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テーマ2「追放された悪役令嬢が素敵な男性たちに出会い、溺愛逆ハーレムを築く」

アルファポリス様にて掲載した短編をこちらにも掲載しておきます。

私の名前は「恋純こいずみ 愛子あいこ」、ただのゲーマーヲタクのアラフォー喪女。


とあるきっかけで、私は自分が事故に遭って死んだことを思い出した。


そして、今の私は侯爵貴族令嬢「アーデルハイト・フォン・オーヴァーベック」。


とある世界の貴族、オーヴァーベック侯爵家に生まれ、その地位と権力を利用して、好き放題やらかしていた悪女である。


私、愛子はひょんなことからアーデルハイトとしてこの世界に生を受け、今の今までそれら全てを忘れていた。


なぜ忘れていたのに、今になって思い出したのかって?


それは簡単なことだ。


アーデルハイトがある日婚約者である第一王子に婚約を破棄され、その原因となった王子の想い人の女に襲い掛かろうとした際に、女を守った王子に突き飛ばされ、頭を打ったからである。


武道の心得なんて微塵もなかったアーデルハイトは、突き飛ばされた衝撃でそのまま床へ脳天をダイブ。


その衝撃によって、今までずっと忘れていた前世の記憶と、人格がスポーンとスポーンしてしまった、というわけだ。


上手いこと言いたかったわけではないし、笑い事じゃない、むしろ恥ずかしい。


そして気絶したアーデルハイトは、王子の命令によって国の外れにある、恐ろしいモンスターの巣窟の「魔の森」へと投棄された。


そんな経緯を辿って、薄暗い不気味な森の中に投棄されたアーデルハイトこと愛子、つまり私だったが、なぜか私は蔦で作られた玉座に座らされて、多分歓迎を受けている。




蔦の玉座の前には、大きな木の切り株。


その上には魔の森に自生していたであろう植物の奇妙な木の実や種、毒々しい色の獣の肉や花が所狭しと並べられた。


多分、この魔の森におけるご馳走なんだと思う。


極彩色のそれを口にする気は全く起きないけれども。



(どうしてこうなった。)



私は心の中で頭を抱える。


あくまで頭の中だから、アーデルハイトの見た目である私は、足を揃えて背筋を伸ばし、優雅に膝の上へ手を重ねている。


うーん、我ながらアーデルハイトとして染みついた姿勢だけは完璧だわ。


確かに私ことアーデルハイトは、第一王子が愛した女、いわゆる国の聖女として選ばれた女をいじめた。


いじめたことは許されないし、やったのは私=アーデルハイトだから、ちゃんと反省もしている。


だからといって、死刑宣告にも近しい、魔の森投棄はない、ないわー。


せめて国外追放までにしといてくれよ、マジで。


というか、あの聖女ちゃん、私がやったこと以外もベラベラ私がやったことにしてなかったか。


それを真に受けてあの王子、散々罵倒してくれやがって…


思い出すだけでなんかイライラしてきた。


目を瞑って、怒りを逃がすようにため息をつく。



「ハイジ、どうしたんだい。」



そんな私の様子を見て、穏やかな声がかけられる。


顔の近くで甘い香りがする。


この穏やかな声の持ち主の吐息だった。


目を開けたくないけれども、そうはいかないだろう。


私は意を決して、ゆっくりと目を開く。


少しずつ明瞭になる視界の先にいるのは、毒々しいピンクと黒の花びらに彩られた、巨大な花。


本来ならば花の生殖器があるだろう中心の部分は、円形に鋭い歯が生えそろった口になっている。


私なんて一口で呑み込んでしまえそうなほどの大きさのそれの下には、無数の触手…ではなく、太い蔦が生えていた。


ゲームなら間違いなく「マンイーター」とか「ラフレシア」とかつけられちゃいそうな巨大な人食い花が、私の顔を覗き込んでいる。


鋭い牙でびっしりの口からは、甘い匂いがする蜜が、涎のようにダラダラと滴っていた。



「僕の膝は、居心地が悪かったかな。」



マンイーターは、心配そうに声を上げる。


実は私が座っていた蔦の玉座は、このイケボマンイーターこと「ヨハネス」の蔦なのだ。


本人は一応膝と言っているけれど、私にしてみれば膝かどうかは全然わからん。


というか、心の準備をしていても、このビジュアルはインパクトが半端じゃない。


人間喰う形をした口を持った花の顔面ドーンなんて、心臓に悪すぎる。


叫び声を上げてその場から逃走したかったけれども、そこはぐっとこらえて、表情は氷の美女を意識する。


冷ややかで美しい悪女らしい見た目を保ったまま、首を振って彼の言葉を否定する。



「いいえ、そうではありませんわ。


ただ少し気分が優れなくて…」



一応、キャラだけはアーデルハイトを保ちつつ、私は答えた。


ただのヲタク喪女の愛子丸出しにしててもいいのだけれども、それはそれで問題がありそうだから、とりあえずはアーデルハイトになりきっておく。


大丈夫、なりきりチャットとか経験してきた古のヲタクだから、なりきりは超得意。


心配そうな顔をしているだろうヨハネスにそう答えたのだが、そんな私の身体が唐突に柔らかい弾力性のものに抱き寄せられる。


ひんやりとして、ぷにぷにとして、少し湿ったそれの方を向いた。



「じゃあ、ボクのところにおいで、ハイジ。


ボクが優しく抱っこしてあげるよ!」



そうやって甘い声を発した物体は、半液状。


濁った黄色と緑の境目の色をした、不定形のものだった。


これがゲームなら絶対に「スライム」「プリン」「ブロフ」なんて名前がつくだろう存在。


声だけ聴けば可愛い年下後輩弟キャラなこれの名前は「レニ」だ。



「心配いりませんわ、レニ。


気を使ってくれて、ありがとう。」



レニは本気で言ってくれているのだけれど、正直ちょっと膿っぽいスライムの中で心穏やかに過ごせるほど、図太くはない。


だったらヨハネスの膝玉座の方がマシだと思って、つい断ってしまった。


あとレニの表面は半液状のせいか、なんかの液体で濡れてるし。


服も溶けないし、身体も溶けないから、何の液体かわからないからちょっと怖い。



「おいおいレニ、あんまりお姫様を困らせるなよ。


失礼、お姫様、許してやってくれないか。」



そう言って茂みから凛々しいイケボで話しかけながら現れたのは、自分よりも縦も横も一回り、二回りも巨大な、丸々太った豚頭のモンスターだ。


短い膝を折ったそれは、丸太をへし折れそうなくらいに太い腕を伸ばし、サツマイモのようにコロンコロンとした指で、私の手を取る。


そして、牙が上向きに突き出た口元に、それを近づける。


腕を食いちぎられそうな絵面だが、ただ手の甲にキスをしただけだ。


色男みたいな声を出すものの、見た目は女騎士を凌辱してそうな巨体のモンスターであるこれの名前は、「カールハインツ」。


カールハインツのその態度は紳士的であるものの、やはりこの行動はイケメンがやるから映えるんだな、と思い知らされる。


流石にまんまオークにそれをやられても、悪いがどういう顔をしていいかわからない。



「まあ、でもレニの言うこともわからなくないよ、カールハインツさん。


オレだって、出来ることならずっとハイジに触れていたいからね。」



カールハインツの後に続いて、茂みから現れたのは、今度は私の腰ほどしかない小人の人型モンスター。


猫背、突き出た腹に尖った耳、そして禿げ頭にくしゃっと潰れたような顔の、いわゆる「ゴブリン」と言われる存在だろう。


名前は「ドミニク」と言った。


ドミニクは爽やかなスポーツマン的なイケメン声でカールハインツに話しかけながら、汚いずだ袋を携えて私の傍へ。



「見てよハイジ、君のためにカールハインツさんと一緒にいっぱい集めてきたんだ。


受け取って…くれるかな?」



そう言って、ドミニクはずだ袋を開く。


中にはドミニクとカールハインツが集めてきたという、けばけばしい色の果実がたっぷりと入っていた。


ヨハネスの蜜と負けず劣らずの甘ったるい匂いが、袋の中から漂ってくる。



「バカかテメーは、ハイジはどう見てもハラ減ってねーだろ。


ちょっとは頭使いやがれ。」



そう言って、ドミニクからずだ袋を取り上げたのは、二足歩行をする巨大なハエ。


声だけはどこかワイルドでひねくれ者的なそれは「ヒューゴー」という名前だった。


ヒューゴーはずだ袋を右の一本目の右手で持ち上げながら、二本目の右手でドミニクの頭を押さえつけている。


ドミニクは「あっ、返せよ!」なんて言いながら、彼に取り上げられたずだ袋を取り返そうともがいていた。



「もうっ、ハイジの前で喧嘩しちゃだめだよ、二人とも~!」


「そうだよ、ハイジが困っているじゃないか。」



レニとヨハネスにたしなめられ、ヒューゴーとドミニクの動きがぴたりと止まる。


そして、ぎょろりとした目玉と複眼が、それぞれ私を捉えて暫し考えるように。


押し黙った二人が、子供っぽく大袈裟に「ふん!」と言って、背中を向け合った。


うーん、乙女ゲームによくいる、仲のあんまり良くない恋愛対象ズの喧嘩シーンみたい。



「全く、お前たちは相変わらず賑やかなことだな。」



冷ややかな、良く通る美声が響く。


その場にいた全員が、声の方へと向いた。


木に寄り掛かるようにして立っていたのは、骨。


もう、上から下まで、どこからどう見ても、人骨のそれである。


一応そのスカスカの身体の上に、軽装の鎧を身に纏っていた。


明らかにモンスター名「スケルトン」の彼の名前は「ヴォルフガング」だ。


ヴォルフガングは、ヨハネスの膝玉座にいる私の前に来ると、膝をついて跪く。


そして、鎧の隙間から一本の花を取り出した。



「食事はもう十分かと思ってな、これを採ってきた。


…お前によく似合う。」



フッと微笑んだような息遣いを発しながら、骨そのものの手で器用に花を私の髪へ飾る。


あっ、乙女ゲーのスチルにありそうなシチュエーションだ。


だけど相手はまんま人骨だし、髪に飾られた花もなんかオレンジに黒の斑点がついた、なんか毒々しい物体だった。


シチュエーションだけは良かったんだけどなあ、なんて思ってしまう。



「へえ、随分と気障なことするじゃないの、ヴォルフガング。


アンタが抜け駆けするとは思わなかったぜ。」


「フ…ハイジへ贈り物をしているのは、お前たちも同じだろう。」


「ケッ、どいつもこいつも浮つきやがって…何かあったらおれに助けを求めろよ、ハイジ。」


「あっ、ずるいぞヒューゴー!


ハイジ、オレのことも頼っていいからな!」


「うんうん、僕もいつだってハイジの味方だからねっ!


僕、君の力になりたいんだ!」



一気に増えたモンスターたちのイケボを聞きながら、私はついつい苦笑いをする。


オークの豚面が、頭蓋骨が、ハエの頭が、ゴブリンのへちゃむくれが、スライムのつるつる顔が一斉に私へ向けられている。


そんな私の様子を見てたのか、巨大な毒々しい花が、こそっと私の耳元へ顔を寄せた。


甘ったるい匂いを漂わせた口が、優しい声で囁く。



「ごめんね、賑やかで。


みんな君のことが好きなんだよ。」



苦笑いをしているのだろうか。


小首を傾げて笑うヨハネスに、私もつられてとりあえず愛想笑いを返した。




さっきまでの様子を見てもらえればわかると思うのだが、なぜか私はこの魔の森に住むモンスターたちに好かれている。


魔の森のモンスターたちに何が気に入られたのか、やたらめったら好かれており、こうして滅茶苦茶なアピールをされているのだ。


その求愛っぷりは、まるでプレイ後半の乙女ゲーが如く。


全員から私への極太矢印が放出されている状態にある。


しかしこの状況が人間のイケメンならいざ知らず、相手はガッツリのモンスター。


私が向こうの世界で生きていた頃なら、RPGで主人公を操作して、バッタバッタと切り倒して経験値にするような相手だ。


愛着は出るが、恋愛対象としては間違っても見ることはできない。


だけど彼らはこうして、私を可愛がり、溺愛する様子を見せている。


冒頭の「どうしてこうなった」は、この状況に対する嘆きでもあった。


こうして私が脳内でぐるぐるといろんなことを考えている間も、このモンスターの群れは、私の前でイケボを駆使して会談し、仲睦まじく戯れている。


嗚呼、奴らの見た目が少しでもイケメンならば、絶対に萌え死ぬようなシチュエーションだろうに、勿体ない。


…いや、ちょっと待てよ。


このモンスター軍団は声だけは滅茶苦茶イケメンだ。


ならば、脳内で好みの超絶イケメンを妄想して作り出して、勝手に奴らに当てはめればよいのでは?


よし、いっちょやってみるか。


私の生前であるアラフォー喪女時代に鍛え、磨き抜かれた都合のいいヲタクフィルターよ、今こそ出番だ!


脳内をフル稼働し、今この状況を、最高に萌え萌えの乙女ゲー空間にしてしまえ!


あ、来てる、来てるぞヲタクフィルター!


よし、眼前の光景に投影!!


そう、ここは魔の森なんて薄暗い不気味な森ではなく、とある屋敷の清潔感溢れる、白い壁で日当たりの良いホール。


目の前のテーブルも、木の切り株なんかではなく、白くて上品なテーブルクロスが被せられた円卓。


並んでいる果物も何かの肉も、実はマカロンとかクッキーとかそういう…なんかオシャレなお菓子!


そんなお菓子を摘まみながら、談笑しているのは美しいイケメンたち…



「うん?


どうしたの、ハイジ。


取ってほしいものがあったら遠慮なく言ってくれよな。」



こちらに気づいて爽やかな笑みを浮かべるのは、スポーツマン系美少年のドミニク。



「なっ、何見てんだよ、じろじろ見てんじゃねーよ!


こっ恥ずかしいだろーが…」



照れながら怒り顔を浮かべているのは、ツンデレでワイルドな見た目のヒューゴー。



「どうしたんだ、姫様。


俺に見とれちまったのかい?」



ウィンクをしながらこちらに歯の浮くような台詞を吐いているのは、凛々しいハンサムのカールハインツ。



「…フッ。」



こちらに一瞬冷たい流し目を送りながらも、僅かに優し気な微笑を浮かべたのは、冷ややかな美人のヴォルフガング。



「あっ、ハイジ楽しそうだね!


何かいいことあった?」



甘えるように顔を覗き込んで向日葵みたいな笑顔を浮かべているのは、可愛らしい美少年のレニ。



「ふふ、よかったよ、ハイジ。


君が楽しそうなのが、僕たちにとっても一番嬉しいことなんだ。」



柔和な笑顔が、レニと並んで覗き込まれる。


この正統派な優しい王子様顔は、ヨハネスだ。


よし、いけるぞ私、いけるぞヲタクフィルター!


これならちやほやされて嬉しくないわけがない!


もうこのままこのフィルターをかけて奴らを見れば、楽しいバラ色の森ライフが始まるに違いないぞ!



「そうだハイジ、奴隷とかいるかい?」



意気込んだところで、唐突に発せられるドミニクの声。


思わずブーっ!と吹き出してしまった。


口の中に何を含んでいたこともないから、色々なものが汚れることはなかったが。


しかしその代償は大きく、私がその脳と視界に被せていたフィルターは、彼の言葉のナイフによって一瞬で襤褸切れに。


妄想の産物であったホールも、美味しそうなお菓子も、イケボのイケメンも消え去ってしまった。


残ったのは、イケボモンスターと陰気な魔の森と、奇妙な食物の数々。



「ハイジをお世話する人間や、ストレス解消の相手とか、必要じゃないのかな。」


「ふーん、ドミニクの頭で考えたにしちゃ、いい案じゃねーか。」


「それ、どういう意味だよ!」



心の中で困惑する私を尻目に、ドミニクとヒューゴーはまたやいのやいのと言い合いをしている。


そんな彼らの様子を見ていたカールハインツが、頷いた。



「そうだな…確かに、お姫様を世話する奴隷がいれば、お姫様はもっとここで楽しく暮らせるってものだ。


どうだい、お姫様、俺なら村の一つや二つくらい、さっさと襲って奴隷を持ってくるくらいはできるが…


何だったら高貴な女騎士でもお姫様専用の奴隷にできるぜ。」


「いいえ、いいえお気になさらず。


奴隷とかそういうの全然、必要ありませんのことよ。


だから襲うとかそういうのはやめていただいて、ええ。」



私はカールハインツの提案を首を左右に激しく振って拒否する。


長く伸ばした髪が振り乱されて、歌舞伎みたいにも見えるかもしれない。


発した言葉は動揺のせいか、なりきりが若干剥がれてしまっている。


いけない、今の私はアラフォーヲタク喪女じゃなくて、侯爵令嬢。


エレガントになりきりを続けましてよ。


私に提案をやんわりと却下されたカールハインツは、心底残念そうに「そうか?残念」と口にしている。


それにしても、こいつら言動はモンスターだけれども、やっぱり私のことが何故か好きらしい。


これでイケメンならあの突然婚約破棄とか言った頭湧いてるクソ第一王子よりずっといいのに。


あのクソ王子、見た目だけは抜群に良かったもんなあ。


あーあ、ヨハネスとかレニあたりなら、あのクソ王子乗っ取れそうだよな。


乗っ取って私の理想のドチャクソ好みのイケメン作り出してくれないだろうか。



「そうだな…僕は誰かの脳を乗っ取ったりはできないけど、その脳みそを養分にすることはできるかな。


やってきたほうがいいのかい?」



ちょっとスンマセンヨハネスさん、ぼんやり魔が差しただけなんで、やらなくていいです。


というか急に地の文と会話するとかやめていただけませんか。



「ごめんね。」



よし、とりあえず凄惨な悲劇は回避したぞ。


いくらクソでも元々は自分=アーデルハイトが悪いわけだし、制裁が重すぎるから流石に引く。


とりあえず、これからどうしていこうか。


王都から実質追放ってことになるから、戻るのは怖い。


だとしたら、こいつらと一緒に…?


と、そこまで考えて、ふと視線を巡らせてみる。


ゴブリン、ハエ男、スケルトン、オーク、スライムに、マンイーター。


駄目だ、自分のやってきたゲームのモンスター名しか浮かばん。


こいつらと一緒に仲良しこよしなんて、本当にできるかわからない。


いくらこいつらが私に惚れているからって、本当に大丈夫なんだろうか。


私はそんな様子をおくびにも出さず、心の中で頭を抱えた。



「おい、まだ生きてるぞ!」



そんな中で、突然森の中に声がした。


イケボじゃない、凡人の声だ。


その声の主がガサガサと茂みをかき分けて、現れる。


目深にシンプルなヘルムを被った、あからさまに「モブです」と言わんばかりの兵士だった。


それが数人の小隊を組んで、私の前へ現れたのだ。


恐らく、私を追放したクソ王子が、私がこの森で野垂れ死んだかどうかを確認させに来たのだろう。


全く、嫌なところで警戒心MAXで面倒くさいヤツだぜクソ王子。



「アーデルハイト・フォン・オーバーベック!


貴様を間違いなく葬れと、第一王子のお達しだ!


覚悟するがいい!」



お決まりみたいな台詞を吐いて、モブ兵士ズは腰に提げていた剣をすらっと抜く。


構えて私に今すぐ斬りかからんとしている。


ああでもなんか嫌な予感がするぞ。


今そんなことしたら大変なことになるのでは?


私の心配などいざ知らず、モブ兵士たちはいっせいにおたけびを上げて駆けだした。




予想通り、モブ兵士はあっさりモンスターズによって制圧されてしまう。


いやあ、すごかった。


このモンスターズ、めっちゃ強いのね。


そんな風にしてあっさりやられた、どう見てもやられ役のモブ兵士たち。


今そいつらは、焦点の合わない目で空を見つめて、身体を左右に揺らしている。


どうしてこんなことになっているのかというと、ヨハネスの仕業だった。


ヨハネスは他人を乗っ取ることはできないのだが、自分の花粉と蜜を使えば、軽い洗脳はできる、と説明してくれた。



「君たちは王都に戻って、何もなかったと説明するんだ、いいね。」


「…ハイ、わかりました…」



私が流石に殺すのはちょっと、と難色を示したからか、彼らは軽く制圧した後に、モブ兵士を全員そのまま返すことを約束してくれた。


そして今に至る。


ヨハネスからの洗脳を受けたモブ兵士たちは、ふらふらとした足取りで回れ右をして、森の中へ消えていく。


とりあえず、私の言うことを聞いてくれてよかった。


いくらクソ王子の刺客とはいえ、凄惨なエンディングは御勘弁願いたい。



「ケッ、甘いんだよな、ハイジは。


おれならさっさと脳みそ啜ってやるぜ。」


「そこがいいんじゃない、優しいんだよハイジは。


確かにボクもハイジが危ないってなってるから、そうした方がいいと思うけどさ。」



物騒な会話をしているヒューゴーとレニには目を瞑っておこう。


実行に移さなかっただけ偉い偉い。



「…しかし、あのように無事に帰してしまっては、いずれまたハイジに危険が及ぶだろう。


先に手を打たなくて良いのか?」



そんな中で、気に寄り掛かって動向を見守っていたヴォルフガングが声を上げた。


ちらりと流し目(っぽい感じの仕草)で、モンスターズと私を見る。


余計なことをいうな骨!


折角このまま何事もなく終わるかと思ったのに!



「確かに言われてみればそうだな、お姫様の命を狙うヤツがいるなら、先にどうにかしてしまうのがいいか。」


「じゃあ、王都に行って暴れる感じですか?


任せて、ハイジ、オレたち頑張るよ!」



ヴォルフガングに言われて、カールハインツとドミニクのやつも乗り気になってしまった。


爽やかに言ってんじゃねえぞゴブリン!


やる気を出すなオーク&ゴブリン!



「へへ、そう来なくっちゃな。


仲間にも声をかけてやるとするか。」


「うーん、ハイジのためだし…ボクもやるよ!


見ててね、ハイジ!」



カールハインツとドミニクに続いて、ヒューゴーもレニもやる気を出した。


やめろ、これ以上話をこじれさせるな!


スライム&ハエ男、頼むから大人しくしてくれ!


そうこうしている間に、話はどんどん進んでいく。


ドミニクとヒューゴーは仲間を連れてくるとかなんか言ってるし、カールハインツはドミニクと「凌辱」だの「奴隷」だのと不穏な単語の混じる話をしている。


レニとヴォルフガングも完全にやる気満々だ。


このまま行けば、王都は間違いなく破滅ルート。


この騒ぎの元となる私=アーデルハイトは、悪女どころの騒ぎではない何かになってしまうだろう。


私は決して王都の陥落が見たいわけじゃないし、見えないところでクソ王子と聖女ちゃんことブリ女には不幸になってほしいけど、別に死んでほしいとは思ってない。


普通にこんなざまぁとかいらないし、むしろ状況的にかなり目覚めが悪い。


どうする私、どうする私!


この状況を止めるためには、どうすればいい?


こうなったら、こういうしかあるまい!



「話はまとまった…のかな?


それじゃあハイジ、僕たちは…」


「お、お待ちになってくださいまし!」



私に寄り添って話を見守っていたヨハネスが行動を開始しようとしたところで、私はヨハネスの茎の一本を掴む。


あ、声裏返った、恥ずかしい。



「わ、わたくし、そんなことより、皆さんとここで楽しく暮らしたく思いましてよー


だからわたくしを置いて、そんなことをするのは、お、おやめくださいまし、ね。」



もうなりきりの口調はボロボロ、笑い声は引きつって、超カッコ悪い悪女になっているけど、知ったことか。


とりあえず目の前で起こるだろう惨劇を回避しなければ。


その一心で私は彼らをそう引き留めて、最後に消え入りそうな「…なんちて」を添えて言葉を締めくくった。


しん、とモンスターズが静かになる。


もしや響かなかったかと思いきや、次の瞬間自分に背を向けていたモンスターズがわっと近づいてきた。


圧がスゴイ。



「ったく、しゃーねーな。


オマエが言うならやめてやってもいいぞ!」


「ごめんねハイジ、ボク、キミに寂しい想いさせちゃうところだった!


ずっと一緒にいるから安心してね!」


「君の気持ちも考えずに、勝手なことをするところだったよ、止めてくれてありがとう!」


「お姫様は本当に優しいんだな、そういうところが好きだぜ。」


「…フッ、お前の望むままに。」



口々に私に言葉をかけるモンスターズ。


圧がスゴイ。


まあ、ほら。


これでとりあえず、大災害は防げたというか。


来るはずだった最悪のシナリオは回避できたというか。


私はこのままここにいることになるけれど、この感じから見て、心配はなさそうだし。


「仲良くできるかしらー」とか「こいつら危なくなーい?」なんて、絶対杞憂だわ。


この現在の圧がスゴイ様を見ればわかる。


こいつらはなんでか私にぞっこんだから、大丈夫っぽいわ。



「ハイジ、薔薇より美しい君、もう大丈夫だよ。


これからは僕が絶対に君を守るから。」



マンイーターに花より美しいって褒められるとか貴重な体験だな。



「ボクとずーっと、甘く蕩ける時間を過ごそうね!


だーい好きだよ、ハイジ!」



おう、物理的に蕩けないように気を付けて過ごすわ。



「何かあったら、オレになんでも相談してくれよな!


凌辱でも奴隷調達でも、なんでも手伝うぜ!」



爽やかにとんでもねえこと言ったなゴブリン。



「ここまで俺の心を熱くさせたのはお姫様が初めてだぜ。


もう女騎士なんていらない、お姫様しか見えないんだ。」



このオーク、こっちもこっちで過去が伺い知れるヤバいこと言いやがって。



「フッ、我が生涯の運命よ。


骨の髄までおまえを愛している。」



お前は骨そのものだけどな。



「し、仕方ねーから一緒にいてやるよ。


勘違いすんなよ、オマエがそういうからだからな!」



ツンデレだなハエ男。


どいつもこいつも、本当に私にぞっこんか。


…いや、まあ、もういいや。


これで死にもせず、気分の悪いざまぁも起こらず終わるなら、もういいよ。


これはこれで楽しそうだし、私はこのモンスターズと一緒に暮らしていくとしよう。


もしかしたら、慣れれば可愛く見えてくるかもだし?


もしかしたら、新しい恋とか…生まれる、かも?


私はそうやって無理矢理、こじつけじみた理論で自分を納得させる。


そして、わいのわいのしているモンスターたちと、一緒に生きていくことを心の中で決意して、アーデルハイトの拳をこっそり握りしめるのだった。

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