第1話 ここは国立大日本帝高院
連載始めました。
日本国には明治時代から「四大財閥」たるものが存在している。
柊、皇、圍、京
この4家がそれに該当する。
日本国民ならば誰もが知る一般常識。
日本経済は四大財閥によって四分割されている…と言っても過言ではない。日本国民はこのいずれかの財閥に所属しているのだから。
所属、といっても別に何かを強制させるような制度では決してなく、あくまで国民が選択する形だ。都度変更が可能であり、寧ろ1つの財閥を生涯選択し続ける人の方が少ない筈だ。
この世にはありとあらゆる業種が存在する。人工知能の台頭により、今後も増えていくことだろう。
財閥の所属を選択するのはそうした背景からだ。
各財閥は、それぞれ注力している分野というものがある。
皇は医療分野。
病院、製薬会社を多く抱えているので、医師や薬剤師、放射線技師など医療分野の職業に就きたい人は皇の所属率が高い。理系の進学率も皇が断トツだ。
皇に所属すると医大生や看護大生は、充実した奨学制度を受けられるのだ。薬の開発に至っては莫大な援助をしてもらえる。
圍は芸術分野。
日本の誇るべき文化を世界に発信していく役割を自然と担っている。アニメや漫画のみならず、絵画、音楽、陶芸…と多くの日本芸術家達を世界に輩出している。
出版社の就職率はここが高い。
希望する美大生には素晴らしい海外留学の待遇が用意されている。
京は工業分野。
日本の輸出額のシェアの多くを占める、自動車や半導体などを生産する他、再生エネルギー資源の確保にも積極的であり、環境保護にも力を入れている。
情報社会から創造社会へと移り変わった現代を間違いなくリードしている財閥だ。
ゲームクリエイター、エンジニア、放送作家。この辺りに興味がある方は間違いなく京財閥の所属行きだろう。
そして、柊。
柊は1つの分野に限定されず、多岐にわたる業種を抱えている。一番初めに創業された財閥という背景もある。
公務員を目指すならば柊が最も良い待遇と言えるし、福祉制度も充実している。強いて言うならば、学問と福祉分野…といったところか。住民税や固定資産税も柊が一番低い税率だ。不動産業にも力を入れているのだ。
こうした税制度の違いも、財閥の所属を選ぶときの重要ポイントだ。
ちなみに皇は医療保健料が破格の安さだ。圍と京はそこには注力せずに、他で魅力を補っている。
四大財閥はこうして、日本の経済を支えている。
しかし、いつの時代も四家が均衡を保てるのかというと、そうではない。
当主によっては財閥同士で表立って対立を露わにし、国民の不安を煽ったケースが過去に存在する。
では、四大財閥はいかにして表面上とはいえ、平穏を保つか。
否、答えは簡単。
ーーーそうさせるだけの抑止力があればいい。
長い前置きになってしまって皆様には大変申し訳ない。
しかし、漸く現代編へと話を移せそうだ。
「…久しぶりだな、皇周」
俺ことーーー柊聖夜は、うんと何年ぶりにもなる目の前の少女に再会の言葉を口にした。
傷みひとつない、白い雪を澄んだ湖の色に優しく染め上げたが如く、綺麗な髪を靡かせる少女。それと同色の瞳は聖夜を真っ直ぐと捉えて、優しく微笑む。
「お久しぶりですね、柊聖夜君。…貴方の元気な姿をこうして見られたこと、本当に嬉しく思いますよ。噂にはきいていましたが、ずっと心配だったので」
周が一体何の話を指しているのか、聖夜はすぐに理解した。
「何だ、初回のリップサービスといったところか?随分お優しいんだな」
「ふふ、本心ですよ?…ご一緒しても?」
「ああ、それは勿論構わないが」
どうせ、目的地は同じだ。後で合流するというのに、別行動する理由はないため、周の提案に頷く。
普段の都会の喧騒から少し外れた道を、2人で横に並んで歩いて行く。人もまばらだ。慣れない光景だが、しかしこれからはこの風景こそが日常になるのだ。
「その制服…」
「はい。……もしかして、どこかおかしなところでもありましたか?」
聖夜も周も新しく通う高校の制服を着用していた。
聖夜は黒のブレザーに、周はグレーのワンピース。その上には胸元よりもやや下の丈の同色のブレザー。
周は胸元の白いリボンにそっと触れて、聖夜の言葉を気にしたのかおかしな箇所がないか探し始めた。
「ああ、すまん誤解させてしまったな…単に似合ってるな、と言おうとしただけだ」
「…」
周は聖夜の言葉をきくなり、黙り込んでしまった。特に彼女から不機嫌なオーラは感じられないので、気を悪くしたわけではないと思うが。
「周の雰囲気によく似合ってる」
もう一度、言ってみる。
社交界では女性と挨拶した際には、容姿を褒めるのがマナーなのだが、やはり周からの返答はない。周ほどの容姿にもなれば、マナー云々ではなく、いくらでも男性陣に褒められ慣れていそうだが…
「何をそんな照れている?」
「な、何でわかってしまうんですか…っ。聖夜君が初回からリップサービスしすぎなんですよ…」
「本心だぞ」
聖夜との会話において、すれ違いなどというものは存在しない。それは聖夜の特技たる所以なのだが、的確に言い当てられてしまった周は顔が赤らんでいる。
「私だって、いつもこうじゃないですよ。貴方はそういうの控えたほうが周りの身のためですよ?」
「まあ、お前に言われずとも多分そうなるから、安心しろ」
「…え?」
「その話はいいだろ。…ほら、着いたぞ」
2人を迎えたのは、洋風の建物。
城の如く、とてつもない敷地面積を誇るそこはーーー学校。
日本国唯一の、国立高校。
開校約140年の長い歴史を持ち、戦争で東京が焼け野原になった際に建物自体は半壊を免れなかったが、復旧工事をし、今なお現代を生きる日本文化遺産。
国立大日本帝高院ーーー。
31年ぶりに開かれているその門が、聖夜と周を迎えていた。
「私は正直、この日が来るのをずっと恐れていたんですがね」
「何だ、ただの学校だろう?」
「そう言い切れる貴方が羨ましいです。どうせこんな事しなくたって、貴方がそうだと決まっているのに」
周が言わんとしている事を聖夜は勿論理解していた。幼少期に少し交流があった程度でよくそんなにも確信を持てるものだな、と思いつつも聖夜は敢えて言葉を返さない。
いや、返せない。
ここで冗談でも「そうだ」と返してしまったが最後、聖夜の計画の崩壊の序章だ。
違う、とも言わない。
周はその言葉を頼りに今後の学生生活での聖夜の態度なら対し、確信を持つだろうから。
「…行くぞ」
「はい」
ーーー四大財閥が均衡を保つがための、抑止力とは何か?
それは、この国立大日本帝高院の存在意義を問う質問でもあった。
抑止力、すなわちそれは、四大財閥のうち最も優れた能力をもつ人間に「長」としてある程度の権力を与えること。
全能大権、と呼ばれるこの権力を求める者は後を絶たない。財閥の人間であれば、喉から手がでるほど欲しい称号。その分制約も多いが、四大財閥の中で優位にはたらけるのだ。
では、その「長」はどのようにして決定されるか?
全ての答えはここにーーー
「遅かったな、お二人さんよ」
教会の壇上にのぼり、中に入ってきた聖夜と周を見下ろす男。
ミュージカル口調で紡がれる彼の言葉は惑わされる者も多い。財閥界たっての変人と言われていた。
右目の下にある泣きぼくろが儚げな雰囲気を醸し出している。
圍 於欹。
「まったくだ。お前達二人が産まれるのが遅かったがために、無駄に1年を待たされることになった」
今度は別の方向から声がかかった。
鋭く棘をもつ、厳しく冷酷な声色。
少し癖っ毛がかった、眼鏡を掛けている男が現れた。
京 理創。
「あら。貴方が大人しく待てずに勢い余って腹から飛び出されたのではなくって?」
さっきまで恐ろしいと言っていた癖に……堂々と理創に迎え撃つ彼女の変わり身に聖夜は内心で嘆息する。
皇周。
「……」
そして、そんな周とは対照的に終始無言の黒髪の男。
柊 聖夜。
四大財閥の今代の代表者4名が一堂に会し、
波乱の舞台は今幕を開けようとしていたーーー。
これから投稿していく予定なので、また読んでもらえたら嬉しいです。