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ざっくりと見当をつけてイヴを追いかけると、声を上げて探すまでもなく騒がしい声が聞こえてきた。
村はずれの、少し開けた木立のあたりに、イヴはいた。いたというか、むらがられていた。
普段、イヴのことを騒がしい奴だと思ってきたが、さすがに年齢一桁かようやく二桁になったような生意気盛りの子どもたちは騒がしさの度合いが違う。
村の規模にふさわしい、十人に満たない程度の子どもたちの集団は、しかし人見知りなどというものを母親の腹の中にでも置いてきたように無遠慮にイヴにまとわりついて、一斉に好き勝手しゃべくっては笑うのだから、凄まじい賑わいだ。
頭のてっぺんから出てくるような、子ども特有の甲高いはしゃぎ声が、ここからですでに耳と頭に響く。
その中心のイヴからすればとんでもない騒音だろう。
俺からすれば傍若無人のお嬢様も、さすがに子ども相手では無下にも出来ず、乱暴にも出来ず、かといってうまくあしらえもせずとたじろいでいた。
生暖かい目で見守っていたら、新しい余所者に気づいた子どもたちの一部が俺にも駆け寄ってきた。比較的与しやすそうというか年齢の近いイヴには遠慮がなかったが、さすがに大人相手ではそこまで攻めてこないようで、やや距離を取っての対峙だ。ちょっと切ない。
「あ、ヨシダ! ちょっとこれどうにかしなさいよ!」
「へいへい」
子ども相手には怯むくせに大人には強く出るなこのお嬢様は。人間誰しも相性があるということだな。この場で言えば、三すくみではなく子どもたち>イヴ>俺という悲しいピラミッドだが。
別にイヴに言われたからというわけではなく、話が進まないので、俺は腰の巾着をあさった。
そして物怖じしない子どもたちに目線を合わせて屈み、中身を一つずつ渡してやる。
「ほーれ。町の方のお菓子だぞ。欲しかったら並べー」
「お菓子?」
「お菓子だー!」
「や゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!」
「うぃいいぃいいひぃぃいいいッ!!」
どういう感情だそれは。
まあ、農村じゃお菓子なんてのはそうそう手に入らないっぽいしな。
袋からクッキーを一枚ずつ取り出しては餌付けするように与えてやる。
「町のお菓子も何も、あんたが作ったやつじゃない」
「町の方で作ったからな。嘘は言ってない」
菓子作りは本業じゃないが、まあかじりはするからな。
この手の菓子は料理以上に化学だから、手順と分量をきちんと整えれば誰でも同じように仕上がるのが楽でいい。それ以上を目指すと上にキリがないから嫌だが。
それはそれとして、話を聞くんだろうと促してやれば、それではっと思い出したようにイヴは比較的大人しめの子どもたちを捕まえて見下ろした。その隣にかがんで目線を合わせてやると、イヴはきょとんとして、それから同じようにかがんだ。
「話ってなんだよー」
「情報量は前払いでもらっちまったしなー」
「しかたねえなあ、俺たちも暇じゃないんだから手短になー」
比較的おとなしくはあったが生意気な反応に、イヴが反射的にデコピンをかました上に頬をつねり始めた。
まあここは抑えておけ。子どもは拗ねると面倒だ。拗ねて面倒じゃない人類なんざこの世に存在しないが。それはそれとして生意気なので手を出すことは止めないが。
大人が手を出したら暴力だが、子ども同士の喧嘩は好きにするがいいさ。
俺はじゃれる子ども二人を放置して、残りの子どもにゴブリンについて尋ねてみた。
そう言うのを見たって噂を聞いたんだが、何か知らないかと。
子どもたちはきょとんとしたように顔を見合わせた。
やっぱり知らないかと、安心したような少しがっかりしたような気分でいると、子供たちは呆気なく頷いた。
「誰から聞いたか知んないけど、そうだよ。ゴブリンはいるんだ」
「俺たちみんなゴブリンを見たんだ」
「あたしも見たわ。多分だけど」
「おいら、ゴブリンっていうのかは知らないけど、みんなはそう呼んでるんだな」
適当なことを言っている、という感じではなかった。
子どもの言うことだから、と話半分で聞いちゃいるが、それ言ったら、大人の話すことだってそうそう信用できるもんでもないしな。
俺としては何事もなくゴブリンも見つかりませんでしたってことでさっさと帰れるとよかったんだが、証言が出ちまったからには一応聞いておかないと、イヴも納得してくれんだろう。
もうちょい詳しく聞き出そうとすると、子どもたちは疑わしげに俺を見た。
まあ、多分、村の大人たちからはまともに相手されなかったんだろうな。
「おっさんたちは、ゴブリンのこと信じてくれんの?」
「さて、な。俺はどうだろうな。だがこっちのお嬢様は神様とかよりは信じると思うぞ」
そのお嬢様は大人気ないチョーク・スリーパーをかましているところだった。
あれはさぞかし苦しかろう……
聞けば、そいつがジャンだった。