第三十一話 ストックはあるので伝説の天の実を使ってみた
天の実をもういくつかイルダに増やしてもらった。
かなり魔力を消費するのか色んなスキルをインストールしているはずの杖を使ったにも関わらず、彼女は辛そうだった。
流石は神話上の存在だとか幻の実と言うべきなのか。
「イルダありがとうな。無理な頼みを聞いてくれて」
「ほんとに無理なお願いだよ」
今回の頼みは流石にきつかったのか辛そうな顔をしていたイルダだった。
「今日はゆっくり休んでくれ。無理をさせたな」
「うん」
答える声も元気がなさそうだった。
「悪かったな」
そんな姿は流石に見ていられない。
天の実を1つ渡す。
「なに?」
俺が実を渡したことの意図がわからないのか首を傾げる彼女。
「伝説ではどんな病すらも癒すっていう話だろ?そんなすごい果実なら食べれば疲れくらい癒せるんじゃないかって思って」
「えぇ?いいよ別に私なんかには勿体ないよ」
手を組んでもじもじとし始める彼女。
しかし俺はイルダがこうやって辛そうな顔をしているのをもう見ていられなかった。
「食べてくれないか?イルダが辛いなら本末転倒じゃないか?」
「そうなの?」
「そうだよ。生成してくれたイルダがそんななら誰も喜ばないよ」
首を横に振ってそう説得してくれるミーシャ。
「ほら、みんな思ってることは同じだよイルダ。イルダに元気になって欲しい、それだけだ」
「そこまで言ってくれるなら、うん」
そう頷いて天の実を小さく千切ってから口に入れるイルダ。
「味はどうなんだ?」
「美味しい。こんなもの初めて食べる」
俺たちの顔を見てそう呟きを漏らしたイルダ。
心なしかその表情はいつもの無表情ではなく嬉しそうなものだった。
「何だか元気になってきた、かな」
それから暫くして俺の顔を見ていつもの表情でそう言ってくるイルダだった。
「そうか。それは良かった」
「うん。ありがとうフレイ」
強がりでもなんでもなく本当に元気になったのはその足取りを見れば分かる事だった。
さっきより軽い足取りになっている。
「じゃ、引き続き目当ての場所に向かうとしようか」
「そうですね」
アリアが頷いて俺の横に並ぶ。
「そういえば何処に向かってるんでしたっけ?」
目の前で天の実の効果を見た衝撃のせいだろうか、当初の目的を忘れたのかそう聞いてくるリオ。
「天の実の効果を調べにな。知ってるだろ?前代の鬼神ヴァリアス」
そうして話していると目的の場所までやってきた。
前代の鬼神と呼ばれたルーシーの父親であるヴァリアスは天の塔の攻略をしている時、ガーディアンに襲われ怪我をしたせいで冒険者としての生を終えたと言われている。
「そういえば、お父さんフレイのこと信じてたみたいだね」
後で俺を殺すつもりはなかったと聞かされてその事を未だに申し訳なく思っているのだろうか。
「親父さんの演技力が凄かっただけだろう?気にするな」
俺もルーシーの言ったことを信じてしまったし仕方ない話だ。
実際良く考えれば無理がある話だとしても信じてしまうことというのはあるのだから。
「そう言ってくれると気持ちが楽かな」
「俺だって騙されて言われるがままに塔に登ったし責められるもんじゃないからな。おっと」
リオに顔を向け直す。
「話が逸れたな。ルーシーの親父さん、鬼神のヴァリアスは今は退役した。その理由が怪我だ。随分酷い有様みたいだが天の実の効果が本物なのならばその傷だって治せるんじゃないかと思ってな」
そういう話をして俺達はここに向かったという訳だ。
「しかし、こんな大人数で邪魔してもいいのだろうか?」
丁度目の前に家があるのだがここまで多いとズカズカ入り込むのも躊躇われるという話だ。
「いいんじゃないかな?お父さん意外と優しいし」
そう口にするルーシー。
その時だった。
「表で何をしている。私に用事があるなら入ってくるといいだろう?」
「タイミング悪いな」
声の聞こえた方そこに立っていたのは家の中から出てきた強面のヴァリアスだった。
どうやら向こうから来てくれたらしい。
※
ヴァリアスに案内されて客室までたどり着いた。
そこで机を挟んで彼と向かい合っているのだが。
「あの、初めまして」
「きょ、今日はよろしくおね、お願いします」
緊張しているのが丸分かりなアリアとリオだった。
「そう気負わなくても構わない」
そう優しい口調で返しているヴァリアス。
人は見た目に寄らないと言うが本当に寄らないな。
それくらい柔らかいものだった。
「それにしてもフレイ、いい仲間を持ったな」
「ありがとう。みんなこんな俺に付いてきてくれて良い奴だよ」
俺も出来るだけ微笑んで彼に言葉を返す。
本当に感謝してもしきれないくらいだ。
「で、今日は何の用で来たんだ?」
「聞いているとは思うけど俺達が天の塔を突破したことを正式に報告しにきた」
「ほう。聞いてはいたが本当の話なのか?」
黙って頷く。
「なるほどな。ついにやったのか。あの最難関の塔の踏破を。これでお前はこの国の、いや世界の英雄だ」
そう告げて立ち上がると窓からその先に広がる景色を眺めるヴァリアス。
「お前が望むのならこの国、それこそ世界だって手に入れることが出来る偉業だろう」
「んーあー、そういうのは興味ないかな。結局普通が1番だろ?」
そう言って立ち上がると俺もヴァリアスの横に並んだ。
「これ、天の実っていう果実らしい」
「天の実、だと?」
俺が彼にそれを渡すと驚愕に顔を歪めるヴァリアス。
「まさか本当に存在したのか?」
「いや言い方は悪いがあんたに食べてもらって、本物かどうか証明してもらおうかなと考えているところだ」
アーニャという人が言った。
これは天の実と呼ばれる伝説の果実であるかもしれないということ。
しかしその効果まで伝説と同じとは言い切ってはいなかったはずだ。
「ヴァリアスがこれを食べてその古傷を癒すことが出来たなら、これは本物となり今まで虚構に過ぎなかった天の実を現実へと持ち出すことが出来る」
それでこそ本当に世界が変わる話だ。
これがあるのならどんな不治の病だって治るようになるはずなのだから。
もう誰も理不尽に傷つかなくても済むだろう。
「分かった。そういう話なら食べてみよう」
話を理解してくれたのか素直に受け取るヴァリアス。
「あぁ。頼んだ」
これで治すことができたのならばこの世界から死を取り除くことすらできるかもしれない。
常識が変わる。
そう考えれば胸はだんだん高鳴っていくようだった。




