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糖度高めの現代短編まとめ

いろいろ努力したものの、自分には手が届かないんだろうなって先輩が好きなんですが

作者: 木村 真理

「さむっ」


 家を一歩でると、狙ったように強い風が吹いてくる。

思わずひとこと口にして、コートの前をぎゅっとつかんだ。

量販店の安物のダウンコートは、お値段以上の温かさだ。

かといって、この寒さがなくなるわけでもなくて。


 さっさと行って、帰ってこよう、と心に決める。


 2月3日、節分。

我が家では、毎年、吉田神社にお参りして、抽選つきの福豆をいただいて、お社の近くで鰯の焼いたのを買ってくると決まっている。


 だけど、今年は、お父さんが急に風邪みたいな症状が出て会社を早退し、母はその看病で家にいるという。

私はひとり、おつかいというわけだ。


 まぁ、私ももう大学生なので、親と一緒に行くのはちょっと面倒だ。

おつかい用にって、鰯や福豆を買うお金にプラスして、ちょこっとお小遣いももらえたから、ひとりでもぜんぜんだいじょうぶ。

 

 とはいえ、お祭りの喧騒の中をひとりで歩くのは、ちょっと寂しい。

 おいしそうな食べ物を見ても、食べ歩く気にはなれない。

せいぜい帰り道で、買って帰って、家で食べるしかないだろう。


 こんなことなら、友達と行けばよかったな。

でも、両親が一緒にいけないってわかったのが、ついさっき。

でもって、こんな急に誘えるほど仲がいい唯一の友達は、ただいま海外旅行中だ。


 まったく、お母さんもはやめに連絡してくればいいのに。

なんて、のんきに考えられるのは、父の具合がそうひどくないせいだけど。


 神社に近づくと、人が増えてくる。

屋台もいっぱいで、警備員さんたちが忙しそう。


 吉田神社の節分は盛り上がる。

いちばんは、2日の夜にある追儺式。

いわゆる鬼やらいだ。

こうこうと焚かれた火のあかりの中、鬼と方相氏が妙な声でうなって追いかけたり追いかけられたりしているのは、なかなかの迫力だ。

観光の人っぽい人も、年々増えているのもわかる。


 子どものころは、ほんとに怖かったけど。

鬼役の人たちがサービスなのか、子どもを見るとうなり声をあげて怖がらせるので、ガチ泣きの子もわりとよく見る。


 でも、中高生にもなれば、もっぱらの楽しみは、屋台だ。

参道にみっちりと並んだ屋台は、おいしいお店も多いし、他の神社の屋台に比べて流行に敏感だと思う。

自分比だけど。

 行きの道には輪投げや射的なんかの昔ながらのゲームの屋台が多くて、その景品も、去年はパタパタ耳が動くうさぎの帽子が多かったのに、今年は最近ヒットしている鬼退治のアニメのグッズが目に着く。


 ……あのアニメ、博隆先輩、好きなやつだよなぁ。


 背が高くて、目元が涼しい美青年な大学の先輩は、わりとガチのアニオタだ。

本人は「これも研究の一環だから」なんて言っているけど、好きなアニメを語り始めたら止まらない早口、推しカラーの服の多さ、持ち物のグッズの多さは、どう考えてもガチガチのオタ。

 おかげで外見でよってきた女の子たちからは、一線ひかれているっていうのに、本人は気づいていないっぽい。


 よいことです。

ライバルは、少ないに越したことはないし。


 私はアニメはあんまり見ないけど、漫画は大好きなので、推しに目を輝かせる先輩は、むしろ好印象だ。

 つか、話をするようになったのも、先輩が持っていたボールペンが私の好きな漫画のキャラものだったらかだし。

 見た目が好みで、話があって、一緒にいるうち、かわいいとことかかっこいいとことかに気づいちゃって。

 ガーっと早口でしゃべりまくる感想に性格の良さがでてて、「すごいな」って思うことが多くて。

 ついついひねくれた視点で見たことばっかり話してしまう私も、先輩と一緒に話していると、純粋に作品を楽しいって思う気持ちを思い出す。

 それは、漫画とかに限った話じゃなく、現実のあれこれに対しても、そうで。

 先輩といると、世界の色が変わったみたいに、綺麗に見える。


 というわけで、私は博隆先輩がすきなわけですが、博隆先輩も私を好きになればいいのに。


 明日もし先輩に会えたら、吉田神社の屋台にグッズいっぱい出てましたよー、って言おう。

と、心のメモ帖にメモする。

 話しかけるチャンスは逃さない、スナイパーな私。


 ちょいちょい選択科目が一緒で、顔をあわせれば話をする程度には仲はいい。

でも、ふたりで食事、とかはほぼない。

 あるのは、学食とか、大学近くの安いチェーン店で、お昼を食べたことがあるくらい。

 もちろん、二人でお出かけなんてしたことないし、学内のフレンチレストラン(お高い)どころか、イタリアン(おしゃれ目)だって、行ったことない。

 学食で行ったことあるのは中央食堂だけで、それも授業終わりの流れでなんとなくを装って、必死で私が誘ったからですけど、それがなにか?


 嫌われているわけではないと思うけど、特別に好かれているわけでもないんだろうな。

女子と思われていない気はする。

見た目は、わりと女子っぽい、かわいい恰好していると思うんだけど。

 たまにだけど、人気アイドルに似てるって言われることもあるので、見た目レベルもそう悪くないと思うんだけど。


 博隆先輩が好きな、二次元の女子と比べられると、なかなか辛いものがあります。

 スタイルもスペックも、一般の三次元女子に勝ち目はないっつの。


 今頃、先輩なにしているのかなぁ。


 ……は。

つか、もしかして、先輩、今、大学にいたりする?

したら、すぐ近くだし、誘いだせるかもしれない?


 私たちが通っている大学は、吉田神社の真横だ。

今も、屋台で食べ物を買った人が、構内にベンチや自販機を求めてふらふら入って行っちゃってるくらい近い。


 屋台にならぶ、グッズを見る。

私にはどれがレアとかわからないけど、以前友達と一緒に別のお祭りに行ったとき、男アイドル好きな友達がレアグッズがあると言って、無限くじ引きをしていたのを思い出す。


 ワンチャンある?


 ちら。ちら。

屋台にぶらさげられたグッズを見る。


 ……メッセージ、送るだけなら、そんなおかしくないよね。


 私は、お参りにきて。

先輩の好きなアニメのグッズがいっぱいあったから、なんとなく先輩にメッセージ送っただけ。

……って感じで、最悪ごまかせる。

不自然じゃないはずだ。


 人でごった返す道から外れて、深呼吸。


「いま、吉田神社にいるんですけど」

「先輩の好きなアニメのグッズ、ヤバいですよ」


 送信っ。


 祈るような気持ちでスマホを見る。

残念。すぐに既読にはならない。


 先輩、この時間は授業もないし、学食か図書館にでもいるはずなんだけどな。

スマホ見ないかなぁ。


 参道を歩きながら、ちらちらスマホを見る。

メッセージは、なかなか既読にならなくて、人に流されるままに歩きながら、神社の奥まで進む。

ごったがえす人をかきわけて、お賽銭箱の前に進み、手を鳴らす。


(今年も家族みんなが元気で過ごせますように。あと、博隆先輩が、うっかり私を好きになってくれますように)


 祈りながら、心の中で、反対の気持ちが湧き出る。

博隆先輩、なんだかんだいってモテるもんなぁ。

私なんて、ただの後輩なんだろうな。


 私にしては、がんばったほうだ。

先輩を好きになって、先輩の好きなアニメのヒロインっぽい黒髪サラサラストレートな髪型にして。

したことのなかったメイク、着たことなかった清楚系ワンピース。

 先輩に会うまでは、服なんて異常にヘンじゃなければいいとしかおもっていなかったし、顔も髪も、清潔であればいいじゃん、くらいにしか思っていなかったのに。


 ダイエットもがんばって、綺麗になっていくたび、周りの男の子たちの目がかわった。

優しく、丁重に扱われることが多くなって、それは嬉しかったけど、でも今まで自分が雑に扱われていたんだってことを思い知らされた。


 だけど、先輩はほとんど変わらなくて。

「一之瀬、最近なんかかわいいな」

なんて、しゃらっと言って、私の心をぐちゃぐちゃにかき乱したくせに、それ以外は、普通。

いつもどおり好きな漫画の話なんかで、盛り上がって。


 そういうとこも、好き。


「一之瀬さん、博隆先輩狙いなの?」

「最近ちょっといい感じだからって、調子乗ってない?ダサダサのデブだったくせに」

「博隆先輩は、アニメ好きって共通点があるから、あなたとしゃべっているだけで、女子としてはぜんぜん意識されていないんだからね?」


 何回も、知らない女子に嫌味を言われた。

自分でも、ほんとは博隆先輩と自分なんて釣り合わない、って思ってる。


 でも、諦めたくない。

 諦められないんだ。


 神様が、私の祈りを聞き届けてくれればいいのに。


「一之瀬」


 え。


「博隆先輩!?」


 ヒロイズムにひたって、上の空で歩いていたら、ぽんと肩をたたかれた。

ふりかえると、すっきりした長身の美形が、黒い目を輝かせて、笑ってる。

今、考えていた人。

博隆先輩だ。


「屋台で食べ物買ってこようと思って歩いてたら、一之瀬からのメッセージ見てさ。一之瀬も来てるのかと思って、探してたんだ」


「え。先輩も、来てたんですか」


「うん。なんかお祭りフードって、めっちゃ食べたくなるんだよね。たこ焼きとか、普通の店で買うのより割高なのに、食べたくならん?」


「あぁ。フライドポテトとか、ほんそれかも」


「だろ?」


 先輩は、やたら嬉し気に、大げさにうなずいて、


「一之瀬なら、わかってくれると思ったんだー!」


って、笑う。

その笑顔が、かわいすぎて。


 そのくせ、嬉しいのに、でもそれって女子扱いされてないからじゃないか、って、前に他の子に言われた言葉を思い出して、胸が痛くもなった。

 なのに。


「後、メッセージも、サンキューな!俺もさぁ、あれ見て、一之瀬にメッセージ送りたいって思ったんだけど。……なんか女子に、用もないのにメッセージ送るのって、緊張して送れなかったから」


 ちょっと顔を赤くして、博隆先輩がいう。

女子に、って。

 私のこと、女子だと思ってくれているだ。

 そんでもって、一人でいるとき、私のこと思い出してくれてるんだ……。


 うわ。なんか感動。


 ささやかだと、笑いたくなる。

 でも、すごく、嬉しくて。


「えー。すぐ送ってくださいよ。先輩のメッセージなら、24時間、いつでもウェルカムです!」


 冗談っぽく、笑って言う。

 すると先輩は、急に真顔になって、私を見て、言う。


「ほんとに?」


「……えぇっと、ほんとのほんとですよ?」


 その真剣な雰囲気におされつつ、力強くうなずくと。

 先輩は、


「そっか。でもさ、単なる後輩には、そんなことしにくいからさ。一之瀬、俺と付き合う気、ない?」


恥ずかしそうに、早口で、でもすごく真剣に聞いてくるから。


「あります!」


 思わず食い気味に答えて、この信じられないような行幸に飛びついた。

そしたら先輩は、びっくりしたように目を見開いて、じわじわと顔を赤く染める。


「うわ。やっべ。めちゃくちゃ嬉しいんだけど」


 それは、私のセリフです!

なんて言い返すこともできないまま、私も赤くなった。


 それから二人、あちこち屋台を見て、いろいろ食べたり、くじをひいたり、……はじめて手をつないだりして。

彼氏彼女になって、ほわほわほわほわしたまま、「後でまたメッセージ送る」って言って、別れた。

 ……夢みたいだ。


 なお、冷静っぽく鰯と福豆は買って帰ったのだけど、あまりにも挙動不審だったから、母に私まで風邪をひいたかと疑われた。

 博隆先輩からの「おやすみ」のメッセージ見て、顔がまた赤くなっておさまらないから、仕方ないけど。



このお話を書いたのは、今年の1月末ですが、お話の舞台は何年か前の「いつもの」節分祭を思い出して書きました。

はやく「いつもの」お祭りが楽しめる日が来ればいいなぁと思います。

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