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「着いたー！！」
目的地の村にたどり着くや、俺以上にファンタジーを渇望する暴走お嬢様は、勢いよく降り立った。
「おい、おい待て！まだ荷物が、っと、おわっ」
「……むっ」
「っとと、すまない」
「いや、手伝おう」
屋根に積んであった荷物を降ろそうとしてバランスを崩すと、ずいっと伸びてきた手が軽々と支えて降ろしてくれた。
振り向けば、二本の角が突き出た大げさな兜が俺を見下ろしていてぎょっとした。
これは、牛か？牛をモチーフにしているんだろうか？
上背もあるし、なかなかの威圧感だ。
そこからちょっと視線を下ろすと、兜ばかりは仰々しいが、首から下はすらっとした長身に古い革鎧で、なんだかちぐはぐな感じだ。傭兵か、遍歴の騎士か。
そういえば、町を出たときから馬車に乗っていたが、てっきり馬車の護衛かと思っていた。
そんなことを考えながらマジマジと見ていたからだろうか、牛の兜が照れたように顔を背けた…牛兜なんだが！？
「な、なにか？」
「ああ、すまない。荷物を降ろしてくれて、ありがとう。」
「問題ない」
俺はお礼を言ってから、先に降りて軽く伸びをしながら体をほぐしていたらしいイヴと合流した。
駅では俺たちと、牛兜の傭兵が一人降りただけで、村から馬車に乗る客はなかった。
ざっと村を見渡してみたが、なんというか、大きめの農村というか、村らしい村といのか。
人も多く、家畜も多く、割合に活気のある村である。
まさしく牧歌的というか、ゴブリンの危機に瀕しているという感じではなかった。全然なかった。平和そのものといってよかった。
さて、ファンタジーのセオリーなら、依頼者と面会するところだが、俺たちは冒険者じゃないし、依頼を請けたわけでもなく勝手に押しかけてきた身だ。
「とりあえず、何から始めるんだ？」
「決まってるじゃない」
「つまり？」
「宿をとるわよ！」
存外に常識的…いやまて、それはつまり腰据えて調査するつもりか？
問いただす前に、すでにイヴはずんずんと歩き出していた。
宿と言っても、農村に大した宿などあるわけがない。需要がないからな。
道行く村人に尋ねながら辿り着いたのは、村唯一の酒場だった。一階で酒場兼食堂をしていて、二階を宿として部屋を貸し出しているらしい。
部屋は三つあって、今はどれも空いているとのことだった。
「見物するようなもんがあるわけでもなし、客なんて滅多にねえよ。何の用事できたんだい？」
「ゴブリン退治よ！」
「はあ？」
「ああ、いや、いいとこのお嬢さんのお遊びでね。すまんね」
「確かにゴブリンの噂は聞くがなあ」
噂になってるんかい！？
いや、そうか。噂になっているからこそイヴの耳にも入ってしまったんだからな。
宿屋の主人の言葉に大いに喜んだイヴは、らんっと目を輝かせると、ずずいと身を乗り出して聞き出しにかかった。
「待て待て、俺は見たわけじゃない。噂っつても、ガキどもの言うことでな。夜更けにゴブリンを見たとか、見ないとか。まあガキの頃なんざ、暗がりで動くものがありゃなんでもお化けに見えてくるだろうよ」
「子どもね！結構いたわね。どの子？」
「俺が聞いたのはジャンだな。ドナんとこのせがれだ」
そのジャンがよく遊んでいる場所を聞き出すや、またもや勢いよく飛び出して行ってしまった。
大人しくするということができないのかねえ、あのお嬢様は。
もういっそイヴを一人好きなように遊ばせておいて、俺は宿でゆっくりしていようかという気持ちにもなるのだが、さすがにそれはまずいだろうな。
あのお嬢様は、たぶん子ども相手にも平気でグーパンする上に、なんなら腰に凶器も帯びてるからなあ。
俺は取り急ぎ部屋を二つとると、宿の主人に荷物を預け、心付けをいくらか握らせた。
一応慌てた様子を取り繕って追いかけようとすると、ちょうど宿に入ろうとした誰かにぶつかって、俺は呆気なくはじき返されてしまった。
ほとんど体当たり同然だった俺の体重を受けてなお、びくともしないまるで壁のような相手だった。
ふらふらと立ち上がろうとすると、手を取られてグイッと引き上げられる。その力強さたるや、まるで大人が子どもにそうするようだった。
「す、すまない」
「問題ない。追うなら急いだほうがいいだろう。あっちに駆けて行ったぞ」
「え、おう、すまんな、とにかくありがとうよ」
相手は例の牛兜の傭兵だった。
その声は兜越しでくぐもっていたが、確かに女性のそれだった。荷降ろしのときも気になっていたのだが、勘違いでなければどこかで聞いたような気がしたのだが…いや、今はそれどころではない。
俺は指し示された方向に急いで駆け出したのだった。
