今まで幼馴染、今日からは……
9/17日 日間ランキング26位ありがとうございます。
小野颯には幼稚園からの幼馴染がいる。
その幼馴染の名は塚田遥。
セミロングほどまでに伸ばした黒髪はポニーテールに結んでいる。大きくて透き通った瞳に長いまつ毛。日焼けを知らない白い肌とスラっとしたスタイルは学校の女子から羨望の目を向けられる。
学校では成績は常に上位をキープ。運動も苦手な種目はなくそこら辺の男子と同等の運動能力とセンスを持っている。
性格も真面目で穏やか。人当たりも良く生徒だけではなく先生からの信頼も厚い。
容姿端麗、才色兼備、温厚篤実……
上げればキリがないのでこれ以上はやめておくことにするが、とにかく颯は凄い幼馴染を持ったということだ。
だが、それは学校での表の姿。
裏の顔は誰も知らない。
そう、颯を除いては――
「颯ー。ゲームしよー」
高校から帰ってきて早々、まるで自分の家のように呑気な声を漏らす少女を見つめて、颯は呆れ果てたようなため息を吐くことしかできなかった。
そう、これが彼女の本性だ。
颯のベットに寝っ転がりながら漫画を読んでいる。ブレザーは綺麗に畳まれていて、今の遥はワイシャツとスカート姿だ。
そのワイシャツも第一ボタンは外していて、スカートも寝っ転がっているせいか少し捲れ上がっている。少し動けばそのスカートの下が見えてしまうくらいに際どい。
遥のこの姿をクラスメイトや先生たちが見たらどんな反応をするのだろうか。
いや、そんなことよりもだ。
「なぁなぁ遥よ」
「どうしたの?」
「お前なんで俺の家にいるの?」
「家が隣同士だから」
「言い方変えるわ。なんで誰もいないこの家に、俺が帰ってくるより先に遥がいるんだ?」
家の家族構成は、父親と母親、そして颯の三人家族。そして二人は仕事に行っている。つまり颯が帰ってくるまではこの家には誰もいないわけなのだ。
颯は腕を組み眉間に皺を寄せて、ベットでくつろいでいる遥を訝しげに見下ろした。
うつ伏せになっていた遥はぐるりと身体を半回転させて仰向けに。そしてスカートのポケットから何かを取り出した。それは銀色の輝きを放っている。
「遥、それは?」
「この家の鍵」
「なぜに遥がそれを?」
「おばさんに頼んだらくれた」
「マジかよ……」
頷く遥を見て、颯は頭を抱える。
長い間、家が隣同士というのもあって小野家と塚田家は家族ぐるみで交流がある。特に彼の母親と遥は仲がとても良く、まるで娘のように可愛がっている。
頼まれればあげてしまうような絵が容易に想像できてしまう。
「俺が帰ってくるまで待ってろよ。怖いわ」
普段一緒に登下校をしている二人だが、今日は颯に都合があって、遥が先に帰っていたのだ。
「それまでわたしに外で待ってろって?」
「いや、自分の家で待ってろよ」
「んー。颯の部屋の匂いが落ち着くからいやー」
べー、と舌を出して遥は颯の枕に顔を埋める。
足をパタパタとさせて、埋めている顔をすりすりと枕に擦り付けている。
「お、おい遥」
「まだ何かあるの?」
「いや、そうじゃねぇけど。あんまり動くと、見えるぞ……」
遥はいつもタイツを履いている。今日の朝だって履いていたはずなのだが、今は履いておらず膝下からふくらはぎにかけて肌が露出している。
目のやり場に困るように颯は視線を逸らす。
彼の反応を見た遥はにんまりと悪い笑みを浮かべて、
「颯のえっち。何意識しちゃってんの?」
「そりゃ……意識はするだろ」
小学校の頃まではなんともと思わなかった。
遊んだりお風呂に入ったり、夏休みのときは一緒のベットでなることだって当たり前だった。
彼が遥のことを女の子として意識したのは中学生になってから。徐々に女の子らしく可愛くなっていき、良い匂いがするようになって。
今まで一番近くにいたからこそ、彼女の変化に颯は敏感で、戸惑った。
段々と女の子になっていく遥に。自分の知らない遥になっていくことに。
抱いてるこの感情が好きかどうかは分からないが、少なからずそれに近いものだとは思っていた。
「ふーん……そうなんだ……」
遥は興味なさそうな気怠げな返事をすると、また枕に顔を埋めてしまった。
「だからできれば、そのベットからも退いてくれると助かるんだがな」
「なんでよ」
「なんでって……」
お前の匂いがベットに残ったら緊張して眠れなくなる、なんて言えるわけがなかった。
意識なんてしていなければいつも通りに言えていただろうに、女の子として一度見てしまったら変に意識をしてしまう。
「座るとこないじゃん」
「床は?」
「硬いから嫌だ。それにここが一番落ち着くんだもん」
口元をへにゃりと緩ませる遥に、トクン、と颯の心臓が強くなる。
(変な勘違いしちまうだろう……)
自分のことを少なからず異性として見てくれているのではないかと思ってしまう。遥に限ってそんなことはないと思いながらも、やはりどこか期待してしまう自分がいた。
「そんなことよりゲームしよー」
「はいはい」
颯はゲームの準備を始めて、コントローラを二個とる。遥に手渡してもう一個は自分用だ。
ゲームをするときはお互いベットに座るのが暗黙のルールとなっている。今はそれが何よりの障害になっていてゲームに集中できない。
別のところに移動してゲームをやろうとすると、遥は機嫌を損ねてしまうので、颯は隣から香る魅惑の匂いに堪えつつ、ゲームを進めていくしかない。
そこから三十分ほど経過した頃。
「ねー。颯って好きな子いないの?」
ゲーム画面に目を向けたまま、遥は爆弾を投入する。
「……急にどうしたんだよ?」
「なんとなく。ただ好きな子いるのか気になっただけ」
「まぁ……気になる人はいる……」
「へぇー。同じクラスの子?」
「まぁ」
「仲いいの?」
「俺はいいと思ってる」
お前のことなんだよ、と今のこの場で伝える勇気なんてなかった。
「遥はどうなんだよ?結構モテてるだろ?」
遥ほどの可愛くて綺麗で、人間性も優れた人間を放っておくわけがない。むしろ今こうして一緒にゲームをやっている時間がおかしいのだ。
「うん。今日の昼休みまた告白された」
「……相手は?」
驚きと戸惑いを隠しながら尋ねる。
「同学年のバスケ部の人」
「……なんて言ったんだよ?」
「断ったよ。わたしその人のことよく知らないし。それに好きな人いるし」
「へ、へぇ。そうなんだ」
颯は安堵の吐息を漏らすと同時に、遥に好きな人がいる真実を突きつけられた。
遥が好きになった男子なのだから、カッコよくて頭もいい生徒なんだろう。もし付き合うことができたら盛大に祝ってやろうと、颯は決める。
「まぁ頑張れよ。遥なら絶対成功すると思う」
口ではそうは言っても、心もモヤモヤは増していく一方だった。
「……本当?」
ゲームを一度止めて遥はこちらを向くと、珍しく不安そうな表情を浮かべていた。
「おう。幼馴染の俺が言うんだから間違いない……なぁ。最後にどんなやつがだけ聞いてもいいか?」
遥がどんな男子を好きになったのか、半分は興味、そしてもう半分は諦めるためだった。
叶うはずがない、と踏ん切りがつくだろうと颯は考えていた。
「えっと……同じクラスの人で……」
「ほう」
「それに……優しくてカッコいい」
「……おう」
となると、やはり運動部の人間に絞られてくるなと、颯は思った。
今まで見たことないくらいに遥の顔は朱色に染まっている。恋する女の子のような、そんな表情だった。
「その人といたらとても居心地が良くて……」
「うんうん」
「特にその人の部屋の匂いが好き。すっごく落ち着く……」
「うん……えっ?」
言葉が耳に響いた瞬間、颯は驚いた声を上げて遥を見る。遥は締まりのないふやけたような笑みを見せると、颯の二の腕に頭を預けて体重をかけてくる。
「それで最後に……家が隣で小さい頃からずっと一緒にいてくれてる人……かな?」
顔に熱が帯びていくのを感じる。心臓がうるさく鳴り響いていて、ここからでも聞こえてくるくらいだ。
「わたしは言ったんだから、次は颯の気になる人教えてよ……」
遥にそう尋ねられて、未だに驚きで震える口を必死に開けて、言葉を発した。
「まず可愛くて……勉強も運動もできて、みんなから好かれてて……」
「うん」
「学校じゃ優等生なのに、家に帰った瞬間だらしなくなって……」
「うん」
「でもそこも凄く可愛くて、いつの間にかその子のことを女の子として意識し始めて……」
「うん……」
「家が隣で母さんとびっくりするくらいに仲が良くて……今日母さんから貰った鍵で勝手に俺の部屋にいた幼馴染のことが気になってる……っていうかもう好きだ」
好きなところを全部伝えた。
もたれかかってくる彼女は、とても幸せそうな顔で、颯を見上げていた。
颯は想いを伝えることを決めて、コントローラを置いて両手を遥の肩に優しく乗せる。
「遥。言いたいことがあるんだ……」
「ん。聞かせて……」
「俺は――」
伝えると、遥は満面な笑顔を浮かべて、颯に抱きついた。
今連載している小説、『同じアパートに住んでいるクラスのお姫様と気がつけば両想いになっていました』も、よろしくお願いします。






