かんでいた。何処と無く緊張している様だ。何だか目付きが先程と違う。


「陛下、終わりました。イヴリーシュ……貴女も祈りを辞めなさい」


 促されるまま、皇帝の前まで行き跪く。


「それで、ザンド殿、結果はどうだったんだ?」


「いやはや、久々に驚かせてもらいました」


「ほう?そんなにか」


 おっ?この反応は良い才能を持っていたということか?


「父上、どういう事ですか?」


 姫アリエッタが興味ありげに聞いている。よく見れば、その隣に居る皇子二人も頷いている。

 てっきり皇族ともなれば、擦れているのではないかと思っていたが、意外と歳相応の反応だ。

 まあ、そんな事考えている私も肉体的な年齢で言えば同年代なのだが。


「それは今からザンド殿が説明する。では、ザンド殿」


「ええ、かしこまりました。イヴリーシュ、彼女の才能は、空、闇、聖の属性に適性がある事と、魔力が稀気である事です。いや、私も稀気を持つ者を初めて見ました」


「それは!……ザンド殿が驚いたのにも納得だな」


 皇帝が驚くとはよっぽどだな。

 今聞いて私に解るのは、三つの属性についてだけだ。空は五元素の内の一つで、あまり適性のある人は居なかったはずだ。そして闇は、邪神とその眷属が持っている属性らしく、人種でもそれなりに持っている人は居る属性だ。聖は善神に近しい使者や天使や善の精霊が持っていると聞いた事がある。何故、この組み合わせなのかは解らなくて疑問が残るが、本当に全く知らないのは稀気だけだ。

 話し方からして、特殊な魔力を持っていたという事は解るが……


「父上、稀気とはどういったもの……なのですか?」


 おっ!何方か解らないが、皇子ナイス!


「ああ、稀気は、我々人種が神によって造られた頃に持っていたという神の魔力に限りなく近い、上質な魔力の事だ。稀気を持つ者は滅多に居らんのだ」


 ほう?そりゃ、そうとう勝ち組なのでは?

 ラッキー!


「陛下の仰られる通りですね。それに得意属性が空と闇と聖とは、これもまた珍しいです」


「そうだな。フランツ、この城には得意属性が聖の者は他に居たか?」


「そうですな。ザンド様の様な使者様を除くのであれば、一人メイドに居たかと」


 そんなに珍しいのか。


「ならば、そのメイドにイヴリーシュを教える様に伝えておいてくれ」


「わかりました」


 聖属性を扱う教師をつけてくれるのか。それは有り難いな。魔法の使い方が解らなかったから、願ったり叶ったりだ。それと、闇や空の話をしないところを見るに、闇や空はお呼びじゃないみたいだ。


「イヴリーシュ、お前が有能である事は証明された。お前にはとうぶん城で暮らしてもらう。その間、用事があれば、お前に聖属性の魔法を教えるメイドから指示を出す事になる。いいな?」


「はっ、寛大なご判断、恐縮致します」


「うむ、それでは下がって良い」


「失礼致します」


 そう言って私は礼節を守りながら、そそくさとその場を後にして部屋に帰った。

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