第三十六話 初めての感触
「感謝します鬼神フレイ。大義でした」
「それはどうも。俺は何もしなかったけどな」
会議後、ミーシャ達を待たせている客室に向かいながら俺とメアリーで話していた。
本当に俺は座っていただけだったように思う。
「少し宜しいでしょうか鬼神殿、王女様」
その道中そう断わってから俺達に近付いてくるギルバート。
「ギルバート卿どうかしましたか?」
「いえ、大したことではありません。天の塔の支配に私の力が必要になれば何時でも仰って下さいと、それだけ伝えておこうと」
「大義です。我らの主様は貴方のその活躍を目に焼き付けておられるでしょう」
「有り難き幸せ」
よく分からない話を2人はしていた。
それにしても主だのなんだのが本当に居るならこんな格差は生まれないと思うが、ま、いいや。
それなら俺が格差を埋める主とやらになってやればいいだけの話。
「フレイ殿もその鬼神が如きご活躍は私めの耳にも入っております。お目にかかれて恐悦至極でございます」
そう言って今度は俺に目をやり頭を下げるギルバート。
「聞けばフレイ殿のお爺様は素晴らしい鍛冶屋で、塔の攻略を夢見ていた、とか?その噂私の耳にも届いております」
「俺はよくは知らないがそうだったみたいだな」
爺さんがすごい鍛冶屋だったというのは俺も知っていることだ。
それに塔の攻略にはかなり興味があったという話も。
「お爺様もさぞお喜びでしょう。自分の悲願を子が叶えてくれた。子は宝というものですよ」
菫色の髪を揺らして笑うギルバート。
しかし、それも直ぐに辞め俺を見つめる。
「フレイ殿、メアリー様をよろしくお願いします。メアリー様はまだまだお若い故そのお傍で支えて上げてください」
「気付いていたのですね。私達が同じ目的を持っているということ」
「はい。私めは微力ながらその目標を達成できるように応援させていただきます。それでは」
そう言って俺たちとは反対方向に歩いていったギルバート。
それを見送ってから俺達も歩き始めることにした。
※
「いやぁ。今日も仕事して疲れたぁ」
「お前何もしてないじゃないか」
「え?してたよ?フレイがちゃんと貴族たちを相手にしても物怖じしないように天にお祈りしてたもん」
あの後客室に寄り待たせていたミーシャ達を連れて街に戻ってきた俺達はそのまま酒場に向かい食事を始めた。
「そのお陰でスムーズに事が運んだのですから感謝しましょうよ。フレイ」
いつものおっとりとしたような顔でそう言ってきたマミ。
その顔で言われると本当に調子が狂うな。
俺はその手の話をあまり信じない方なのだが、そう言われると信じそうになってしまう。
「それで結局どうなったんですか?」
「私も知りたいです」
自分の食事に手を伸ばそうとしたら姉妹のように揃った息でそう聞いてきたルイズとアリア。
「あぁ。数日後にスノウが呼びに来るらしい。それで俺達は天の塔にもう一度入ってガーディアンが暴走しないようになる作業を進める研究員の護衛をする事になった」
100階層はそのまま使えるとしてもそれより下の階層は確かに危険なままだ。
それに100階層が未だに安全とは断言しにくい状況でもある以上、ガーディアンの無力化というのは最優先で行うべきだろう。
「で、でもそれでガーディアンが無力化出来ても誰が住むんでしょうか?私達が安全だと言っても、これまでダンジョンだった場所に住みたがる人はいるんでしょうか?」
そう聞いてきたのはリオだった。
確かに天の塔は危険な場所と周知されている以上その心配はあるが。
「住んでみたいと言う奴らがいると思う。今奴隷のように扱われている奴らだ。俺達が100階層までのルートの確立をしたから。攻略をする必要がなくなったため現状の奴隷は必要なくなる」
俺たちの設置した転移結晶を使えば簡単に高層までたどり着くことができ、そこで大量の高レア素材を回収出来るのだ。
自分たちの力で踏破したいと言うヤツら以外は攻略を続ける必要はなくなるし、それまで盾のように扱われていた奴隷の存在意義も無くなるということだ。
「私達は誰かの役に立てたんですね」
嬉しそうにマミがそう呟く。ふむ、そうだな。知らない間に誰かを助けていた。
何にせよ人助けというのは気持ちがいいものだな。
ここに来るまでにも何度も俺たちを賞賛する言葉が聞こえた。
「………周りから嫌われて追放された私達がこうやって感謝される日がくるなんて思わなかったなぁ」
そう言って笑うミーシャ。
「そうだな。俺も思わなかった」
「私もフレイがこんなに有名になるなんて思わなかった。それでちゃんと家賃払ってくれる未来があるなんてね…」
「そりゃ、まぁこんなスキルがあるならな」
ルーシーにそう答えてから俺も笑う。
いい結果になったこと本当にうれしく思う。
※
今夜は久しぶりにミーシャと二人で過ごすことになった。
リオはルーシーが預かってくれているから文字通り二人なのだが。
「久しぶりだねこうやって二人で過ごすの」
「そうだな」
本当に久しぶりだ。だから何だか変な感じがする。
「ありがとねフレイ」
俺の肩に頭を乗せてくる。
「こちらこそだがな」
「ねぇフレイ」
「ん?」
「キスって知ってる?」
「知ってるが」
そう答えた次の瞬間俺の顔の目の前にミーシャの顔があった。
「ご、ごめん……。でもフレイといたら気持ち抑えられなくて……って何言ってんだろ私!」
「……」
魂を抜かれたように何も考えられない。
「もう寝るね!おやすみ!」
赤い顔と恥ずかしさを隠すように布団にもぐりこんだ彼女。
それから寝るまでの暫くの間俺は自分の唇に何度も手を当てた。
とても不思議な感覚だけがそこには残っていた。




