第三十話 神話に出てくる凄い実を手に入れた
決して短くない時間を待ってからアーニャという女性が恐る恐る顔を上げた。
「ギルドマスター………」
アーニャがその震える声のままスノウに声をかけた。
「どうした?何だったんだ?」
「私の口から言葉にしていいのかどうか、それにこれは王立研究所に預けた方がよろしいかもしれません…」
「それはフレイの許可を得なければならないだろう。見つけたのは彼だ。彼は情報の提供を行った。その先は彼の判断だ」
気が動転していたのか俺を見て謝るアーニャだった。
「…ごめんなさい。…そのこんなものを生きている間に見られて…気が動転しました」
「それはいいから何だった?この実は」
スノウは気持ちを抑えられないのかアーニャの両肩を掴んで前後に揺らしていた。
「…ギルドマスター…こちらは間違いありません。今まで神話上の…伝説だけの存在とされていた…【天の実】です」
震える口でそう言いきったアーニャ。
「天の実…だって?」
流石のスノウもその単語を聞いて驚きを隠しきれないらしい。
天の実…今どき子供でも知っている神話上の木の実。
それが今俺たちの目の前にある。
実際の効果は分からないが確か死人は蘇り…どんな病気だって治す万能の実として語り継がれていたはずだ。
「これが天の実だって?」
思わず俺も聞き返してしまった。
「はい。間違いないです。この実に含まれる成分はまだ確認されていません。そして形状重さ、この独特の甘い香りから考えて、恐らく天の実かと思われます」
アーニャがそう告げた瞬間ギルド内は完全に静寂に包まれた。
いつの間にか周りにいた冒険者たちは俺たちの会話を耳を立てて聞いていたのだった。
しかし1人がその静寂を破る。
「じゃ、じゃあそいつらは本当に天の塔を踏破したって言うのか?あの最難関と謳われている天の塔を?」
一人の男がそう口にしたのを皮切りに言葉は連鎖していく。
「鬼神と呼ばれた世界最高の冒険者たちが何年も何十年かけても踏破できなかったあの塔を一日でって言うのか?!」
「待て、聞いたことがある。鬼神ヴァリアスは過去の英雄となった、って」
「どういうことだよ、それ」
「今は鬼神フレイって奴がいるんだよ」
「鬼神フレイ?それがあいつってことか?」
「そうだろうな。鬼のように強いらしいぜ。しかも本人は机上の空論に過ぎなかったスキルインストールを実現可能にしたらしい」
「それやばくね?歴史が変わるじゃねぇか!」
様々な声が飛び交い始める中スノウは口を開いた。
「フレイどうするつもり?天の実、となると分からないことも多い。アーニャの言った通り王立研究所に回すのも選択肢の1つとしてありだと思うが。どう思う?」
スノウにそう勧められて悩むがこれは元々はルーシーが見つけたものだったな。
「ルーシーに任せるよ」
「え、えぇ?!私?」
「俺のものじゃないしな」
ルーシーと変わると二人の会話を眺めることにする。
「いや、ほんと…私の力じゃなくて全部フレイのお陰で辿り着けたし、フレイに決めて欲しかったんだけど」
手を前に出して左右に振っているルーシーだが俺が決めるつもりはない。これはルーシーが決めるべき問題だ。
どうしてもと言うなら俺が決めるがそれではルーシーに後悔のようなものが残るかもしれない。
「ちなみに天の実というのはどういうものなんだ?」
俺は名前しか知らないのでその効果とかはよくは知らない。だって実在を信じていなかったからそれほど興味を持てなかった。
「神話では死者を甦らせ、どんな不治の病も治す神様の作り下さった果物だとされていますよ」
俺の質問に答えたのはリオだった。
へー。そんなに凄いとされている実だったんだな。
「なら簡単に決められる問題でもないし、俺が決めていいものでもないじゃないか」
改めてそう思う。
「でも、私はフレイに決めて欲しかったかな、私バカでよく分からないし。うん。決めた。アーニャ、その研究所ってところに預けてくれるかな?」
「宜しいのですか?お返しは出来ないと思いますよ?」
「うん。いいよ。私だとつまらない使い方しちゃいそうだし」
2人が話を進めようとしていたがやっぱりちょっと待って欲しかった。
「あの少しいいか?」
「何ですか?」
「1回それを貸してくれないか?」
俺に実を渡してくれる彼女。
「イルダ、これ増やせるか?」
「そんな考え浮かびすらしなかった、やってみる」
彼女の生成スキルなら、複製も出来るのではないかと思ったのだがどうだろうか。
ついでに高層に出現していたガーディアンのコアも渡す。
これを元に作ることができたらいいが。
「出来たよ」
「イルダは相変わらずすごいな」
「ううん。私のスキルを強くしてくれてるフレイが1番凄いよ」
褒められて満更でもないのか照れながらそう口にする彼女だった。
「あれ今実が増えたよな?!」
「天の実も増やせるのか?生成スキルで?!なら他のものも増やせるんじゃないのか?例えば強い武器とか!そんなもん最強スキルじゃないか!誰だよ戦闘に使えないスキル以外は外れだとか言ったやつ!」
その様子を見ていた他の冒険者たちも興奮しているようだった。
「フレイ達はほんと予想もつかないことをしてくれるね」
それを見てふふふっと笑うスノウ。
転移結晶も天の実も普通は増やせないと思うようなものをイルダは増やしてみせた。
俺だって驚いているくらいだから普通は驚くだろう。
「ほら、こっちは俺達が貰う事にする」
そう言って元々拾ってきた方をアーニャに渡した。
イルダに作ってもらった方は見た目こそ同じだが完璧に中身まで同じかどうかはわからない。転移結晶を作ってみせた彼女を疑う訳では無いが、念の為だ。
「と、まぁこんなところでいいか?また何かあったら呼んでくれ。今は試したいことがあるのでな」
「何を試したいのかは分からないし聞くつもりもないが、分かったよ。それとまた後日塔には私達も登るつもりだ。その時フレイには着いてきてもらいたいと思っている」
「出来るだけ予定は開けておくことにするよ」
踵を返すと手を振りながら歩き始めた。




