果実戦隊フレッシャーズ 第5話「チーム崩壊!?閃光が暴く二人の本音!」
地方都市Y市。日本海に面しつつ周辺は小さな山々で囲われ中心部が盆地となっており、夏は暑く冬は寒いという日本の四季を極端に表したような街だ。その街でそこそこ賑わっている駅前から少し離れた場所に位置する大学を二人の学生が出てくる。一人は派手な色に髪を染め胸元に摩訶不思議な動物のイラストが書かれた服を着ており、もう一人は七三に分けた黒髪に丸メガネをかけしっかりとアイロンがけされたシャツを着ている。見た目が正反対の二人だが帰路が同じで仲良くなったのだろうか、一緒に歩きながら話をしている。
「なぁ、最近流行ってる噂知ってるか?」
「あ、あれだろ。変な怪人に襲われると、そのあと友達と喧嘩したり、恋人と別れたりするっているやつ」
「そうそう。なんでも相手の悪いところとか不満とかを正直に喋っちゃうようになるらしいぜ」
「なんだかよくわかんないけど、建前だけの付き合いをしてるからそんなことになるだよな。僕たちみたいに腹を割って話せる関係じゃないと」
「全くだぜ。言いたいことを言い合える俺とお前だったら、そんな怪人に襲われてもへっちゃら…」
「タンタンタン。そこまで言うならお望み通りにしてやるメェン」
話して歩いていたために声をかけられるまで気づいていなかったが、目の前に奇妙な姿の化け物が立っていた。身体全体は薄く黄色味を帯びた白い色をしているが、大きなくるりととした2つの黒目と黒く逆三角形の鼻のある、人であれば顔に位置する場所は薄っすらとピンク色だ。そのピンク色に膨れた部分を中心にして肩幅よりやや長いくらいに扇状に薄く広がった顔はツルッとしており、薄くなり始めたところから先端に向けて放射線状に2つのヒダがついている。何も身につけていない胴体はというと擬人化した犬のように短い毛で覆われていて、手や足の指は丸としている。一言で言うなら、ワンタンの頭をした犬のきぐるみを着た怪人だった。怪人は両手を二人に向けると、その手から怪しげな光線が放たれた。
「うわぁ~~」
光線を浴びて倒れる2人。だが、すぐに身体を起こす。
「って、なんだこれ。全然痛くも痒くもないぞ」
「本当だ。全く、君が倒れるから僕もびっくりして倒れちゃったじゃないか」
メガネをかけた大学生が派手な格好の大学生に対して文句を言い始める。
「お前だって大声をあげてただろ。別に押したりしたわけじゃないし、俺のせいにするなよ。そうやっていつもすぐ人のせいにするのは良くないぜ」
「人のせいにしたんじゃなくて事実を言ったまでだよ。それに君だっていつも自分一人のミスなのに僕を共犯にするじゃないか」
「なんだとぉ。頭の良いふりして、いつもテスト前日に俺へノート借りに来るくせに」
「そっちこそ、合コンでおしゃれぶって変なプリントのTシャツを着てくるせいで、女の子たち白けて帰っちゃうくせに」
興奮したように言い争う2人を見て、満足そうに笑いながらその場を去っていく怪人。
「タンッタンッタンッ。良いぞ、良いぞ。そうやって本音を言って仲を悪くするメェン」
多くの学生が構内に植えられた落葉樹の並木道に沿って、目的の建物を目指し歩いている。この大学は複数の学部が一つのキャンパスにまとめられており、学部毎にそれぞれ専用の棟が用意され講義や研究が行われている。大学内にある研究室の一室で二人の学生が話をしている。
「…以上が最近現れた怪人による被害だ」
「隠していた本音を言ってしまうようになって、人間関係を壊す怪人ねぇ。以前に倒した耳元でずっと話しかけてくるだけの怪人もそうだけど、なんだかふざけているというか、回りくどいというか」
正面に座っている紫山聡から怪人の被害状況の報告を聞いて、赤井正義は独り言のように呟いた。
「馬鹿にも出来ないぞ。今言っていた小声怪人ユダンソバンのせいで注意力が削がれて事故が多発していたし、今回の怪人も直接の怪我の報告はないが、光線を浴びた人間同士が取っ組み合いの喧嘩になっている事例は何件か挙がっている」
「あ、いや、別に馬鹿にしてるとか、軽く見ているとかじゃないんだ。ただ、怪人って基本的に力も強いしそんな能力まで持っているのに、やってくることが小声で気をそらすだけとか光線を浴びせて人間関係を壊すだけとか、効率悪いなって思って。あ、ごめん。実際に被害にあっている人がいるのに」
「今起きている事件に関して言えば、俺は別になんとも思わない。隠している本音なんて、いずれ相手にバレるものだ」
足を組み直しながらそう言うと紫山は意味ありげに赤井を見た。
「な、何?」
「いや、今の言葉はお前に対しても言えるなと思って」
「僕は隠していることなんてないよ。…多分」
自信をなさそうに紫山へ言う赤井。
「まあ、そういうことにしておくか。お前の場合、その性格では戦闘に支障をきたすしな」
「と、とにかく。光線を浴びた人たちを元に戻すためにも、早くその怪人を見つけて倒さないと」
紫山の言葉に少し慌てながら、赤井はそう言って机の上に置いてある直方体の物体を手に持った。スマホくらいの大きさのそれは使用した人間に常人離れした力と能力を与える変身装置だ。その変身装置を持つ彼ら二人こそ、Y市に突如と現れた怪人たちから街の人たちを守るために戦うヒーロー、フレッシャーズの一員だった。
「今まで現れた場所や緑野のガジェットで怪人の出現場所を調査中だ。分かり次第、俺たち5人で向かうぞ」
「OK。あ、5人で向かうってことはイエローも来るんだよね。僕、イエローの人とは変身前で会うの初めてなんだよ。明るくて良い人そうだけどグイグイくるからちゃんと喋れるか心配だなぁ」
そういう赤井に対して、なぜかため息をつく紫山。
「多分、大丈夫だと思うがな。嫌だったら変身してから集合にするか?」
「いやいやいや。大丈夫。なんとか話しかけてみるよ」
赤井は顔を横に振って紫山の提案を退けると時計をチラチラと見ている。紫山はそれに気づくと席を立つと研究室のドアを開けた。
「何か予定があったのか?引き止めってしまって済まない」
「あー。ごめん。実は黄之瀬さんと一緒に街までご飯食べに行こうって話をしてて。あれ、どうしたの。変な顔してるけど」
「なんでもない。それじゃあまた何か分かれば連絡する」
急いで部屋から出ていく赤井を見送ると紫山は呟いた。
「付き合っているのに分からないものなのかね?」
専門の授業のための学部棟の他に、基礎講義を受けるための共用棟や図書館、グラウンドと体育館の近くにある運動部部室棟、文化部やサークルの部室がまとまっている文化部棟、簡単な診察や体調不良の学生が休憩するための医務棟などがこの大学にはある。その文化部棟の一番奥にある部屋のドアに「機械工学サークル」という手書きのプレートが貼り付けられている。その部室の中で三人の人物が何か話をしていた。すると、そのうちの一人のスマホからメッセージの通知音がなる。
「お、もしかして彼から?」
「えぇ。10分位遅れるって。昨日の夜からお昼の約束をしていたのに忘れてたのかしら」
「正義君忙しそうだし、少し遅れる位はしょうがないよ」
ヨレヨレの白衣を着た目の前の機械をいじっている緑野樹里の問いかけに、黄之瀬優はやや不機嫌そうな顔をして答えた。そんな黄之瀬を桃谷遼治はなだめる。
「そうそう。そんな眉間にしわ寄せていると美人が台無しだぞ」
「別に怒っているわけじゃない。ただ時間ギリギリになってから連絡をするのを咎めているだけ」
「おいおい、美人は否定しないのかよ」
「可愛い子ぶって否定したほうが良かった?」
からかうように軽口を言う緑野に冷ややかな目線を送る黄之瀬。慌てて桃谷がさっきほどまでの話題に話を戻す。
「まあまあ。それにしても、2人は例の怪人のことをどう思う?」
「本音を隠せなくなる怪人?正直、街の人たちにわざわざそんなことをして小競り合いを起こすより、お偉いさんや有名人をピンポイントに襲った方がよっぽど混乱させられそうだけれど」
「まぁ、怪人の行動がどこか可笑しいのは今に始まったことじゃないっしょ。そのせいで、まいどまいど変な機械を作らされる羽目になるのは勘弁だけどな」
工具を手に作業を続ける緑野。そう言った彼女の作業台の上には赤井や紫山が持っている物と同じ変身装置が置いてあった。この部屋にいる三人が赤井と紫山と合わせてフレッシャーズと呼ばれている五人組のヒーロー達だった。
「樹里ちゃんは今何を作っているの?」
「ん。非汎用式多重元素濃度測定装置。本音怪人(仮)が放つ光線は私達の世界では存在しない特殊な多重元素ーまぁ、私達の変身機構もそれに非常に近い多重元素αの作用を利用することで異空間へアクセスすることで成り立っている訳だけどーで構築されているから、その多重元素の発生元を辿れば必然的に怪人本体かそのアジトに辿り着くってわけ。襲われた現場を一度見に行った時は光線が放たれてから時間が経ちすぎてしまったらしくて追跡までは出来なかったから、センサーのスペックを一段階上げることで探知精度を上げようとしているんだけど、今のままだと目的の多重元素以外の元素まで探知してしまっているから、0.1nm単位の特殊フィルターによる判定機構を設けることでそれを防ごうとしているの。ただこれには…」
変身装置の機構を解析して様々な武器や装置を作っている緑野は現在出現している怪人に対する装置について、専門用語を交えながら説明を始めた。
「樹里、ストップ。ヲタトークが長い」
「おっと、ごめんごめん。簡単に説明すると、光線を探知する機械を作ってるとこ」
緑野は笑いながら目の前の装置を工具で軽く小突いた。
「すごいね。元々工学部に所属してるにしても、私達の変身アイテムを分析してそれに合わせた武器を作ったり、今みたいに怪人の特徴を基に装置を作ったり出来るなんて、樹里ちゃんはほんとにすごい」
そう言って褒める桃谷の首に腕を回して捕まえると、緑野はもう一方の手でその頭をワシワシと撫でた。
「もぉ、桃ちゃんだけだよ、そんなに褒めてくれるの。優はいっつも嫌味しか言わないし、紫山はただ任せたって言ってガジェット系は全部こっちに丸投げだし、頼れるリーダー様は何も言わないし」
緑野の嫌味を聞いて、不満そうに口を歪める黄之瀬。
「樹里がいなかったら怪人との戦いはもっと苦戦してるし、私だってあんたには感謝してるって。それに聡はまだしも、あの命令するだけの男と一緒くたにされたくはないのだけれど」
「命令するだけの男って、もしかして、あ…レッドのこと?」
緑野の腕から開放され、締め付けられていた首元を擦りながら尋ねる桃谷を見ながらうなずく黄之瀬。
「あいつ以外に誰がいるの?いつも偉そうに命令してるけど、実際に作戦を考えているのは聡だし、武器を用意するのだって樹里でしょ。その命令に従って怪我しても治療してくれるのは遼治君なわけだから、リーダー面してるけど結局他人任せじゃない?」
レッドへの非難に対し苦笑する緑野。桃谷は慌ててフォローする。
「そんなことないよ。僕が変身することによって治癒の能力を与えられたのと同じように、レッドだって自分に与えられた仕事をちゃんとこなしているだけだよ」
「そうそう。それに本人と話してみたら案外良いやつかもよ。優とイエローが全然違うみたいに」
ニヤッと笑いながら言う緑野の言葉に対し、誤魔化すように咳をする黄之瀬。
「と、とにかく、あの男と一緒にしないで。もうそろそろ出ないと赤井君との食事に遅れるから、私行くね」
「おう。頑張って〜」
黄之瀬が部室から出ていくと顔を見合わせる緑野と桃谷。
「ね、ねぇ。正義君と優ちゃんにそろそろ誰か教えてあげた方が良いじゃない?」
「え〜、まだ良いんじゃない。プライベートの2人は仲の良いカップルだし、戦闘でも無理してリーダーシップ取ってるレッドと何とかチームの雰囲気を良くしようとしてるイエローで特に支障が出ているわけじゃないし。それに…」
そこで一旦言葉と区切る緑野に桃谷が応じて尋ねる。
「それに?」
「傍から見てる分には面白いじゃん?」
緑野は満面の笑みで答えた。
飲食店や居酒屋が建ち並ぶ駅前とは異なり、大学の周辺は大小様々な規模のアパートやマンションが建てられており、実家から通うことが難しい学生の多くはそれらの部屋を借りて一人で暮らしている。また、学生をターゲットとした飲食店やカフェも大学から徒歩10分圏内に数店舗あり、昼の休憩や講義の空き時間を見計らい大学内の食堂やコンビニ食に飽きた学生たちが利用している。赤井と黄之瀬も大学内で待ち合わせし、最寄りのカフェでご飯を食べていた。
「お、美味しいね、このパスタ」
「うん」
「こ、このサラダも新鮮だね」
「そうだね」
どこか不機嫌そうな黄之瀬の顔色を伺いながら赤井は話しかけるが、短いやり取りで終わってしまう。何か話題がないかと赤井はカフェの内装に目を凝らす。
「あー、あっ。あの絵、おしゃれだよね?何かの本で同じ絵を見たことがある気がするから複製画とかかな?それにこの曲知ってる?昔の洋楽を日本のボサノバ歌手がアレンジしたやつだよ」
「赤井君」
黄之瀬は話題提供には何も答えず、手に持ったフォークをテーブルに置くと、静かに赤井の名前を呼んだ。自然と背筋が伸びる赤井。
「はい」
「食事中はあまり大きい声ではしゃがない」
「…はい」
ピシャリとそう言うと黄之瀬は再びフォークを持つと食事に戻った。赤井も黄之瀬に従うように黙々と目の前のパスタセットを食べる。二人の皿が空くころを見計らい、食後のデザートと飲み物が配膳されてくる。
「あのさ…」
おずおずと尋ねる赤井。
「なに?」
「やっぱり怒ってる?待ち合わせに遅れたこと」
「別に怒ってないけど。なんで?」
「い、いや。待ち合わせしてからこのお店に来るまで全然喋らないし、呼び方もいつもと違うし…」
「別に私が喋らないことなんて珍しいことじゃないでしょ。それに知り合いがいるかも知れないから、周りに人がいる時は以前と同じく名字で呼びますって言ったよね」
常に口調がキツイため普通にしているのか怒っているのかわかりにくいと周囲の人間から言われている黄之瀬だが、いつもよりやや棘のある言い方やその表情から赤井は二つのことを確信していた。一つは今回は本当に怒っていること、そして、もう一つはその理由が自分のせいであること。明らかに気落ちして顔を下に向ける赤井を見て、怒りつつも少し申し訳なくなる黄之瀬。
「いや、ごめん嘘ついた。やっぱり少し怒ってる」
その言葉に顔を上げて黄之瀬を見ると、赤井は即座に頭を下げた。
「謝るのはこっちのほうだよ。そうだよね。昨晩連絡したとき、ちゃんと約束したのに時間守れなくてごめんね」
赤井からの謝罪に対して、黄之瀬は首を横に振った。
「怒っているのは待ち合わせに遅れたことじゃないの。ギリギリとはいえ遅れる連絡もくれているわけだし。私が怒っているのは遅れた理由を誤魔化していること」
ギクリとする赤井。
「ご、誤魔化してなんかいないよ。紫山と教授から出されている今度の課題のことを話していたら、思ったよりも時間が押しちゃって…」
ピシリと指差す黄之瀬。
「嘘つく時に相手の瞳から目線逸らす癖、治ってないよ」
「…ごめんなさい」
「それで?私に嘘ついてまで何をしていたのかしら?」
「ごめん。それは言えない」
「言えない?」
今度はしっかりと黄之瀬の目を見て話す赤井。
「今はまだ言えない。いつかこの問題が解決したら絶対言うから。だから、それまで待っていてほしい。…駄目かな?」
相手に対して同意を求める柔らかい口調に対して、その瞳は強い意思を持っていた。諦めたように軽くため息を漏らすと、少し笑う黄之瀬。
「わかりました。貴方から言ってくれるまで、その秘密については触れません。これでOK?」
「わがまま言ってごめん。あ、そうだ。ここの食事代は僕が支払うから…」
「そういうのいいから。ご機嫌取りが嫌いだって知ってるでしょ。その代わり、はい」
そう言うと、目の前の小皿に置かれているショートケーキの先端を一口サイズに切り分けた。そして、切り分けたケーキをフォークに刺すと、赤井の目の前に差し出した。黄之瀬が何をしたいのか理解した赤井だが、羞恥心からとぼけて気づかないふりをした。
「え?なに?どうしたの?」
「良いから口開けて」
「は、はいっ」
有無を言わせぬ口調の黄之瀬に赤井は観念して口を開けた。黄之瀬は赤井の口に向けてケーキを近づけていく。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
ケーキが赤井の口に入ったことを確認してフォークを引き抜く。恥ずかしそうにケーキを頬張っている赤井を見て、満足そうに微笑む黄之瀬だったが、本当は自分も少し恥ずかしかったのか耳が少し赤くなっていた。
「あ〜、満足。一度お店でこういうことやってみたかったのよね」
「あ、ありがとう、黄之瀬さん。でも良いの?そのフォーク、僕口つけてるけど」
ケーキにフォークをいれようとして止まる黄之瀬。今度は耳だけでなく顔が赤くなる。赤井の手元にあるフォークを掴んだ。
「は、はいっ。さっきのフォークと交換っ」
赤井と黄之瀬がそんなやり取りをしていると、窓の外を何名かの通行人が走っているのが見えた。その表情は用事に間に合わないため焦っているというよりも、何かから逃げているようで恐怖していた。気づくと、なにやら店の外が騒がしくなっている。
「なんだか、外が騒がしくない?なにかあったのかしら。あれは?」
何かに気づいた黄之瀬が指さす方を見ると、店の入り口近くでワンタン頭の化け物が黒尽くめの格好をした人物達を引き連れて、道を歩いている人々を襲っていた。先日から街に出没している怪人とその構成員だと瞬時に理解した赤井は恋人である黄之瀬を危ない目に合わせないために店にいるように伝えた。
「黄之瀬さんは危険だからここにいて。ちょっと外を見てくる」
黄之瀬の返事を待たずに外へ飛び出す赤井。外に出た瞬間、無差別に襲いかかってきた構成員の攻撃をいなしその腹部に蹴りを食らわせると、すぐそばで腰を抜かしている通行人に逃げるよう急かしつつ、怪人の目の前に立った。腕で通行人を捕まえている怪人に赤井は叫んだ。
「その人を離せッ!」
突如現れ対峙している赤井を訝しげに見る怪人。一緒にいる構成員たちも動きを止める。
「タン?何だお前?俺様の正直ビームを浴びたいメェン?」
「やっぱり、お前が最近現れた光線を出す怪人だな!」
「俺様のことを知っているメェン?お前怪しいメェン」
「きぐるみみたいな格好に出来損ないの餃子みたいな顔をしてるお前のほうが怪しいだろ!」
構成員たちが心配そうに顔を見合わせる。心配した通り、顔の形をワンタンではなく餃子に間違われ怒り出す怪人。
「俺様のこの美しいワンタンフェイスを馬鹿にしたメェン?ふざけるなメェェン!喰らうメェェッン」
怪人は通行人を離すと手を赤井の方に向ける。攻撃体勢だと気づきポケットから変身アイテムを取り出そうとする赤井だったが、一手早く光線を放つ怪人。だが、それよりも早く動いていた人物がいた。
「危ないッ!キャッ!」
「黄之瀬さんッ!」
店から追いかけて来た黄之瀬が赤井を庇って光線に当たり、道路に倒れる。黄之瀬に駆け寄り抱き起こす赤井。
「そんな!僕を庇って!黄之瀬さん!大丈夫!?黄之瀬さん!」
「大丈夫。あの光線に殺傷能力はないみたい」
そういう黄之瀬に安心する赤井。しかし、怪人はそれを見て笑った。
「タンッタンッタンッ。安心するのはまだ早いメェン。俺様の正直ビームでその女が普段お前に対して思っていることを吐き出すようになるメェン。どんな恨み言や悪口が出てくるのか楽しみだメェン!」
怪人の言葉を受けて、右腕で支えている黄之瀬を見る赤井。すると、黄之瀬が突然赤井の頬にキスをした。キスをされて驚く赤井とそれを見て驚く怪人たち。
「き、黄之瀬さん!?」
「さっきはあんなこと言ってごめんなさい。実は他の女性と一緒に居たんじゃないかって不安だったの」
潤んだ瞳でそう言うと、もう一度赤井の頬にキスをする黄之瀬。
「好きだよ、マサ君。好きって言葉だけじゃ言い表せない位に」
突然の愛の告白に面食らいながらも、赤井は頬だけでなく唇にもキスしようとする黄之瀬を空いている左の手で止める。
「ちょっ、ストップ!周りに人がいるよ!」
「いいの。いつもは人の目を気にしてるけど、本当は周りなんか気にしないでずっとこうしてそばに居てほしいの」
赤井の耳元で囁く黄之瀬。熱い吐息から紡がれる言葉に顔が赤くなる赤井。それを黙って見ていた怪人は呆れるように言った。
「なんだコイツら。ただのバカップルじゃねえか。気分悪いわ。帰ろ」
構成員たちに帰還の指示を出し始める怪人。
「待て!って、ちょっと、黄之瀬さん。今はキスしてる場合じゃ…」
「ごめんね。でも、好きって気持ちをなんだか抑えられない。こんな駄目な私でごめんね」
逃げ出す怪人を追おうとする赤井だったが、黄之瀬が抱きついてくるため断念する。
赤井と黄之瀬がカフェで怪人に襲われてから1時間ほど経過したころ、光線を浴びた黄之瀬は機械工学サークルの部室に一人で座っていた。しばらくすると、コーヒーの入ったマグカップをそれぞれの手に持った緑野が器用にドアを開けて入ってきた。
「はい、コーヒー。ブラックで良かったっしょ?」
「えぇ、ありがとう、樹里。頂きます」
コーヒーを受け取る黄之瀬の様子は怪人に襲われた時とは違い落ち着いていた。
「だいぶ落ち着いてきたみたいだね。赤井君に連れられてここに来た時は妙にハイなテンションでびっくりしたわ。しかも、赤井君が出ていこうとすると泣きながら縋り付いて離そうとしないし。いなくなったらなったで、今度は私に対して普段の口調とかについて延々と謝ってくるし」
自分の分のコーヒーを手に持って椅子に座りながら、ケラケラと笑う緑野。それを聞いて、黄之瀬はすこし落ち込んでいるようだ。
「私もなんであんな無様な姿をマサ君に晒したのか…絶対重い女だと思われてる…」
やはりまで本調子ではないのか、本人と二人っきりの時にしか言わない愛称で赤井のことを呼ぶ黄之瀬をからかってやりたい衝動を抑えるため、緑野はコーヒーを一口飲むとこう言った。
「まぁ、赤井君のことだし大丈夫でしょ。案外まんざらでもないかもよ」
「そうかな?そうだったら良いのだけれど。ところで、マサ君にはなんて言ってくれたの?」
「あー、そうだねぇ、落ち着くまでしばらく様子見てから医務棟に連れてくとかテキトーに言っておいたよ。大丈夫大丈夫。彼にはあんたが怪人と戦っているヒーローだとは言っていないから」
赤井に自分がヒーローであるとバレていないようで安心し、黄之瀬はコーヒーに口をつけた。
「本当にありがとう。ここに連れてこられるまでに話したことを思い出しているけど、そのことについては言ってなかったのは不幸中の幸いだったわ。それに一番初めに樹里のところへ連れてきてもらって良かった。聡や遼治君と途中で出会っていたら余計なことを喋ってしまってたかもしれなかったし。でも、マサ君もなんで樹里のところに連れてきたんだろう?」
赤井が真っ先に緑野のところに黄之瀬を連れてきたのは、怪人の光線の影響によって様子がおかしくなってしまった黄之瀬を心配し、緑野が作った様々な装置で診断をさせるためだった。緑野は黄之瀬の疑問を誤魔化しながらコーヒーを飲む。
「それはあれじゃない?優の一番の友達が私だからとか?なんちゃって」
「確かにそうかも。マサ君と友達の話になった時、樹里の話を一番してるからね。私こんなんだから友達も少ないし、学部でも一人だし。入学した時、樹里が話しかけてくれなかったらきっと友達になれてなかった。本当に感謝してる。ありがとう」
「いやぁ、いつもの優と違って素直だなぁ。普段からこれくらい素直で優しければもっと人気出るのに」
「やっぱり樹里もいつもの私じゃ嫌われると思うよね?そうだよね。あんな無愛想で人の批判だかりする人間嫌われるよね」
いつもの癖でからかってしまったが、緑野の言葉をそのまま受け取ってしまい自己批判を繰り返す黄之瀬。そんな黄之瀬を見て、想像以上に重症だなと思いながら緑野はなだめる。
「待った。別に誰も嫌いとかそんな話してないって。今ああ言ったのは初対面で話しかけづらそうな人とかいつも遠巻きで見てる人がいるから言っただけで、私とかは全然気にしてないから」
「そうなの?でも、樹里に対しても私ひどい口の聞き方をしてるよね?樹里が笑って許してくれるからって、その優しさに甘えていつもキツイことを言ってしまってごめんなさい」
「だから別に謝らなくて良いよ。私だってはっきりと物を言ってくれた方が楽だし、優が口ではなんだかんだ言いつつも周りを気にかけてることは知ってるから」
そうフォローしながら、正直ちょっとめんどくさいなと思い始める緑野。
「ごめんなさい。いつもは思うだけで言わないようにしてるのだけれど、なんだか口が止まらないの。これがあの怪人の光線の影響なんだね」
「そう、それ。赤井君からざっくり話を聞いているんだけど、落ち着いてきたから優からも話を聞かせてもらえる?」
コーヒーを一口飲むと、黄之瀬は緑野からの質問に対してその時の状況を思い出しながら話し始めた。
「どこから話したほうが良い?お店でマサ君と一緒にご飯を食べてるところから?あの時の私、マサ君が隠し事をしているようだから疑心暗鬼になってひどい態度で…あ、それは良い?怪人が現れたところから?そうだね。たしかお店の外がちょっと慌ただしくて、通行人が走って何かから逃げているようだったの。それで逃げてきた方をみたらワンタンみたいな形の顔に身体は二足歩行の犬みたいな怪人が人を襲ってて。そしたら、マサ君が私にそこにいるように言って外へ出ていったの。きっと襲われてる人を助けようとしたんだと思う。怪人のことを知っていれば逃げたって誰も文句言わないのに、真っ先に人を助けに行くマサ君、本当にカッコ良かった…でも、ふざけた外見と違って怪人って一般人と比較して力が強いでしょ。それに最近現れた怪人は襲われた人の情報から光線を出すタイプだって分かっていたから、マサ君が危ないと思って変身するのも忘れて急いで助けに行ったの。ちょうど怪人が何かしようとしていたのだけれど、マサ君はポケットから何かを取り出そうとして躱せそうにないから、咄嗟に身体を動かしたら光線を浴びてしまって、こんなことに…」
赤井から聞いている話と大きな齟齬もなさそうなので、記憶や思考に異常はなさそうだ。緑野は光線を浴びた後のことを質問した。
「光線を浴びて身体に痛みはあった?それとも何か違和感とか」
「痛みとかは全くなかったよ。でも、違和感というか、怪人の攻撃に身の危険を感じたせいかなとも思ったのだけれど、なんか急に心臓の鼓動が早くなったのを感じたかな。そんな時に私を心配して抱き上げてくれたマサ君の顔を見たら、ドキドキして好きって気持ちが止められなくなったの」
「鼓動が早くなった、かぁ。そういえば、他の被害者も口喧嘩から取っ組み合いに発展するほど興奮していたって聞いたな」
黄之瀬の話を聞いて他の事例との共通点を見つけだす緑野。だが、緑野の話が聞こえなかったのか、黄之瀬は赤井への愛を語りだした。
「私、マサ君のことが本当に好きなの。普段は自信なさそうなのに、いざと言う時に頼りになるマサ君が好き。こんな無愛想な私に優しくしてくれるマサ君が好き。自分のことよりも私のことを優先しようとしてくれるマサ君が好き。困っている人がいたら見てみぬふりをしないで助けてあげるマサ君が好き。それから…」
「ストップ、ストップ。優からノロケ話を聞くのは面白いけど、今は良いから。どうも、普段の態度とか赤井君のこととか、自分が気にしている話になるとスイッチが入ってしまうみたいだね」
「あ、ごめんなさい。でも、その後の話はあんまりないかも。怪人は逃げてしまったし、私もマサ君と話をしながら大学まで戻ってここに連れてこられただけだし」
ずっと喋っていたため喉が渇いたのか、黄之瀬は残ったコーヒーを飲みだす。問診で確認出来そうなことはなさそうだと判断し、緑野は部室の棚をあさり始める。
「OK。それじゃあ次は診断装置を使って異常がないか調べようかな」
雑に積み重なった機械を脇にどけながら目的の物を探している緑野を見ながら、黄之瀬は質問した。
「ところで逃げた怪人は見つかりそう?探知機を作っていたでしょ?」
「あ〜、それについては今回優が光線を浴びたことは嬉しい誤算かな。浴びたてホヤホヤでここに来てくれたおかげで、確認出来ることも多いだろうし、その情報があれば多分探知機も完成させられると思う。あとで他のみんなと合流したらその探知機で怪人の居場所を探しに行くよ」
「そうなんだ。私も一緒に行けるかな?」
黄之瀬の質問に手を止め少し考えると、緑野は難しい顔をした。
「ん〜まだ安静にしていたほうが良いかも。私の見立てでは、普段から強く思っていることの話になると少し冷静さを失う以外はただ素直になっただけのように見えるけど、時間経過によって体調に影響が見られるかもしれないし。それに、その状態じゃ戦闘になってもまともに戦えるか不安でしょ?あの怪人のことは私達4人に任せておきなって」
「そっか。ごめんね迷惑かけて。聡や遼治君にはもちろん、さっきあんなに悪く言ってしまったレッドにも申し訳ないわ」
そのレッドが愛しの彼なんだけど、と思いながら、目的の診断装置を見つけた緑野はデスクの横にある仮眠用のリクライニングチェアのホコリを払った。
「その言葉は今度本人に会ったら言ってあげな。それじゃあ、とりあえずそこの椅子に座って」
大学の正面入り口から一番近い位置に建てられている理学部棟。その建物の中の階段を手に大きな紙袋を持って緑野が昇っていく。目的の階で廊下に出て何部屋分か歩くと、紫山の研究室にたどり着いた。そのドアを開けると、緑野が来るのを待っていた赤井、紫山、桃谷の三人が話をしていた。緑野の姿を見ると赤井が急いで近づいてきた。
「緑野さん!黄之瀬さんの状況は!」
「赤井君、落ち着いて。とりあえず一通りの検査は終わっただけど、これから話すことを落ち着いて聞いてね」
研究室のドアを締め、近くの空いているデスクの上に紙袋を置くと、緑野は真剣な表情で赤井を見た。
「優の容態だけど…」
意味深に言葉と区切り、下に俯く緑野の姿を見て、つばの飲み込む赤井。
「…うん」
「なぁんにも異常ありませんでしたぁ!」
顔を上げ、大声で笑い出す緑野。赤井は安堵のあまり放心していた。
「おい、緑野。ふざけてないでちゃんと報告しろ」
「イヒヒッ。いやぁ、ごめんごめん。赤井君の真剣な顔に対して優の変わりようがあまりにも可笑しくて」
「変わりようっていうことは、やっぱり優ちゃん、光線を浴びてなんでも正直に喋るようになっちゃったの?」
笑いすぎて目元に溜まった涙を手で拭う緑野に桃谷が質問する。
「そういうこと。身体や記憶には何も異常はなさそうだけど、いつもの毒舌が嘘みたいにしおらしくて優しいの。面白くてやり取りを隠れて動画で撮っちゃったわ。まぁ、優しすぎてちょっと気持ち悪いくらいだけど」
「黄之瀬は今どうしてる?」
「部室で休ませてる。あぁ、大丈夫だよ赤井君。武器とかガジェットは隠してきたから」
緑野の言葉に安心する赤井。黄之瀬の安全が最優先だったため、緑野のいる部室に連れて行ったが、部室に置いてある装置類を見られて緑野や自分が怪人と戦っているヒーローだとバレてしまわないか心配をしていた。赤井を安心させるために嘘を言ったあと、緑野は調査結果を報告する。
「診断装置による調査結果と赤井君や優の話をトータルすると、今回の怪人ー名付けて本音怪人ワンコタンメンの能力は手から光線を出すので確定だね。その光線を浴びた人間は一時的な興奮状態と継続的な言語障害になってしまうみたい。言語障害と言っても受け答えとかは普通に出来るから、ただただ本音を言ってしまうという状態になるだけかな。興奮状態も1時間もしないうちに落ち着くみたい。それ以外に身体上、精神上の変化はなさそうだけど、心に強く思っていることが話題になると少し周りが見えなくなってしまうかも。助ける方法だけど、おそらく今までの怪人たちによる被害と同じく、原因の元である怪人自体が能力を解除するか倒すしかなさそうだね」
三人へ報告を終えるとデスクに置いた紙袋から手のひらサイズのドローンと大きめのタブレットを取り出した。
「それが例の探知用の装置か?」
「そ。判定機構をどうしようか悩んでいたんだけど、新鮮なサンプルが現れてくれたおかげで完成しましたぁ。細かい説明は省くけど、この検査ユニットが光線の残留元素を追って自立飛行するようになっているから、優が襲われたお店の前で起動させた後はこの液晶に表示される追跡用シグナルを追えば怪人に辿り着くっていう寸法」
そう言って自慢するように装置を見せた緑野は、三人が何か反応を示してくれるのを待っているが、赤井は黄之瀬のことが気がかりなためか考え事をしており、紫山はいつものように黙って聞いていた。唯一、素直に感嘆の声をあげる桃谷。
「すごい!」
「もう、こうやってすぐに褒めてくれる桃ちゃん、本当に大好き。」
「よし!早速この装置を使って怪人を倒しに行こう!」
「お、いつになくやる気だね。やっぱり恋人が襲われたとなると気合も違うのかな?」
「え、あ、いや。別にそういうわけではないけど…」
「緑野、あんまりからかうな。それに赤井、お前も気合を入れるのは良いが、冷静さは失うなよ」
緑野に注意をしつつ、紫山はいつもよりも落ち着きのない赤井に釘を刺した。
「わ、分かってるよ。でも時間が経つと追跡も難しくなるかもしれないし、なるべく早く行動した方が良いと思うんだ」
「赤井君の意見に賛成。それに早く優ちゃんを元通りにしてあげないとね」
赤井の発言に同意する桃谷に対して、うなずく紫山と緑野。早速四人は赤井と黄之瀬が食事をしていたカフェまで行くことにする。研究室を出る前に赤井はあることに気づいた。
「そういえば、イエローはどうする?呼び出しに反応はないみたいなんだけど」
赤井の言葉に顔を見合わせる三人。緑野が改造したおかげで変身装置には通知機能が追加されており、黄之瀬を緑野に預けたあと紫山の研究室へ集合するよう赤井が連絡していたが、イエローであり襲われた本人である黄之瀬は緑野から安静にするよう言われているため来ていない。
「なにか事情があるのかもしれないし、とりあえず今いるこの4人だけで向かえば良いんじゃないか?」
「そうだね。合流するのを待っていたらいつになるかもわからないし。怪人の場所が分かったらその場所を連絡すればいいかな」
「あー、そうだね。まぁ、期待はしないでおいた方が良いかもね。ほら、今連絡ついてないわけだし」
「うん、それじゃあ早速怪人を倒しに行こう!」
追跡シグナルを追っていくと、近くの河川沿いにある廃工場にたどり着いた。秋頃は河川で大きなイベントが開かれるためその廃工場の付近も人通りが多いが、普段は帰り道の学生がたまに通りかかる位で人気がほとんどない。大学から10分も離れていない。
「ほら、工場の上に追跡装置が止まってる。ここが怪人のアジトみたいだね。まさかこんなに近くとは」
「そのようだな。どうする?中に入ってみるか?」
少し離れた場所から廃工場を観察し緑野が指差すドローンを確認すると、紫山は指示を仰ぐため赤井の方を振り返る。赤井は変身装置からビーコンを送ると、スマホに黄之瀬からの連絡が届いていないか確認していた。紫山の視線に気づくと、スマホをしまった。
「うん。僕達に気づかれて逃げ出される前に、こっちから中に入ってしまおうよ」
「だそうだ。2人ともそれで良いか?」
紫山の確認に緑野と桃谷の二人が頷く。
「よし、行こう!」
物陰に怪人や構成員が隠れていないか注意をしながら敷地に入る四人。侵入者用のトラップもないようで、そのまま建物に入っていく。誰もいない受付には割れたガラスが散らばっている。2階に上がる階段には上を示す矢印と共に事務所の表記があり、玄関から正面に見える奥のドアには倉庫と書かれている。事務所と倉庫を分担して探すか赤井が迷っていると、奥の方から話し声がかすかに聞こえてきた。三人に目配せをし、全員で倉庫の方に向かうと聞こえる声が大きくなってきた。四人とも変身装置を手に持ったことを確認すると、赤井は倉庫へのドアに手をかけ勢いよく開けた。倉庫はかなり広く、工場が稼働していた頃は物が大量に置かれていたのだろうが、現在はテーブルや椅子、それに空の棚が壁ぎわにいくつかあるだけだった。その広いスペースの奥の方で、怪人と10名ほどの構成員たちはお菓子や飲み物を手に仲良く休憩していた。近くのテーブルにはトランプやボードゲームなどが散乱している。
「な、何だ、お前たち?急に現れて!あ、お前はあの時居たバカップルの片割れ!」
突然の侵入者に驚きながら戦闘体勢をとる怪人と構成員たち。犬のような手でバカップルと指差された赤井は少し恥ずかしくなりながら、気持ちを奮い立たせる。
「う、うるさい!見つけたぞ怪人!お前の光線のせいで苦しんでいる人間がいるんだ!その能力を早く解け!」
「タンタンタン。解けと言われて大人しく従うやつがいるかメェン。これからも俺様の光線で、この街の人間を本音しか言えないようにしてやるメェン」
「思った通り、あの怪人の意思で元の状態に戻せるみたいだね。ってことは、怪人を倒しても効果があるはず」
「そうだな。おい、お前。なんで街の人々に光線を浴びせるんだ?」
緑野の言葉に頷くと、紫山は急に変な語尾をつけ始めた怪人に対して疑問を投げかけた。
「なんで?タンッタンッタンッ。教えてやるメェン。俺様の光線で本音しか言えなくなった人間は周りの人間と喧嘩するようになるメェン。上辺を取り繕って仲良くしているカップルや仲良しグループが言い争いながら壊れていく姿を見るのが何よりも至福なんだメェェン!」
「なんて低俗な理由…」
「あの怪人絶対性格悪いぞ」
高笑いする怪人にドン引きする桃谷と緑野。
「そんな理由で街の人たちを襲うなんて許すわけに行かない!お前みたいな性根の腐った怪人は俺たちが倒す!」
「う、うるさいメェン!俺様はお前やあの女みたいなバカップルが一番嫌いなんだメェン!リア充は爆発すれば良いんだメェン!全員俺様の光線の餌食にしてやるメェン!」
手にした変身装置を構える赤井、紫山、緑野、桃谷。その姿を見て驚く怪人。
「なにをしているメェン?その手に持っている物は…もしかしてお前たち…!」
「「「「変身!」」」」
四人は掛け声に合わせて変身装置のスイッチを押す。すると、変身装置が光り輝き、不思議なベールに包まれ、全身が色違いで同じデザインのスーツを身にまとっていく。顔にマスクが装着されると赤井から順番に名乗りをあげる。
「イチゴレッド!」
「ブドウパープル」
「スイカグリーン!」
「サクラピンク!」
一瞬間が空く。本来であればイエローの口上があるため、その分沈黙が出来てしまった。
「5…4人合わせて果実戦隊フレッシャーズ!」
赤井の名乗りに応じて、四人ともそれぞれポーズを決める。自分たちの宿敵の登場に怪人と構成員は動揺を隠せない。
「お、お前たち、俺たち怪人がこの街で暴れるとどこからともなく現れるフレッシャーズだったメェン!?く、みんな襲いかかれメェェン!!」
襲いかかる怪人と構成員たちに対して、四人もそれぞれ戦闘体勢に入った。赤井は構成員の攻撃を捌きながら怪人を目指していく。それをフォローするように紫山、緑野、桃谷の三人は赤井に向かおうとする構成員たちを足止めする。最後に殴りかかってきた構成員にカウンターでパンチを喰らわせると、まだ動揺を隠しきれていない怪人の目の前に立ちはだかった。
「予想外だメェン!まさかお前たちがあのフレッシャーズだったメェンなんて!それにしても、なんで誰も聞いてないのに自分たちから名乗ったんだメェン?」
「だまれ。キャラ付けのためか知らないが出鱈目な語尾で喋りやがって。3人はそいつらを頼んだ。俺はこの餃子もどきを調理する」
「餃子じゃなくてワンタンだって!それに赤いお前、さっきとキャラが変わり過ぎじゃないか!?」
怪人に激しい攻撃を繰り出す赤井。赤井の攻撃に押され、怪人は非常ドアを蹴破り、廃工場の外へ出る。追いかけて外に出た赤井と待ち構えている怪人が改めて相対する。すると、怪人が勝ち誇ったように言った。
「なかなかやるメェン。でも、残念だったメェン。突然の攻撃で驚いたけれど、お前からの攻撃を受けてみて分かったメェン。一対一の格闘だったら俺様の方が強い…ちょっと待つメェン。その手に持っているのはなんだメェン?」
怪人がセリフを言い終わるのを待たず、赤井は腰のホルダーから四角形の棒を取り出した。
「怪人相手に素手で戦い続けるわけないだろ。ここからが本気だから覚悟しろ」
そう言って赤井はちょうど握れる位のその棒を折り曲げ、スライドさせると、アルファベットのTの字の形に変形した。赤井が手にしているそれは変身装置と共に与えられた変形型の武器で、手元のスイッチを起動させると変身に使用されている多重元素αが光り輝く刃となって現れた。
「え、待っ…ウワァッ!」
赤井は斬撃を喰らわせようと怪人に駆けていき、剣を振るう。赤井の攻撃をなんとかガードしながら、怪人は自分の語尾も忘れて悪態をつく。
「そんな武器を使うなんて正義のヒーローがすることかよ!」
「突然現れて人を襲う怪人にだけは言われたくないな。それにお前らだって、変な能力持ってるだろ。試してみるか?敵のお前しかいない状況じゃ、意味はないと思うがな」
赤井が他の構成員たちに目もくれず怪人と一対一になるよう仕向けたのは、怪人の光線を実質的に無力化するのが目的だった。周りが怪人一人しかいないのであれば、光線によって本音が出ようが、倒そうとするのに代わりはない。だが、ここで赤井の想定に狂いが生じた。今まで構成員たちの多くはもちろん、怪人たちにダメージを与えてきた光刃をこの怪人は防いでいる。赤井が思った以上に目の前の怪人は身体が硬かったのだ。赤井が繰り出す斬撃を両手でガードしながら、その一太刀で決定打を与えることはなさそうだと判断し、怪人に余裕が出てくる。
「タンタンタン。おまえのその攻撃じゃ俺様を倒すことは難しそうだメェンねぇ〜。音を上げるなら今のうちだメェン?」
「ふざけた格好のくせに粘りやがって。こうなったら必殺技で…」
そう言って赤井が剣を構え直そうとしたところ、甲高い銃声とともに一筋の光線が赤井のすぐ横を通り抜けて怪人の顔面に命中する。突然の狙撃に後ろへよろめく怪人。銃声と弾道に覚えのある赤井が振り返ると、工場の影から狙撃手が出てくる。赤井や他の三人と同じスーツを身にまとい、黄色いパーソナルカラーのヒーロー。ベニバナイエローに変身した黄之瀬が銃を片手に立っていた。
「ごめんごめん。邪魔だった?」
そう言いながら、黄之瀬はレッドに近づく。手にしている銃は赤井が今剣として使用している変形型の武器だ。銃撃を受けた箇所を擦りながら、怪人が黄之瀬の姿を見る。
「一対一の戦いに割り込んでくるなんて卑怯だメェン。でも、まぁ良いメェん。今の攻撃、そこまで強くなかったメェン。そんな相手が一人増えたところで、あんまり影響は…ギャァァアッ!」
赤井が怪人から距離を取った瞬間、黄之瀬は銃撃を再開する。その弾道は先程のような一本の線ではなく、光の筋が螺旋のように折り重なった束のようだった。銃撃というよりは砲撃に近い黄之瀬の攻撃を浴びて、怪人は悲鳴をあげる。
「さっきの攻撃はレッドが近くにいたから牽制しただけ。こっちが本当の攻撃だよ」
イエローのそばまで来ると、赤井は指示を出した。
「イエロー、そのまま攻撃をし続けろ。やつを消耗させて動きを封じる。遅れてきた分、しっかりと働いてもらうぞ」
「分かってるよ、うるさいな…じゃなかった。はいはい、了解で〜す」
レッドに聞こえないように小声で文句を言う黄之瀬。怪人から浴びてしまった光線の対策として、本音部分を小声に喋るようにしているのだった。レッドの指示に従って、黄之瀬は怪人へ砲撃を連続して与える。何度目かの攻撃の末、怪人が地面に倒れる。イエローに攻撃を一旦止めるよう指示を出し、赤井は倒れている怪人に近づいた。頑丈さに自信を持っていた怪人だったが、五人の中で一番の火力を持っている黄之瀬が繰り出す砲撃の雨に耐えきれなかったようだ。意識はあるが身動きを取れそうにないことを確認し、赤井は手にした武器のスイッチを切り替えると、まっすぐだった刀身が変化して変化し鞭のようにしなった。そのまま武器を器用に振ると怪人の両腕と胴体に巻き付き拘束した。
「口ほどにもないやつだったな。」
レッドが怪人を拘束したことを確認して近づいてくる黄之瀬。
「ビーコン送ってくれてサンキュー。少し遅れちゃったけど、ピンチを救ったってことでノーカンでよろしく」
「調子の良いことを言うな。そもそもお前が最初からいれば、もっと早く倒せていた」
「助けられたくせに偉そうに…は〜い、わかりました。次から気をつけま〜す」
小声で文句を言いながら、黄之瀬は了解とばかりに空いた方の手をひらひらさせた。怪人に話しかける赤井。
「さて、いい感じに焦げ目がついた焼き餃子になった気分はどうだ?」
「く、クソぉー…餃子じゃなくてワンタンだと何度も言ってるのに…」
「この状態で気にするところそこかよ。まぁ、いいさ。さっさと倒して、工場の三人を助けに行くか」
「いやだ!まだまだこの街のリア充どもを不幸にさせたいんだ!こうなったら切り札を使うしかない!!」
突如怪人の顔面が強い光を放つ。赤井と黄之瀬は全方位に放たれた光線を防ぐことが出来ず浴びてしまう。
「ウワァッ!?」
「腕以外からも光線を出せるの!?」
予想外の反撃に驚く赤井と黄之瀬に満足したのか、本来の調子を取り戻す怪人。
「タンッタンッタンッ。俺様の光線は本来このプリプリなワンタンフェイスに蓄積されているメェン!狙った相手に向ける為に普段は腕から放つようにしているメェンけど、こうして顔から全方位に光線を浴びせることも可能なんだメェン!って、グワァァッ!!」
勝ち誇って自身の能力の説明をし始めた怪人の顔面を容赦なく銃で撃つ黄之瀬。
「残念でした。すでにその光線を受けているから私には効かないみたいだね」
「そ、そんな馬鹿なメェン。で、でも安心するのはまだ早いメェン。一緒に光線を浴びた赤いあいつはどうなっているだろうかなメェン?」
そう言って笑う怪人に嫌なものを覚え、レッドの方を見る黄之瀬。
「レッド?」
「え、な、何?」
黄之瀬の言葉にビクッとするレッド。明らかに様子がおかしい。
「どうしたの?いつもの偉そうな態度じゃないじゃん?あ、ごめん。つい本音が…」
黄之瀬はつい本音を小声にすることを忘れ、本人に面と向かって文句を言ってしまった。すぐに謝罪する黄之瀬だったが、レッドから返ってきた言葉に驚くことになった。
「やっぱりあんな尊大な態度、だめだよね。いつも本当にごめん」
謝罪の言葉と共に赤井は頭を下げた。その光景は自信満々ないつも姿からは想像できなかった。
「…え?」
「本当は偉そうに指示出すのやめようと思っているんだ。でも、怪人を目の前にして何とか勇気を振り絞ろうとすると、あんな口調や態度になってしまって…こんな情けない人間、このチームのリーダー、いやヒーローとして失格だよね」
突然の告白に黄之瀬は面食らう。光線を浴びたので本音を言っているのだろうが、あまりにもいつもと違いすぎてにわかには信じられない。だが、信じる信じないはあとにして、とりあえずこの状況をなんとかしなければ。このままでは、おそらく黄之瀬が怪人から光線を浴びた直後のように、一時間位はこんな状態が続いてしまう。レッドがこんな調子ではこちらも調子が狂ってしまう。
「待って待って。確かに偉そうだなとはいつも思ってたけど、怪人を倒すことよりも人助けを優先してるから、ちゃんとヒーローしてるって。リーダーとしても、なんだかんだで的確な指示をくれるし、そんな自信なくすことないから」
「でも、チームのみんながそれぞれの強みを活かして活躍してるのに、僕はただそれに甘えて命令してるだけだし…偉そうに喋って空気が悪くなりそうになるたび、イエローにフォローしてもらってるし…」
「いや、それは事実だけれども…」
その言葉に赤井は更に落ち込む。なだめようとした結果、逆に傷つけてしまった。どう言ってあげれば良いか黄之瀬が迷っていると、工場内で構成員と戦っていた紫山、緑野、桃谷が外に駆けつけてきた。黄之瀬の姿を見て嬉しそうに声をあげる桃谷。
「やっぱりイエローだった!外から銃声が聞こえたからそうだと思ってたよ」
「体調は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫なのだけれど、レッドが…」
紫山へそう答え、レッドへ目線を戻す黄之瀬。落ち込んでいる赤井を見て、後から来た三人は何が起きたのかを察した。
「ところで、あの怪人は?」
「え、あれ?どこに…あっ、あそこ!」
先程まですぐそばに倒れていた怪人がいなくなっており、黄之瀬は周囲を見渡すと敷地の奥の方を指差した。武器を使用していた赤井が戦意を失ってしまったためか、怪人はいつの間にか拘束を解いて逃げ出していた。
「しまった、バレたか。でも、これだけ離れられれば逃げられ…って、え!?」
工場を囲う塀を乗り越えようとした怪人だったが、緑野がタブレットを操作すると待機していたドローンが怪人を捕まえて宙吊りにする。怪人を宙吊りにしたまま、五人のもとにドローンが近づいてくる。
「逃さないよ。ほらほら、こっちはこのままボコって倒しても良いんだぞ〜。それがいやなら、みんなをもとに戻しな?そうすれば、優しくしてあげるよ」
「ほ、本当か?」
「うん。優しく、大切に、モルモットとしてあれやこれや実験に使ってあげる」
「どっちにしろ碌な対応じゃねぇ!?こうなったらもう一回…」
「ヤバっ、みんな!光線が来…」
再び怪人の頭部から閃光が放たれる。すでに光線を浴びている赤井、黄之瀬とともに紫山、緑野、桃谷の三人も光線を受けてしまう。赤井に光線を浴びせた時のように、怪人は勝ち誇った。
「タンッタンッタンッ!さぁ、ヒーロー同士で罵り合うメェェン!」
しかし、三人は何も喋らず、ドローンに吊られた怪人を見ている。何も言葉を発さない三人に怪人は動揺する。
「ど、どうしたメェン!?なんで何も喋らないメェン!?」
「みんな…?」
五人の中で耐性のある黄之瀬が心配そうに声をかける。すると、紫山が緑野へ手でジェスチャーを送り、それを見て緑野が手元のタブレットを操作して黄之瀬に見せる。
『本音をしゃっべてしまうようになるんだったら、最初から口を開かなければ良くない?』
「…あぁ…」
なんと単純で、しかしこの光線に対して効果的な対策だろう。黄之瀬は本音を小声にしてなんとか対応しようとしていたさっきまでの自分を思い出し、少し恥ずかしくなった。緑野は再びタブレットへ文字を入力すると、黄之瀬、紫山、桃谷に見せた。
『ドローンが怪人を放したら、みんなで一斉に攻撃を仕掛けて倒す。OK?』
うなずく黄之瀬、紫山、桃谷。
「な、なんだよ!?さっきから何を見せあっているんだよ!?早く喋って喧嘩しろよ!え?ちょっと待って!?一回話し合お…」
暴れる怪人を気にせず、四人は一斉に武器を構える。緑野がタブレットを操作すると、怪人はドローンから落とされ、それに合わせてそれぞれ必殺技を黙って放った。
「グワァァァァアッッ!!」
断末魔の悲鳴のあと、怪人は爆発四散した。
「南無三」
緑野がそうつぶやいた瞬間、四人のそばで落ち込んでいた赤井が正気を取り戻す。
「あ、あれ?」
廃工場で怪人を倒してから数日後、紫山は自分一人しか所属していない研究室で教授から出された課題に取り組むべく、参考書類を片手にパソコンへ文字を入力していく。その横の椅子に座りながら、赤井は紫山に文句を言っていた。
「なんであの怪人への対処方法を知ってたのに教えてくれなかったの?」
「あの段階では不確かな対策だったからお前に相談出来なかっただけだ」
キーボードを操作しながら紫山は言った。そして、手を止めて赤井の方に向き直る。
「それにあの時のお前は黄之瀬のことで頭がいっぱいのようだったからな。永続的な影響は言語障害だけと緑野から聞いた時、対処の一つとして『喋らない』という方法を考えついていた。一時的な興奮状態については、構成員たちを倒したあとに緑野と桃谷に相談して、桃谷の能力で精神抑制効果を事前に付与してもらった」
「せめてその抑制効果だけでも一緒にかけさせてよ。そのせいで、イエローの前で情けない姿を見せちゃったんだよ?」
「勝手に怪人と外で戦っていたのはお前だろ。それで?あのあとイエローとは何か話をしたのか?」
泣き言を言う赤井を切り捨てる紫山だったが、赤井からイエローの話が出たため、どんな状況になっているのか気になって確認した。
「イエローから話しかけてきたけど、誤魔化して逃げた…」
ため息をつく紫山。
「心配して話しかけてくれたんじゃないのか?正直に無理してたと言えば良かったじゃないか」
「今まであんなに偉そうに命令してたのに、今更ごめんなんて正気に戻ったら言い辛いよ。ね、ねぇ、これからどうしたら良いと思う?」
「どうしたらと言われてもな。本当のことを言うのが嫌なのであれば、なるべくイエローと喋らないようにして風化するのを待つしかないんじゃないか?」
赤井と黄之瀬がまだ互いに正体を知らないのであれば、チーム内に余計な感情を持ち込まないためにも今のままの状態を維持した方が良いと判断し、紫山は相談に乗るフリをしつつレッドとイエローの接触を減らすように話を持っていく。そんな紫山の思惑も知らず、赤井は頭を抱えた。
「こんなことで悩むなんて、やっぱり僕にリーダーは向いてないんだよ。いつも冷静な紫山の方が向いてるでしょ?頼むからリーダーを代わってくれよ」
「前にも言ったが、街の人を守る優しさと瞬間的に正しい判断を下せる決断力がリーダーには必要だ。今回の戦いだって、怪人の能力や戦闘力から複数人同士で戦うより一対一で戦った方がいいと気づいて指示を出していただろ。その点で言うと俺や残りの3人はリーダーの器じゃない。俺たちのリーダーはお前だけだよ。だからこそ、赤井にはリーダーとして自信を持ってチームを率いてもらわないと困る」
紫山は真剣な表情で自身の考えを赤井へ伝えた。円滑な関係を続けるためには多少の嘘は必要だと考えている紫山だったが、今の自分の言葉には少しも嘘はなかった。それほど、リーダーとしての赤井を信頼していた。
「そんなぁ!」
「それよりも時間は良いのか?黄之瀬と食事の約束をしているんだろう?」
時計を見て慌てる赤井。紫山が思い描くリーダーとは真逆の赤井の姿に不安を覚えてしまった。
「やばい!ごめん、もう行くから話の続きは戻ってきてからで!」
急いで研究室を出ていく赤井を呆れながら見送り、紫山はまたパソコン作業に戻るのだった。
いつもの機械工学サークルの部室で話をしている黄之瀬、緑野、桃谷の三人。
「いやぁ〜残念だなぁ。あんなにしおらしかったのに、また可愛くないいつもの優に戻っちゃったよ」
「お褒めのお言葉ありがとう。そう言えば、隠し撮りしてた動画は残さず消してよね」
「なんだよ。バレてたのかよ。ちぇっ、何かあった時の脅迫材料にしようと思ったのに。あ〜あ、面白かったなぁ。赤井君のどこが好きなのか延々と喋り続ける優の姿。彼のことなんて呼んでるんだっけぇ〜?確か、マサ君とか言ってた気がしたけどぉ〜」
からかう緑野に黄之瀬は舌打ちをする。本当にこの二人は仲が良いなと思いながら、桃谷は念の為の仲裁にはいる。
「樹里ちゃんからかい過ぎだよ。本当に元に戻ってくれてよかった。最初はどうなることかと思ったよ」
「それについては素直に謝る。心配かけてしまってごめんなさい」
その場にいる緑野と桃谷に頭を下げる黄之瀬。それを見て、緑野と桃谷は顔を見合わせた。
「優ちゃん大丈夫?実はまだ光線の影響が残っていたりしない?」
「いや、被害にあった街の人たちも確認したけど、ちゃんと元の状態に戻っているはず。あ、でも優は計3回も光を浴びたから、もしかしたら悪影響でおかしくなってるのかも…」
「人が素直に謝っているのにひどい言いようね。しかも樹里だけじゃなく、遼治君までそんなこと言うなんて」
そう言って二人を睨む黄之瀬の様子はすっかり事件前と同じに戻っていた。
「いや、ごめんて。ちょっとからかっただけだって」
「僕も悪ノリしてごめん。つい出来心で」
「はいはい、わかりました。でも、私や街の人が無事元に戻ったっていうことは、あの場で光線を浴びたレッドもきっと元に戻っているでしょうね」
再び、緑野と桃谷は顔を見合わせた。もしかして、まだレッドの正体に気づいていないのだろうか?緑野はわざとらしくレッドの話を掘り下げた。
「そうそう。私達3人は光線を浴びたレッドと喋っていないからどんな本音を喋ったか気になるなぁ」
「そうね。普段の態度を謝られたわ。でも、どこまで本当だったか分からないかな。怪人を倒した後に私から声をかけたのだけれども、怪人を油断させるための演技とか言って逃げてったから」
黄之瀬の話を聞いて、二人とも小さくため息をついた。
「あー、そうなったんだぁ…」
「まぁ、彼はそういうところあるから」
「どうしたの、2人とも?そう言えば、2人はレッドに変身している人物に会ってるのでしょ?どんな人なの?」
突然の質問に戸惑う緑野と桃谷。
「どんな人と言われても…」
「なんでそんな事知りたいの?」
「いや、今2人に話をしながらレッドのことを思い出していたんだけれど、あの喋り方って彼にそっくりなんだよね。それに、思い返してみれば、最近隠し事をしているし…もしかして…」
そこで言葉を止め、緑野と桃谷から目を離す黄之瀬。確信がないため、その先が言えないようだ。それを見て、緑野が黄之瀬に気づかれないよう一瞬イタズラそうに笑ったのに、桃谷は気づいた。
「もしかして思い当たる人がいるとか?どうかなぁ〜、当たってるかなぁ〜?何だったら、今からここにレッドを呼んであげようか?」
緑野の提案を聞いて、黄之瀬は慌てて止める。
「いや、気の所為かもしれないし、そこまでしなくていいって」
「そう?でも、そうやってモヤモヤする位なら、本人に直接聞いてみた方がどんな結果にしてもスッキリ良いんじゃない?」
「たしかにそうだけど…」
「よし!思い立ったが吉日。早速連絡して…」
「あ、あぁー!もうこんな時間だ!赤井君との食事に遅れちゃうなぁー!それじゃあバイバイ!」
変身装置を取り出す緑野を見て、慌てて部室を出ていく黄之瀬。困惑する桃谷をよそに、緑野は大笑いをした。
「ちょ、ちょっと樹里ちゃん!あんなこと言って大丈夫なの?」
「大丈夫だって。優は口では色々言ったりするけど本当はビビリだから。レッドが赤井君だって確信を持たない限り、こっちが何をしたって肝心な部分は有耶無耶にしたがるよ。あ、そうだ。赤井君から頼まれていたヤツ、後で優に教えてやろう」
「そうかなぁ。でも、光線を浴びた状態でレッドとイエローとして2人が会話をしたんだったら、赤井君の方も何か気づいたりしてないかな?あの怪人を倒したあと2人で会うのは初めてでしょ?もしかしたら赤井君から正体をばらすかも…」
「その心配もないと思うな。怪人を倒したあと、赤井君はイエローに対して誤魔化そうとしてるし。桃ちゃんの言う通り、あとから冷静になって思い出すことはあるだろうけど、確信がない以上は赤井君から正体を伝えることはないからきっと大丈夫」
「どうして?」
桃谷の質問に対し、スマホを操作しながら笑う緑野。
「恋愛事に関しては赤井君も優に負けない位ビビリだから」
怪人によって昼食デートが台無しになってしまったことから、デートをやり直そうと前日の夜に赤井から提案があった。了承した黄之瀬が前回と服装に身を包んでいるのを待ち合わせ場所で見て、赤井は自分も同じ服装を来てくるべきだったと後悔していた。一方で、赤井の提案を聞いて場所を前回と同じカフェに決めた黄之瀬だったが、流石に同じ服はやりすぎだったと後悔していた。お互いそんな小さな後悔を抱きながら食事をしている二人の近くの席で、派手な格好の大学生とメガネをかけた大学生が食事をとりながら話をしている。
「いやぁ、一時はどうなることかと思ったぜ」
「ほんとだよ。変な怪人に襲われたと思ったら、いつの間にか君と喧嘩してたし」
数日前に大学からの帰宅途中に怪人に襲われて喧嘩をしていた二人組だ。
「そうそう。でも改めて自分の服装見直してみたら、お前の言う通り変に意識高いだけで、全然おしゃれじゃなかったぜ」
「僕の方こそ、君に言われた事を反省して、しっかりと講義のノートを取るようにしたよ」
「やっぱり、本音で喧嘩するっていうのは良いことだよな」
「そうだね。こうやって今まで以上に仲良くなれたしね」
以前の喧嘩が嘘のように二人は笑い合っていた。笑い声をあげる大学生二人組を横目で見ている黄之瀬に赤井は話しかけた。
「そ、そういえば身体の具合とかどう?どこか調子の悪いところとかない?」
「おかげさまで今は健康そのものよ。迷惑かけてごめんなさいね」
「そんな迷惑だなんて。元に戻ってくれて安心したよ」
そう言って笑う赤井を見て嬉しく思いつつも、直前の緑野と桃谷とのやり取りを思い出してつい皮肉が黄之瀬の口から出てしまった。
「あら、ほんとに?体調不良の状態の方がしおらしくて良かったんじゃない?あの時の私は優しかったって聞いたけど?」
「そんなことないよ。それに、黄之瀬さんは元から優しいでしょ?厳しいことを言うのもその人のことを思ってのことだし、言い過ぎたと思ったらさり気なくフォローしてくれるし」
素直に黄之瀬を褒める赤井。その言葉に自然と笑みが出そうになるのを我慢しようとして何か他の話題を思い浮かべた結果、黄之瀬はつい気になっていることを質問してしまった。
「と、ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど、こないだここに来た時に言っていた私に隠していることって、やっぱり教えてもらえない?」
「え、な、なんで?待ってくれるって言ってくれたよね?」
「いや、なんだか、その秘密がこないだの怪人に関係しているような気がして。だって、怪人が現れた時やけに動きが早かったし、それに体調が良くなったのが分かったかのようなタイミングで連絡を送ってきたし」
黄之瀬の説明に内心冷や汗をかく。怪人への対処が早いのは自分がヒーローで怪人との戦いに馴れているからで、黄之瀬の体調が良くなった直後に連絡出来たのも怪人を倒したその場にいたからだ。このままではまずいと思い、誤魔化すために赤井も黄之瀬へ質問を投げる。
「たまたまだよ。そういえば、僕も聞きたいことがあるんだ。怪人に襲われて科学部の部室に連れて行ったけど、緑野さんが部室からいなくなったあとはどうしていたの?」
「…どうしてそんなこと聞きたいの?機械工学サークルの部室で休ませて貰ったあと、医務室に行ってそこで安静にしていたけど。送ってくれた連絡にもそう返したよね」
「いや、実は、返信を貰ってすぐに黄之瀬さんを探しに行った医務室へ行ったんだけど、係の人から黄之瀬さんは来ていないと言われたんだよね」
その言葉に黄之瀬はハラハラしながら冷静を装う。怪人を倒したあと、赤井からお見舞いの連絡が来たとき、廃工場からの距離では自宅にすぐに戻ることが難しかったため、医務室で休んでいるから心配しないでと咄嗟に嘘をついたが、赤井が医務室にまでお見舞いに来てくれていたことは想定外だった。何とか誤魔化さなければ。
「あぁー、きっと係の人が忙しくて私が休んでいることをど忘れしちゃったんじゃない?安全をみて夕方位まで医務室で休ませてもらっていたし」
苦しい言い訳をする黄之瀬。そんな黄之瀬の様子を見て赤井は怪しんだ。
「えぇ〜、いくら忙しくてもそんな勘違いするかなぁ?」
「そ、そんなことより私の質問に答えてくれる?」
「い、いや、その前に黄之瀬さんがどこに居たのか教えてほしいな?」
赤井も黄之瀬も実際はそこまで相手に質問に答えてほしいわけではなかったのだが、自分から注意を逸らそうとした結果、お互い後に引けない状態になってしまった。嫌な空気が流れそうになったその時、黄之瀬のスマホが鳴る。これ幸いと言い合いをやめてスマホを見ると緑野から連絡が届いていた。黄之瀬はメッセージを読む。
「何かしら?『そういえば、赤井君に頼まれて送った動画の感想聞いておいて』何のことだろ?どういう意味か分かる?あ、動画も届いてる」
「え、な、なんだろうね。あ、再生するのちょっと待っ…」
緑野のメッセージに思い当たる動画があった赤井は、黄之瀬が添付動画を再生するのを止めようとしたのだが、少し遅かった。再生された動画は近くの席まで音声が聞こえるほどボリュームが大きかった。
『マサ君の好きなところ?さっきも言ったけど、普段は自信なさそうなのに、いざと言う時に頼りになるマサ君が好き。こんな無愛想な私に優しくしてくれるマサ君が好き。自分のことよりも私のことを優先しようとしてくれるマサ君が好き…』
あまりの衝撃に固まっていた黄之瀬だが、そこまで動画が流れてようやく停止ボタンを押した。赤井は黄之瀬へ言い訳し始める。
「あの、これはですね。緑野さんが良い物があるって言って見せてくれたので、念の為自分にも送ってもらったというか…」
「赤井君」
「は、はい…」
「とりあえず弁明はあとで聞くから、今すぐ動画を消してもらえる?」
「ちょ、ちょっと待って!たしかに動画送ってもらったけど、何かに利用するためとかじゃなくて、ただ自分用に貰っただけなんだ!」
赤井の言葉と必死さに黄之瀬はあらぬ方向へ勘違いする。
「自分用?どういう意味…もしかして、いやらしいことに使おうとしてるってこと?」
「そうじゃなくて!ただ、大好きな彼女があんなに僕のことを好きって言ってくれたり、自分の好きなところを言ってくれたのが嬉しかっただけなんだ!そんな動画があるって聞いたら、誰だって手元に残しておきたくなるでしょ?」
赤井が無意識に言った大好きという言葉に黄之瀬は頬を赤らめると、気を取り直すように咳払いをした。
「コホン。理由はわかりました。他意はなかったと聞いて、少し安心したわ」
「誤解が解けてよかったよ」
「でも、動画は消してもらうから」
無慈悲に言う黄之瀬。
「そんなぁ!」
「泣き言は聞きません。私がそのスマホを奪って叩き割る前に、その動画を消して」
有無を言わせぬ剣幕の黄之瀬に赤井は泣く泣く動画を消す。動画が削除されたことを確認して黄瀬は満足気に微笑む。
「よろしい。よく出来ました」
「せっかく、緑野さんが黄之瀬さんを診断…医務室に連れていく前に取ってくれた動画だったのに」
「樹里には後で説教しておくわ。それと…」
さっきよりも顔を赤くして黄之瀬は赤井の耳元で囁いた。
「そんな画面の私じゃなくて、目の前にいる私がいっぱい好きって言ってあげるから」
自分で言った言葉に恥ずかしくなる黄之瀬と照れたように笑う赤井。
「やっぱり今のナシ!ちょっと浮かれすぎてたわ」
「そんなこと言わないで、好きって言ってよ!ここで言いにくかったら、夜電話したときとかでも良いから!」
「がっつきすぎ。しつこい。そうだ、良いこと思いついた。今度は私がそのお願いしてる様子を撮って、聡に送ってあげようかしら」
「ちょ、それはやめてよ!」
周りの目を気にせずそんなやり取りを始める赤井と黄之瀬のやり取りを先程の大学生二人が羨ましげに眺めている。
「なぁ、あれどう思う?」
「あの2人?多分君と同じ感想を抱いていると思う」
顔を見合わせる二人は一斉に同じ言葉を呟いた。
「「リア充爆発しろ」」