第一回 〔寝言〕
「え、鳴った?」
ざわめく座席から、絶え間なく、驚く声が聞こえてきます。
「白代さん、どうやら、太鼓を打つのが少し早かったようです」
よろけながら駆けてきた、弟弟子が、息を荒くしてそう言ったのを聞いて、私は色を失い、
「本当?」
と聞くと、
「はい、本当です」
少し俯いて、弟弟子は言いました。
どうしようか、どうやって誤魔化そうか、と頭を抱えて、膝を床について考え、五分ほど時間が経った頃、
「おい、白代。手前、いったい何してんだ?」
暗雲を切り裂くみたいに、紺色の空を照らして轟く神鳴りのような、豪雨の過ぎ去った後には曲がりくねった川を水が荒々しく流れてゆき、時には岩をも削ってしまう、川上の激流のような、苦痛のあまり、目まいや吐き気が体を襲って、そうして倒れてしまった時の、電気が走る感覚に似た痛みや衝撃のような、烈々たるお声が私の耳を突き刺した気がいたしました。
「し、師匠」
「師匠、じゃねえよ。何やって呉れてんだ。来い。早く」
師匠は、私の後ろ襟をぶっきらぼうに掴み、そう言いました。
「師匠! やめてくだせえ」
この後、きっとこっ酷く怒られるのだろうな、などということを、考える暇すらも私にはありませんでした。
ここで一席。
「落語」とかけまして、先ほど書いた「寝言」という、章の題と解きます。その心は、どちらも、
「枕が無いと、始まることがないでしょう」
師匠に引きずられていると、高座へと向かって行く、顔見知りの「南すけ」という前座を見かけました。
前座が高座に向かうということは、どうやら、そろそろ寄席が始まるようです。
それでは、お後がよろしいようで。