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異世界に召喚された俺は、ご立腹したお嬢様を餌付けで宥めることにした。  作者: 原案:ダンディ高松 執筆:長串望 加筆:ダンディ高松
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1-2

 「ゴブリン狩りよ!ヨシダ!」


 前後を入れ替えりゃいいってもんじゃねんだよなあ。

 聞こえなかったわけでも聞き取れなかったわけでもない。

 聞きたくなかったんだよ。繰り返すな。

 両手が塞がってるから、耳を塞ぐわけにもいかない。

 塞いだところで無駄だろうが。


 しっかしなんだ。芋剥いたり人参剥いたり玉葱剥いたり、仕込みに精を出す俺のもとにあまりにも簡単に顔を出すなこのお嬢様は。

 普通いいとこのお嬢様は、厨房なんかに顔は出さんだろう。

 俺としてはそういうイメージなんだが、厨房の主たる料理長は肩をすくめただけで、キッチン・メイドたちも「またいつものね」って顔で自分の仕事をしている。

 またいつものなんだよなあ。


 こうなると仕事にならんのは料理長も承知だから、適当に手を振られてしまう。

 俺は芋とナイフを置いて手を拭き、渋々お嬢様に向き直った。


 「あー、イヴリーヌお嬢様」

 「イヴよ」

 「俺も旦那様に雇われている以上は、」

 「あんたはあたしの使い魔よ」

 「はー、了解だ。イヴ」

 

 愛称で呼んだことにより満面の笑みを返してくる。


 イヴ。イブリーヌ。お嬢様。

 本来なら見上げるほどに身分の高い貴族のご令嬢なんだが、おしとやかさの欠片もない。

 「コレ」に対して俺は敬意とかそういう感情を抱くことに今まで失敗し続けている。


 年のころは確か、十三か十四か、そのあたりだったか。

 背丈は平均位だろうが、日頃から野山を駆けまわって泥まみれになったり、剣やら乗馬やら淑女らしくもなく体を動かすのが好きなせいか、少年のような精悍せいかんさがある。

 ピンクがかった金髪は見事なもんだが、いつもリボンもせずただ三つ編みにしてるってのは、髪型に凝るのが面倒だからなんだろうな。侍女ももったいないって顔してるし、服装はズボンのことが多いので

 

 「スカート着ないのか?」


 と聞いてみたところ


 「ズボンのほうが動きやすいでしょ!」


 と返されてしまった。

 下手するとこいつ、乗馬服で過ごしてる時間の方が長いんじゃなかろうか。

 娘を溺愛している旦那様としては、もっとお洒落してほしいんだろうが、高価なドレスはもれなく箪笥の肥やしになっているらしい。


 そんな具合にまあ色々残念ではあるんだが、そこまで減点されてもなお文句なしの美少女ではある。

 その文句なしの美少女が、はしばみ色の目を爛々《らんらん》と輝かせ、八重歯をぎらつかせて笑うのは、厄介ごとの合図みたいなもんだ。


 「前回は人面樹だと言って、確認しに行ってみたらただの木だったよな?」

 「あれは間違い!」


 イヴは自信満々に間違いだと認めた。

 貴族には珍しく間違いを間違いだと認められる素直な娘ではある。


 「それで、なんだって?」

 「ゴブリンよ!」


 へこたれねえなこいつ。

 うんざりした気分で俺はイヴを見下ろした。


 「なによあんた、ゴブリン知らないの?」

 「知らんわけじゃないが」

 「いい、ゴブリンってのはね!」


 聞いちゃいねえ。


 イヴは思わずはたきたくなるようなドヤ顔で、ゴブリンについてベラベラとまくしたてた。

 まあ、おおむねファンタジー界隈でよく知られる、小さくて醜い妖精で、人畜に害をなしては追い払われるという、害獣そのもののモンスターだな。

 おとぎ話や伝説を読み漁っては知識をため込むという、大人なったとき教養となるか黒歴史となるか微妙な趣味をお持ちのこのお嬢様は、ゴブリンにまつわる逸話やゴブリン討伐の細々とした物語を早口で叩きつけてきた。


 異世界の住人が語る現地のファンタジーな物語っていうのは、ちょっと心惹かれるものがあるが状況によるな。

 このままだと面倒ごとに巻き込まれる。

 そう思った俺は、いつまでも続きそうなイヴの早口語りに強引に割り込んだ。


 「それで?」

 「それで?つまり、ゴブリン狩りよ!」

 「嫌だ!」


 間髪いれずに断った俺の顔をイヴは色のない目で見ていた。

 そんな「地球が逆回転しだした」と言われたときのように、「何を言っているのか理解できない」という目をこちらに向けつつ


 「あたし達が行くわよ!ゴブリン狩り!」

 「あれ!?聞こえてなかった!?」


 どうやら俺の返答は無かったことにされ、ことさら「達」を強調されてしまった。

 このままではいつまでも堂々巡りしそうなので、時系列順に話をさせてなんとか要点を掴んだところ、つまりこうだった。


 イヴは以前から、使用人や出入りの商人に変わった話があれば教えるようにと強請っていた。

 それでどこだかの何とかという村で、ゴブリンを見かけたとかいう噂が流れているのを知った商人が、世間話の一環として伝えてくれた。

 イヴはそのゴブリンを退治するために出かけることに決めた。なので俺を連れて行く。


 なんでだよ!?

 その「なので」はどういう接続詞なんだ!?

 そもそも「これから一緒にゴブリンを殴りに行こうぜ」って、どういうお誘いなんだよ。

 こみ上げる言葉を丁寧に押し包んで飲み込み、ため息に変えて吐き出す。


 しかし、それにしたってゴブリンだって?

 そんなものはいません!

 そりゃあ、俺だって、召喚魔法だ、異世界だとなれば、自分にチート能力がなくっても、ちょっとは期待したさ。

 ああ!期待したさ!

 だが生憎と、この世界にはファンタジーが無かった。

 厳密には「今はもう無い」のだった。


 ずっと昔、大昔、何百年前だか何千年前だか知らないが、その頃には「あった」そうだ。

 神々や奇跡、魔法や魔物、そんなもろもろが。

 おとぎ話にも残っている。

 というより、おとぎ話にしか残っていないのだ。


 かつてこの世界にも神々がいて、奇跡が起こり、魔法が振るわれ、魔物たちが棲んでいた。

 天を突く世界樹、世界の果ての向こう側、地の底の国、天の上の園、人はそれらの間を行き来した。

 魔王が暴れ、勇者が現れ、世界を救ったという伝説だって残ってはいる。


 だが神話の時代は終わったのだ。

 伝説はおとぎ話になり、おとぎ話は忘れられていく。

 神々は去り、奇跡は失われ、魔法は忘れられ、魔物たちは姿を消した。


 いまもわずかながら、魔法の武器や不思議な力が確かに存在しているが、それを生み出す技術は失われて久しい。

 しかしそれさえもいずれは科学が解決するだろう。何も不思議なところなどない、自然科学の延長線上のモノとして。ロスト・テクノロジーなんて、そんなものだ。


 夢は夢のままであるくらいが、空想を遊ばせるのにはちょうど良い。

 日常の中にそんなものは軽々しくあってはいけないのさ。


 そういった悲しくも厳然たる現実というものを、イヴに語ってやった俺がどうなったかというと


 「ハッ!面白みのない人間ね」


 鼻で笑われたうえに人間ごと否定されてしまった。


 俺だってファンタジーしてえよ!

 剣と魔法を携えてダンジョンに挑んだり、

 格好良く必殺技名とか叫んだり、敵の幹部とかに

 「フフッ、さすがだな」

 とか言われて一目置かれてえよ!


 でも、「無いもの」は「無い」んだから仕方がないだろう。

 と言い返せたらよかった。

 ないんだから諦めなさいは大人の常套句だった。

 そういう言い方は大人からの目線であり、俺はあまり好まなかった。


 しかし。

 ああ、だが、しかし。


 「あるわよ」


 イヴは強く断言する。

 このファンタジーの失われた世界に、非ファンタジー世界からやってきた俺は、イヴが断言できるほどの根拠である。


 「あたしがんで、あんたが来たのよ。魔法だってなんだって、あたしが全部引きずり出してやる!」


 ああ、まったく、勘弁してくれ。

 それを言われると、俺は何も言い返せない。


 「それにあんたは、あたしの使い魔なのよ!あたしが行くところには付いてくるのが、あたりまえでしょ!」


 にっかり笑った無邪気な笑みは、俺にはちょっと眩しすぎる。

 俺自身は何も持っていないのに、俺自身こそがこいつのファンタジーを信じる証拠になってしまってるんだから。


 「危険なことになったら、お前担いで逃げるからな!」


 と負け惜しみぽく言うのが精一杯だった。

 フットワークの軽すぎるお嬢様は、その日のうちに旦那様におねだりして、ゴブリン狩りに遠出する許可を取り付けたのだった。

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