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「えっと、南の方に僕の家はあります。案内しますので、着いてきてください!」
「いや、いいわ。歩いて行くには何日もかかるわ」
「ええっ!?」
徒歩でリュシオ国に行くのは時間がとにかくかかる。私はアレンに水晶を差し出した。
「ここに手を翳して。そして、あなたの村のことを強く思って」
「はい!」
言われた通りにアレンが水晶の上に手をかざすと、彼の思考のようなものがおぼろげに私の脳内に流れてくる。
「だいだいの場所は分かったわ。行きましょう」
「主、頼んだ」
「もちろんよ」
「え? え? あの?」
困惑しているアレンを置いて私は二人の背中に触れて、アレンの村を探りながら転移魔法を詠んだ。
「よし、到着。我ながらなかなか正確に行けたわ」
「え!? ここは……ガラン村!? 僕の村の隣村じゃないですか!!!」
アレンの話を聞くと、約200mほど目的地からズレてはいたようだが、転移した距離を考慮するとなかなか上々だ。
「信じられない……。転移魔法を使える人がいるなんて。しかも一瞬でここまで転移するなんて……!」
「ふふふ、私、転移魔法が得意なのよ!」
生まれ育った家を飛び出すときにとにかくその場から遠いところに行きたくて、初めて必死に使いまくった魔法が転移魔法だ。がむしゃらに飛んでいくと、それこそとんでも無いところに飛んでしまうことがあったため行き先を慎重に見定めながら転移していくと、自然と転移魔法が上達した。
「おい、アレン、どうした!?」
フレイヤの声でアレンの方を見ると、彼は大量に涙を流していたのでぎょっとする。
「魔女様。こんなに強大な力をお持ちなら、母さんはきっと大丈夫だと思うと、涙が……」
「ああ、そう」
「魔女様、本当に、本当に来てくださってありがとうございます……ぐすっ」
溢れ出る涙をアレンは懸命に拭う。アレンを見ると、彼が真に母親のことを想っているのがよく伝わってきた。羨ましい親子関係だ。
「アレン、さあ、村へ案内してちょうだい。それにしてもあなたは泣きすぎよ」
私の言葉でフレイヤも微笑んだ。アレンのためにも彼の母をなんとしても助けたい。改めて気を引き締め、3人でアレンの村へと足を向けた。
「結構農業が盛んなのね」
「はい、このあたり自体は田舎ですけれど結構大きな都市と都市の間にあるので、人の出入りが激しいのです。それで大きな害獣に農作物を荒らされることも特になく、農業が盛んですね。あと、宿で生計を立てている人も多いです」
「ふむふむ」
村全体を見渡すと、家々には手入れされた畑や果樹園が隣接していた。
「あ! アレン! みんな!! アレンがいたぞーー!!」
第一村人を発見するなり、彼は大声を出して他の村人を呼び寄せる。まるでアレンは指名手配犯のような扱いだ。村が総出でアレンを探していたようで、村中の人間がアレンの無事を確認しようと呼びかけられた方に注目していた。
「ちょっと、アレン! ちゃんと村の皆さんに行き先は告げたの?」
「もちろんですよ!! あ、村長!!」
初老の男性が彼より少し若いぐらいの男性を伴って血相を変えてこっちに向かってくる。
「アレン!! 馬鹿者が! アリアに心配をかけおって! お前は自分の母親の寿命を縮めるつもりなのか!?」
「ご、ごめんなさい! でも、僕!」
「アレン……。まだ11歳の幼いお前にこんなことを言うのは酷ではあるが、残された時間、せめてずっとアリアの側についていってやれ。魔女に会いにいくなど霞をつかみに行くようなものだ」
あら、アレンは私よりも2歳年上だったようだ。フレイヤの6歳年上になるが、色々な意味でそうは見えない。
「僕! ちゃんと魔女様に会えました! これで母さんは助かります!! こちらの方が森の魔女様で、隣にいる方が魔女様の使い魔です!」
「何っ!?」
二人がすごい勢いで私の方を凝視する。まさか魔女を本当に連れてくるとは思っていなかったようで、あまりの驚きで金魚のように口をパクパクとさせていた。
「え、こちらの方が……?」
「あなた様が“森の魔女”……?」
若い男性の方は私を胡散臭いと言わんばかりだ。
「ええ。そうよ。突然私の家に訪ねてきたアレンの願いを叶えるべく、この村に来ました」
私が肯定すると、今度は二人の顔から血の気がさっと引いて真っ青になっていた。
「アレン! お前、アリアを助けるために内臓や命を差し出すとかいう馬鹿な契約を交わしてないだろうな!? そんなことをしたらアリアが冗談ではなく死ぬぞ!」
何だそれ。失礼だな。私はローブの下から村長らしき人物の近くにいた男性を睨む。
「魔女様はとってもお優しい方です! 僕の命とかそういうのを望んでいませんよ!」
「魔女様!! 御足労いただいて大変申し訳ないが、我が村は魔女様に存分な報酬を払えるほどの財産はありませんぞ!」
「……村長と見受ける方。報酬はアレンの出世払いですのでご心配なく」
すると、二人はしばし見つめ合ったあと、苦虫を噛み潰したような顔でアレンの方を見る。
「まじかよ……。魔女サマ。それは2百年はかかる……いや、踏み倒されるぞ」
「そんなことしません! 魔女様の家にたどり着けたのですから、僕にもきっと何らかの才能があって、それで魔女様に恩返しができるはずです!」
「うーん、アレン、お前の出世払いかあ……。魔女様、期待が外れたからといって、この村に報復をするような真似だけはくれぐれもせんでください」
「村長まで! ひどすぎませんか!」
「元から期待はしていないから大丈夫です。全ては私の使い魔のためですので」
「魔女様まで!」
アレンがきゃんきゃん吠えているが、その姿もまた子犬のようにしか見えなかった。きっとこの村でもアレンはマスコット的な位置にいたのだろう。能力が期待されていないようだが、二人は真剣にアレンのことを心配しているようだったから。
「アレン。アリアが心配しているし、フォードもずっとお前を探しに森を探索している。早く家に帰ってやれ。村全体にはアレンが見つかったと伝えておくから」
「!! 分かりました!! 魔女様、僕の家にお越しください!」
「魔女様。アレンの母、アリアをよろしく頼みます。わずかでも希望があるなら、儂らはアリアを助けるための協力を惜しみません」
村長が深々と私に対して頭を下げた。
「分かりましたわ……」
また少し緊張が高まった瞬間であった。