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出立の朝は早かった。
もともと厨房の朝は早いが、気が急いたイヴから日の出る前に引きずり出されて、慌ただしい出発になってしまった。
準備していた荷物はすべて俺が背負い、イヴは乗馬服に、腰に剣を吊るしただけの身軽なものだ。
「一応その剣、家宝の剣らしいぞ」
「知ってるわよ?」
キョトンとした感じで返答されてしまった。
革のベルトで雑に吊るしていたので、もう少し丁寧に扱わなくていいのか?という意味合いだったのだが
「すぐ使える状態じゃないと意味ないでしょ?」
「確かに」
そんな物騒なモノ使う状況想定してねえよと思ったが、とりあえず同意しておくことにした。
旦那様よ、この娘に家宝預けるとか甘すぎるんじゃないのか。
娘を溺愛しているからこそこんなアホな遠出をさせてくれるが、娘を溺愛してるからこそ危険な目には合わせたくないのだろう。
「じゃあ護衛を付けよう」
「いらない」
と昨夜ファンタジーでお馴染みの女騎士を付いて行かせようとしてイヴに一蹴されていた。
いや、そこまで心配ならちゃんと護衛は付けてほしかった。
「娘に嫌われちゃうもん」
「嫌われちゃうもんじゃないですよ!」
雇ってくれた恩は感じているが、貴族として領主としてはどうなのかと思わないではいられない。
出立と言っても、直でゴブリンがいるとかいう現地に向かうわけじゃない。そんなに近くはなかった。
まず屋敷から馬で最寄りの町に駆ける。
俺は馬になんぞ乗れないんだが、鞍にしがみついてるだけならできる。落とさないよう気を遣ってくれる賢い馬の背に乗って、落ちないようにするだけだからな。
だがイヴがそんな緩い乗り方を許してくれなかった。
俺の乗った馬の手綱を取って、半ば牽引する形で早駆けしだしたのだ。
「この速度でソレやるの曲芸じゃねーのか!?」
「あたしは早くゴブリンを見たいのよ!」
「手綱はあたしに任せて、あんたは荷物の気持ちでも考えてなさい!」
言われたとおり「俺は荷物、固定された荷物」と念仏を唱えているうちに、すぐに町にたどり着いたが、何しろ日も出ない内だから、門は閉ざされていた。
多分、門番を呼びつければ、何しろ領主の娘だ、すぐにも開けてくれたことだろうが、わがままなくせに妙なところで常識的というか、イヴは大人しく開門を待った。
まあ、それでも、日の出が近くなって顔を出した門番は、特徴的なストロベリーブロンドを見つけるや否や、急いで門を開けて通してくれた。
やはりピンクがかった金髪というのは珍しいんだろうなあとか考えていると
「悪かったわね。これでお酒でも買いなさい」
そう門番に言うイヴだが、財布を持っているのは俺だった。
いやまあ、遠出の資金は全部イヴの家から出ているので間違いではないんだが。
なんか釈然としないなと思いつつ門番に小銭を渡しておいた。
町に着いたら今度は町中の別邸に寄って、これまた急な来訪に慌てる馬丁に馬を預けて心付けを握らせ、急いで出迎えにやってきた使用人たちを尻目にさっさと退出。
人騒がせにもほどがあるぞこいつ。
「はやく行くわよ!ヨシダー!!」
「そんなに急いで行っても仕方ねーぞー」
先々と行くイヴの後方から叫ぶが聞こえてなさそうだ。
その脚で向かったのは駅だ。
駅っつても鉄道ではなく、馬車の駅だ。駅馬車ってやつだな。
大きめの町は大体この駅馬車でつながってるんだそうだ。俺も乗るのは初めてだが。
「なんで出発しないのよー!!」
「だから言ったじゃねーか、出発の時間が決まってるんだよ」
「そういうことは、はやく言いなさいよ!」
「言いましたけど!?」
始発まではしばらく待たにゃあならんかったから、俺は朝飯の包みを取り出して、イヴにも渡してやった。
どうせ朝飯も食わずに出ていくのだろうと思って、昨夜のうちにこさえておいたのだ。
イヴ用だと言ってちょろまかした柔らかく上等な白パンに辛子バターを塗り、新鮮な葉野菜とたっぷりのハム、チーズ、ピクルスをはさんで、柑橘系の果物を使った甘めのソースをちょいと垂らしてある。
「美味しいー!!!」
「そうか、そうか」
「このソースが素晴らしいわね」
「そうか、そうか」
「ヨシダ、料理の腕だけは一級品ね」
「そうか、そうか・・・あん?」
俺は「だけ」という部分が気にはなったが、イヴは美味しそうにパンを頬張っているので「まあ、いいか」となってしまった。
始発の時間になって、駅馬車に乗り込んだのは、俺たちを含めて十人に満たない程度だった。
商人風のやつや、ちょっとした荷物を持った紳士に、ごつい兜をかぶった物々しい姿。だが誰も素性を尋ね合ったりはしない。そうしたいんなら誰も止めないがね。
荷物はみな、屋根の上に乗せ、そこにも一応幌≪ほろ≫がかかっていた。座席は、屋根のある内席と、屋根のない外席があった。
馬車後部の外席は、席とは言うもののほとんど足のついた板といった程度の椅子が二脚があるばかりで、景色はいいが快適とは言えなさそうだった。
内席が快適かというと必ずしもそうではなく、座席の座面は狭く、背もたれはまっすぐで、クッションが敷かれていたがどれもせんべいみたいな薄さだった。座れるだけずいぶん楽だが、それでも小さなサスペンションに揺られていると尻どころか全身あちこちが痛くなってくる。
俺たちはそんな駅馬車に都合半日ばかり揺られた。
速度計なんぞないから具体的にどのくらいとは言えないが、歩くよりは早く、全速力で走るよりは遅い。自転車をのんびり転がした程度といったところだろうか。
半日揺られたと言っても、途中の町や村の駅で止まって、客や荷を乗り降ろしして、馬を替えて、ちょいと休憩をはさんだりしていたので、実際の移動時間はもう少し短いだろうな。
それでも、王都とか大都市では蒸気機関車が走っているとかいう噂も聞く。
せっかくの異世界だってのに、とは思うが、まあ文明が発達していくのは仕方がない。
文明が発達してくれたほうが、俺の生活の文化レベルも上昇するだろうし、悪いことではないのだ。