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「勘弁してくれ」by小林

作者: ちぃねぇ

放課後の教室に3人の女子高生――近藤美樹、松野玲奈、伊藤有希の3人が残っている。

美樹は担任の先生をなんとか振り向かせるべく、今日も今日とて会議を開くのである。


美樹:第37回!小林先生を振り向かせる為の会議を始めます!

玲奈:はい議長~

美樹:なんですか松野玲奈さん

玲奈:もうそろそろ諦めたほうがいいと思うんですが~

美樹:ハイ却下。次の人~

有希:はい議長

美樹:はい、伊藤有希さん

有希:いい加減諦めてくれませんか~付き合わされるこっちの身にもなってくださーい

美樹:ハイ却下。次の人~

有希:次なんかいないわよ

美樹:なんでよ!なんで二人ともそんなことばっか言うのよ!

玲奈:昨日のテレビ見た?大石君マジカッコよくなかった?

有希:わかりみ深すぎマル。あれは神だったね

玲奈:だよね。あそこの間奏のとこのウィンクがさー

美樹:ちょっと!二人で別の話しないで!!


強引に会話に割って入ってきた美樹に、有希はため息をついた。


有希:・・・美樹さぁ・・・もうほんと、そろそろ卒業しよう?小林先生離れしよう?

玲奈:うちら来年高3よ?1年のころから定期的に会議開いてるけどさー・・・一度も成功したことないじゃん

美樹:そ、それは!二人の持ってくるアイディアに碌なものがないからよ!

玲奈:なんだっけ?今まで出した大作戦

有希:えっと~・・・普段おろしっぱなしの髪の毛をまとめて、うなじでどきりとさせちゃいましょう大作戦とか

玲奈:あったあったそんなの!でも全然気づかれないもんだから、今度はうなじ見せるためにふるふる頭動かしてたら

有希:「近藤さん、分からないところがあるなら手を挙げてください」って注意されたっけ?

美樹:ううっ

玲奈:あとほら、結ぶのが趣味じゃないんだよって髪巻いてみたら

有希:「近藤さん、学校にパーマしてこないでくださいね」って呼び出し受けてたっけ

美樹:二人っきりで叱ってくれるかと思ったのに・・・なんで1組の真知子先生まで呼ぶのよ~!

玲奈:そりゃこのご時世、女子生徒と二人っきりとか、やばいっしょ

有希:美樹のせいで、大大大好きな小林先生が職を追われてもいいの?

美樹:よくないけどさ~!てかパーマじゃねーし!コテでカールしただけだし!!

有希:あの小林先生がそんな違い、分かるわけないでしょ

玲奈:いつ見てもよれよれTシャツにボーボーの無精ひげ。よく保護者からクレーム入んないよね

美樹:3日に一回はひげ剃ってるよ!短い時あるじゃん

玲奈:そんなに注視してませーん

有希:ありゃ絶対彼女いないわ

美樹:ってことは私にもチャンスがあるってことだね!

玲奈:ねーよ

有希:100%ねーよ

美樹:なんでぇ!?


二人からの言葉に頭を抱える美樹。


玲奈:そもそも、裏であいつ「ダサこば」って呼ばれてんだよ?なんであんたはそんなに夢中になれるのさ

美樹:え?そのダサさが可愛いんじゃん

有希:はぁ?

美樹:庇護欲?母性?守ってあげたい感じ?あの眠そうな顔とか、一日中頭撫でて膝枕してあげたい


ウットリとした表情の美樹に「うげーっ」と舌を出す玲奈。


玲奈:意味わからん。さっさと顔洗ってシャキッとしろって蹴り上げたくなるならわかるけど

有希:美樹はあれだよね、ダメンズにハマるタイプだよね

玲奈:もしくはB専。よかったじゃん、ライバル多きイケメンくんに夢中になるタイプじゃなくて

美樹:全然よくないっ!一目惚れした1年春から丸二年!気づけば私の青春残り3分の1!しかも来年受験!!もうここいらで玉砕覚悟で告りにいったほうがいいかな!?

玲奈:玉砕覚悟も何も、「先生、好きです」ってあんた何回特攻してたっけ?

有希:通算58回

玲奈:おお、よくカウントしてたね有希

有希:そして決まって返事はいつも

美樹:「スカート短すぎますよ、風邪ひきますからさっさとお家に帰りましょう」・・・うう・・・ううう!!心配してくれるなら先生のお家にお持ち帰りしてよぉぉ!!あっためてよぉぉ

玲奈:大人がさ、本気で私らのことそういう目で見てたらアウトじゃん

有希:うちら、最強のJKだけどさ、JKなんだよ、JK。特に先生からしたら絶対手を出せないアウトな存在なの、わかる?

美樹:わかるよ!わかるけどさ!!だって好きなんだもん・・・ちゅーしたい・・・さとるの唇奪いたい・・・


・・・とそこへ。

噂をすればなんとやら、担任の小林先生が鍵を閉めにやってきた。


先生:勝手に下の名前を呼ばないでください、近藤美樹さん

有希:あ、本人登場

美樹:今日も一段と可愛いですね、先生

玲奈:ダメージゼロかよ

先生:部活動の時間もとっくに終わったので、さっさと帰ってください

美樹:先生も一緒に帰りましょう?なんなら先生のお家に

先生:帰りません。まだ仕事があります

美樹:じゃあそのお仕事終わるまで待ちます~

先生:だったらお仕事が永久に終わらないよう調整します

美樹:そんなぁ!?

有希:なんでこれで振り向いてもらえると思っているのか

玲奈:哀れだよね

有希:いや、一周回ってここまでくると面白い

先生:松野さん伊藤さん。ご友人の暴走を面白がらないでください

玲奈:いや~だって・・・ねぇ?

有希:先生もここまで想ってくれる人がいるなんて素敵なことじゃん

先生:全世界のストーカー被害者におんなじこと言えますか?

美樹:ひどっ!私ストーカーなんてしてません

玲奈:そーそー。美樹はいつでもダイレクトアタックしか仕掛けられないんだから

有希:待ち伏せとか無理無理。その点健全なストーカーですよ

先生:結局ストーカーじゃないですか

美樹:だから!私はストーカーなんかじゃ!

先生:あのねぇ、近藤さん

美樹:はい、なんでしょう


途端に顔の前で可愛らしく両手を組む美樹に、小林は頭を押さえた。


先生:・・・上目遣いをやめてください

美樹:可愛いでしょう?

玲奈:心臓つええな

有希:タフすぎっしょ

先生:・・・近藤さん。私は何度アタックされても、あなたになびくことはありません

美樹:なんでですか!?

先生:教師が未成年に手を出せるわけないでしょう

美樹:ってことは、手を出したいんですか!?

先生:興味すら湧きません

美樹:そんなぁ!

先生:あと近藤さん、最近数学の成績が下がり気味です。わからないところがあるのなら教えますから、まずは勉学に励んでください

美樹:そして二人の愛も育みましょうよ

先生:サインコサインタンジェントでその頭の中埋め尽くしてくださいね

美樹:あああ~ん!つれない!そんなところもす、て、き

先生:ふたりとも、この人回収してさっさと教室出てください、鍵閉めますよ

有希:はぁ~い

先生:あ、そうそう、伊藤さんは進学希望の大学の提出、明日までなのでお忘れなく

有希:わかりました~

美樹:あ~ん!ダーリンっ!もうちょっとお喋りしましょうよぉ~

先生:はい気を付けて帰ってくださいね、さようなら


どうやら、美樹の特攻は今日も空しく空振りのようだ。

教室を追い出された3人。


有希:なしのつぶてね

玲奈:取り付く島なし

美樹:今日もかっこよかったなぁ~さとる

玲奈:重症だな

有希:お薬出しときますね~

玲奈:医者がさじを投げたか

有希:むしろ立ってた病院が逃げる

美樹:何よ二人とも!あーあ・・・今日もまた失敗かぁ

玲奈:成功する未来見えてんのこええよ

美樹:あ、あたし帰る前にトイレ寄ってく

有希:おっけ。待ってる


美樹が姿を消し、廊下に取り残された玲奈と有希。


玲奈:美樹ってばほんと懲りないよね。あんだけ華麗にスルーされてるのによく2年も好き好き言えるよねー

有希:ね!にしても・・・ほんと、なんであんなに剛速球ストレートしか投げないんだろう?ストーカーになれとかは言わないけどさ・・・

玲奈:回りくどい裏工作とかしないよね

有希:・・・「できない」の間違いかも

玲奈:・・・確かに。そこが美樹の可愛いところでもあるんだけどね

有希:でも、このまま散り続ける友人を見守るのは忍びないわよね

玲奈:まぁね

有希:・・・・・・ねぇ

玲奈:なに?

有希:ちょっとだけ、アシストしちゃおっか?

玲奈:アシスト?

有希:そう

玲奈:どうやって?

有希:・・・それはまあ、おいおい考えるとして

玲奈:なにそれ~

有希:別に無理やりくっつけようってわけじゃないよ?でもさ、もし機会があればちょっとでも助けてあげたいじゃん?

玲奈:うーん・・・まあ、それはそうだけど

有希:なに?乗り気でない?まさか玲奈あんた・・・

玲奈:ん?

有希:あんたも実は、小林先生のこと好きだったり


まさかのセリフに目を見張る玲奈はぶんぶんと両手を振った。


玲奈:ない!あり得ない!

有希:そんなに全力否定しなくても

玲奈:あいつだけはないって!

有希:そんなにないかな?先生もっさいけど・・・整えたら意外と見れる顔だと思うんだけど

玲奈:顔とかそういう問題じゃなくて

有希:・・・?

玲奈:はぁ・・・仕方ない・・・まあ、機会があったらプッシュしてみるよ

有希:お、おう・・・?




時は流れ数か月後。

小林が仕事終わり自宅に戻ると、見知った顔の女が飯を食っていた。


先生:ただいま~

玲奈:おかえり~

先生:・・・また来てんのかよ

玲奈:しゃーないでしょ。母さんが近所で大根いっぱいもらったから持ってけって言うんだもん

先生:んで、なんでうちで飯まで食ってんだよ

玲奈:恵理子おばさんが「ご飯まだなら食べて行かない?」ってホカホカチャーハン出してきたから

先生:・・・んで?母さんは?

玲奈:牛乳切れたから買いに行った

先生:・・・俺の飯は?

玲奈:え~そういうこと言っちゃう系男子?「俺の飯は?」ってダサオブダサワードじゃん

先生:ちげえだろ。そのチャーハン多分俺用に作ってたやつだろ

玲奈:あ~微レ存?かもかも?

先生:宇宙語を話すな。ったく

玲奈:・・・さとにぃ、半分食べる?

先生:要らん。先に仕事する

玲奈:家にまで仕事持って帰って来たの~?社畜じゃん!

先生:誰かさんたちのノート提出が遅かったんでね

玲奈:はて?なんのことでしょう?

先生:採点も持ち帰ってきてんだから、こっち見んなよ。従兄妹とは言え、絶対アウトだからな

玲奈:わかってるわよ。さとにぃも学校の人に従兄妹だって、言ってないよね?

先生:言えるわけねぇだろ。本来身内が同じ学校とかまずいんだから。校長と教頭くらいしか知らねぇよ

玲奈:よかった~ダサコバと従兄妹とか、絶対知られたくないし~

先生:おい、なんだその呼び方

玲奈:知らないの?裏でさとにぃ、ダサコバって呼ばれてるよ

先生:マジか

玲奈:なんでびっくりしてんのさ。いっつも伸び伸びTシャツ着て寝癖つけて学校来てるんだから、それくらい言われてもしゃーないでしょ

先生:そんなによれてるか?一応マシなやつから選んで着ていってるつもりなんだけど

玲奈:マジか。さとにぃ一度服全部新調したら?あと毎朝鏡見てひげ剃って寝癖治すだけでも、だいぶマシになると思うよ

先生:彼女みたいなこと言わんでくれ


思わぬワードに、玲奈のスプーンが皿を叩いた。


玲奈:え。さとにぃ彼女いるの?

先生:ノーコメント

玲奈:なにそれ。・・・でもさ、いるならいるで、美樹にくらいは教えてあげてもいいじゃん?あの子マジでさとにぃラブだよ。高校生活2年半、マジであんた以外アウトオブ眼中。あたしゃマジ、つらたんでぴえんマルだよ

先生:だから宇宙語をやめろって

玲奈:んで?いるの?

先生:なにが

玲奈:彼女


応えるべきかかわすべきか。

しばしの逡巡の後、小林はボソッとつぶやいた。


先生:・・・・・・・・・いねぇよ

玲奈:なぁ~んだ。だと思った

先生:お前な

玲奈:じゃあさ、美樹に可能性ある?

先生:ねーよ

玲奈:なんでよ!即答すんなよ、ちょっとは悩めよ!美樹結構可愛いじゃん?性格も明るいしポジティブだし、男子からも人気高いんだよ?割とモテるんだよ?

先生:そーですか

玲奈:そーですかって!

先生:俺は子供に興味ねぇよ

玲奈:じゃあ美樹が卒業したらいいの?うちらあと半年したら卒業だよ?そしたら、美樹に可能性あるの?

先生:だから!・・・そういう想定してる時点でアウトだろ

玲奈:は?

先生:生徒相手に、あと数年すれば~とか考えてるだけで無理だろ、常識的に考えて。子供相手に何考えてんだって引くだろ普通

玲奈:さとにぃってさ

先生:なんだよ

玲奈:クッソ真面目だよね

先生:教師なんだからこれが正解だろ

玲奈:・・・でも、美樹も意外

先生:・・・なにが

玲奈:あのさとにぃラブっ娘は卒業したら猛烈アタックかますために、てっきり県内の大学受けると思ってたからさ。県外志望でちょっと驚いたんだよね

先生:近藤はそんなにバカじゃないだろ

玲奈:へ?

先生:あいつは、自分のしたいこと、できることをちゃんと定めてるし、それに向かって努力もしてる。教師追っかけるためだけに自分の人生捨てたりしねぇよ


小林の言葉にしばしフリーズする玲奈。


先生:・・・なんだよその顔

玲奈:さとにぃってさ・・・

先生:だからなんだよ

玲奈:ううん。なんでもない。

先生:はぁ?なんだそれ。・・・とにかく、それ食ったらさっさと帰れよ。もう暗いんだから

玲奈:はぁい

先生:ったく


小林はため息をつきながら隣の部屋に消えていった。

玲奈は少し冷めてしまったチャーハンを一口咀嚼した後、頭を抱えた。


玲奈:微レ存?かもかも?あー・・・わからん!




時は流れ更に3か月後。

教室にて居残っていた有希は、廊下を歩く小林を目に止めた。


有希:あれ、小林先生

先生:伊藤さん。日直ですか?

有希:そーそー。山内君休んじゃったから、うち一人。・・・あ、大変だから手伝ってよ

先生:・・・あと残り、黒板消すだけに見えますけど

有希:女子の背の高さじゃ届かんじゃん?

先生:170あるあなたが言いますか

有希:いいじゃーん。ひとりでやるの地味に寂しいんだよ~

先生:今日は近藤さんと松野さんは一緒じゃないんですね

有希:美樹は塾。玲奈はバイト

先生:バイト?うちはアルバイト禁止のはずですが

有希:あ、やべ。今のなし

先生:ったく・・・おばさんにチクっとくか

有希:え?

先生:いえ、なんでも

有希:あ~あ、こんなとこ、美樹が見たら羨ましがっちゃうだろうなぁ~

先生:では帰りますね

有希:ちょお、待って!夕暮れの校舎一人マジ寂しいんだって!

先生:はぁ


両手で「お願いします」のポーズをとる有希に、諦めて黒板消しを手に取る小林。

暫くの間黙々と黒板を消す二人だったが、有希が沈黙を破る。


有希:・・・ねぇ、先生

先生:なんでしょう

有希:先生にとって、大人と子供の境界線ってどこだと思う?

先生:はい?

有希:いや、子供っぽい大人もいるし、めっちゃ成熟してしっかりしてる子供もいるじゃん?それをさ、18歳でばしっ!と線引いて、はいここから大人ですよ、誕生日迎えたら大人ですよ、ってなんか、感覚としてわかんないっていうか

先生:突然センチメンタルですね

有希:いや~この前家に選挙のはがき届いてさ~私が大人かよって思って。しかもこの間まで二十歳から大人だったのに、それこそ大人たちの都合で大人になるの早められたじゃん?なんつーの?えっと-

先生:・・・理不尽ですか?

有希:そう、理不尽!

先生:大人になるってことは理不尽を理不尽だなって思いながら呑み込んでいくことですよ

有希:お、先生もセンチじゃん

先生:夕焼けのせいですね


一旦途切れた会話を埋めるように作業を再開する小林。

しかし動き出そうとしない有希。


先生:伊藤さん?サボるなら手伝いませんよ?

有希:・・・先生はさー・・・うちらのこと絶対恋愛対象として見ないよね

先生:見たら負けだと思ってます

有希:それって職失うから?社会的にアウトだから?

先生:・・・そういう質問をしてる時点で子供なんですよ。僕の恋愛対象は大人限定です

有希:先生にとって大人ってなに?

先生:成人してる人。いや、恋愛対象っていう意味の大人なら、酒の飲める二十歳から

有希:えぇ?ばっさり線引くタイプの人間?

先生:それだけが唯一、明確に線引きできる基準なんですよ。伊藤さんが言った通り、大人になり切れてない大人も、妙に悟った大人みたいな子供も、年齢は平等じゃないですか

有希:ええ?ってことはさ、美樹の恋は絶対成就しないじゃん

先生:はぁ・・・


一人で作業を終えてしまった小林は、ため息をつきつつ諦めて有希に向き合った。


先生:また近藤さんですか

有希:あれだけ好き好き追っかけまわしてたら応援したくもなりますよ

先生:こっちの身にもなってください

有希:うっかり好きになっちゃうかもしれないから?

先生:ありえません。大体、高校生の恋心なんて、はしかみたいなものです。彼女の場合、それがちょっと長いだけ

有希:それはひどくないですか?美樹は美樹なりに、本気で先生のこと好きですよ

先生:でも僕は好きじゃない。いや、生徒としてなら可愛いですよ、みんな等しく

有希:うわ。小林先生って意外に毒吐くタイプでしょ

先生:気づきましたか。・・・こういう一面を、僕は対等にお付き合いする女性になら見せます

有希:え。マジ?

先生:マジです

有希:じゃあ甘えたりとかは?

先生:全力で甘えるでしょうね

有希:ええ?想像できないよ

先生:しないでください

有希:でもさでもさ、燃え上がるような恋とか、禁断の愛とか、出会っちゃったら仕方ない、みたいな

先生:他の人は知りませんが、少なくとも僕は、対象外ははなから対象外のまま、恋愛感情を抱くことは決してありません。というか、そういう風にしてますし、それが教師のあるべき姿だと思ってます

有希:じゃあさ、美樹が卒業して、二十歳迎えて、もっかい会いに来たら、そんときは微レ存あるの?

先生:あなたまで宇宙語を話さないでください

有希:茶化さないでください

先生:茶化してません。・・・・・・その質問、答えなきゃいけませんか?

有希:別に?先生の中に答えがあるのならそれで

先生:・・・今日は最期の最期までセンチなんですね。さ、さっさと帰ってください。戸締りしますから

有希:はいはい。・・・せんせ。・・・考えといてね


有希の言葉に漏れた小林のため息は、夕焼けの中に溶けていった。




更に時は流れ今日は卒業式。

教室で黒板を眺めている小林を見つけた美樹は、勢いよく教室に入ってきた。


美樹:せんせー!いたー!!

先生:まだ残ってたんですか、近藤さん

美樹:だってまだ先生と写真撮ってないんだもん!

先生:さっきクラスの集合写真撮りましたよね

美樹:そうじゃなくて!ツーショット!

先生:こっそり隠し撮りされたの知ってますが

美樹:あ、ばれてた?

先生:アングルに収まるよう伊藤さんとつきまとってましたよね

美樹:あちゃーばれてないと思ってたんだけどなぁ


えへへと笑う美樹に「なんでばれないと思えるんですかね」と呟いた声は届いたのか。


先生:黒板、消してしまいますね

美樹:この黒板アート、めっちゃできてるよね~だれが書いたんだろ


黒板には「卒業おめでとう」の文字とともに満開の桜が描かれていた。

まじまじと見つめるその横顔にたまらなくなって、小林は名乗りを上げる。


先生:・・・僕ですが

美樹:へ?

先生:だから、僕です

美樹:えええ!?この桜先生が書いたの!?めっちゃリアルでみんな撮りまくってたよ

先生:知ってますよ

美樹:そりゃそっか。すごい。先生絵、得意だったんだね。知らなかったよ

先生:そりゃどうも

美樹:・・・ねえ。もう一枚、撮っていい?

先生:え?もう半分以上消しちゃいましたよ


慌てて黒板消しの手を止めると、美樹はゆるゆるとかぶりを振った。


美樹:ううん。黒板じゃなくて。先生のこと

先生:僕ですか

美樹:そう。先生。単体で

先生:単体ですか

美樹:あ、一緒に自撮りしてくれるならそれでも

先生:お断りします

美樹:ちぇ。先生、そこの窓のそば行って

先生:はいはい


言われた通り窓のそばに移動する小林。

美樹は携帯を取り出し、構えるが・・・シャッターを切る音はなかなか聞こえてこない。


先生:近藤さん?

美樹:・・・・・・ねえ先生

先生:なんですか

美樹:好きだよ

先生:知ってます

美樹:・・・好きだよ。ほんと、大好きだよ

先生:95回目・・・96回目かな

美樹:やだぁ!数えてたの?

先生:最初は動揺しましたね。あなためちゃくちゃ震えてたし、さてどうしたものかと。困ったなと

美樹:や、あたしそんなんだった?

先生:ええ。でもあなたは・・・付き合ってくれとは言わなかった。僕からノーを言われないよう、ただただ言葉を口にした

美樹:・・・ばれてたんだ

先生:そりゃ、まあ


本当にばれてないと思っていたのだろうかと、小林は不思議に思った。

彼女の友人は彼女のことを、まっすぐで裏表がない猪突猛進型だと評価していたけど、その実とてもずる賢くてしたたかなことを、彼はもう見抜いている。

彼女の96回の告白はすべて「付き合ってくれ」が伴わない、馬鹿の一つ覚えの「大好き」だけだった。たまに要求が付随していても、それは「家に行きたい」だの「デートしよう」だの本気度の高くない要求で、一蹴されることを見越しての言葉だった。

「大好き」だからどうなりたいか・・・それを言えば、帰ってくる答えが一つしかないことを彼女は知っていた。

だからこの3年間、「その先を願う発言」(付き合ってください)を伝えてきたことは一度もない。


美樹:今までの告白全部、本気だったよ

先生:知ってますよ

美樹:私ら女子はさ、気が変わるの早いからさ。特に怖いものなしのJKはさ、もう朝と昼で言ってること違ったりするじゃん?だからさ・・・先生も、そう思うと思ってさ

先生:知ってます

美樹:私っ・・・言える時に言おうって・・・先生のこと、昨日も大好き。今日も大好き。明日も多分、まだ大好きっ


笑顔を作る美樹の頬を、一筋の雫が流れた。


先生:多分ですか

美樹:そうだよ。未来なんて誰にもわかんないもん。明日の朝、すっごくかっこいいイケメンの・・・ほら、ドラマ出てる大石君とか美神君とか、そういうイケメンにばったり出会ってあっさり乗り換えるかもしれないじゃん

先生:そうかもしれませんね

美樹:だからさ・・・だけどさ・・・

先生:はい

美樹:だけど、多分、ずっと先生のこと、好きだよ

先生:はい

美樹:私なんで先生と10個も離れてるんだろうね。なんで私は子供で、先生は大人なんだろうね

先生:なんででしょうね

美樹:なんで・・・なんで・・・

先生:・・・・・・


会話が途切れた教室。

聞こえるのは美樹の時々鼻をすする音だけ。


美樹:ねぇ、先生

先生:はい

美樹:卒業しても、時々、会いに来ていいかな?ほら、私県外の大学だからしょっちゅう来るのは難しいんだけどさ、連休とかさ、学校、来たらダメかな

先生:ダメですね

美樹:・・・っ・・・そう、そうだよね


美樹の目から溢れる涙がぽたぽたと彼女のスカートに染みを作っていく。

このスカートも今日をもって役目を終える。

制服も、教室も、校舎も。すべてが今日、彼女にとって最後の景色となる。

・・・この男を除いて。


美樹:ごめんねっ、変なこと言って・・・

先生:・・・・・・連休にこんなところに来たって、閉まってますよ

美樹:・・・へ?

先生:あなた、やっぱりバカですね

美樹:せ、せんせい?

先生:僕は・・・俺は、ガキと恋愛する気なんかないですよ

美樹:は、はい・・ごめんなさい。今までたくさん、迷惑かけて

先生:だからっ・・・だからバカだって言ったんだよ

美樹:へ?

先生:近藤さん

美樹:は、はい!


突然まっすぐに自分の名前を呼んだ小林に、美樹の心が跳ねた。


先生:誕生日いつですか

美樹:え

先生:誕生日

美樹:じゅ、12月28日です

先生:まじかよ。おっそ

美樹:え?えっ?


状況が呑み込めていない美樹は視線をそわそわさせている。


先生:とりあえず、もうあなたは学校から卒業してください

美樹:えっ

先生:二度とここに来ないでください

美樹:・・・はい

先生:・・・それと

美樹:はい

先生:・・・これ、ラインに追加してください

美樹:え、これって


小林はそんな美樹をよそに、ポケットから1枚の紙を取り出した。

そこに掛かれた小さな文字列。

10ケタのアルファベットの羅列に、美樹の呼吸は止まった。


美樹:せ・・・先生これって!

先生:俺は!ガキと恋愛する気はない!行間の読めないガキも土足で踏み込んでくるガキもお断りだ。18歳なりたての乳臭いガキなんか抱く気になれないし、宇宙語羅列されてもわかんねえ!

美樹:は、はい

先生:学校で見せてる顔とそうじゃない顔は全然違うし、連絡も遅いし・・・従兄妹曰く服は伸び伸びらしい

美樹:あ、はい、それは知ってます

先生:知らない顔見て幻滅するなら好きにしたらいい。俺だって、ねーよと思ったら普通に切る

美樹:先生、それって

先生:・・・手ぇ出すのは二十歳になってからだから

美樹:っ・・・!!はいぃぃぃ・・・!!!先生・・・好きです

先生:・・・知ってるよ、バカ


最期まで教師でいた小林は、その手を一切美樹に触れさせることなく半ば諦めたように笑っていた。




さらに時は流れて3年後。

今日は近藤美樹が小林美樹になる日である。

披露宴会場であの頃より大人になった玲奈と有希が話している。


玲奈:いやぁ~この中で一番先に結婚するの、やっぱり美樹だったか~

有希:にしてもびっくりよ。玲奈が小林先生の従兄妹だったなんて

玲奈:さとにぃの赴任先知らなかったからね。向こうも向こうで知らなかったから報告も事後になっちゃったらしくてそのまま。担任紹介のとき声出すの必死にこらえたって

有希:なんで言わなかったのよ

玲奈:美樹と有希になら話してもよかったんだけど、美樹がまさか、さとにぃに恋すると思わなかったもん。友達が従兄妹に恋してるって、なんか痒いじゃん

有希:わからんくもないけど

玲奈:何度か話そうとはしたんだけど・・・やっぱり痒さが勝っちゃって

有希:もう!

玲奈:でもでも!その代わり、私従兄妹特権フルに使ってさとにぃに美樹のことプッシュしまくったんだよ~

有希:あら。じゃあ今日の式の立役者は玲奈?

玲奈:とか何とか言って。私だけじゃないでしょ

有希:え?

玲奈:有希が動くって決めたから、私も乗っかっただけだもん。ホントは従兄妹の恋愛とか首突っ込むのかなり抵抗あったんだけどさ~まあしゃーないなって

有希:私は別に何もしてないわよ

玲奈:嘘おっしゃい

有希:・・・今日があるのはきっと、いろんな人がいろんなところでいろんなこと考えて動いたからよ

玲奈:え~?私は【小林先生を振り向かよう大作戦「外堀から埋めましょう」】が決行されたと思ってるんだけど~?

有希:ふふっ。議長の美樹が知らない作戦だけどね


場内に新郎新婦入場のアナウンスが流れ、二人はカメラを構えた。


玲奈:いよいよだね!

有希:同じ「式」だけど・・・今日は堂々と撮っとこ!二人のツーショット!

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