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「主、いってくる」
「待って! フレイヤ。ちゃんとフードをかぶらないと!」
「あぁ、そうだった。ゆーぶいけあをするのを怠っていた。主の命令を忘れていた」
「そうよ、フレイヤ。日焼けは女の大敵なの。特に白い肌は紫外線に弱いのだから、絶対に焼いたら駄目よ! すぐにシミ・ソバカスになってしまうわ!」
「分かった、主」
「主、久々に大物を仕留めた……。それで今日私は疲れたので油揚げだけ食べることにする。あ、もちろん主にはちゃんとした食事を用意しているから」
「ダメよ、フレイヤ! 美しい身体は食事から。栄養バランスのとれた食事をとらないと! 健康にも良くないのよ!」
「主……! 分かった、ちゃんと私も食事をとる」
「主! 今日は食べられそうなオレンジ色の実を見つけた。鑑定してみてくれ」
「ふむふむ。フレイヤ……」
「どうだ、主?」
「すごいわ、これ。この果汁はビタミンCがとても豊富に含まれているわ! 風邪や老化予防になるのよ! 早速いただきましょう!」
そして、綿に自作の化粧水を染みこませたものを顔に貼り付けた擬似パックを行うのが私たちの1日の締めとなっている。
森の奥深くに美女が二人(内一人は幼女)。誰に見せるわけでもないが、恵まれた美貌を磨くのを日々怠らないようにしている。
「あー、冷たくて気持ち良い……」
「主、夜ふかしも美容の大敵だ。もうベッドへ行こう」
「そうね、フレイヤ」
フレイヤが私の顔にあるパックを剥がしてくれると、まじまじと呟いた。
「主は、とても美しいな」
「あら、ありがとう。フレイヤ。あなたもとても綺麗よ?」
それにナイスバディだ。
「主はなぜ人前に出るときはいつもフードをする? 私の美的感覚は人間のそれと対して違ってはいないはずだ。主はとても美しいのに、なぜそれをわざわざ隠して、こんな森の奥にずっと閉じこもっているのだ?」
「え、フレイヤ。町で何かあったの? 行くのが嫌になった?」
急にフレイヤが私の引きこもりを咎めるようなことを言い出して、珍しく焦ってしまった。いつも遠出を任せすぎてフレイヤもストレスを感じていたのだろうか。
「違う。私は町に出るようになって、一般的な人間の行動や思考を学んだつもりだ。一般的に人間は高い地位や財産を求める傾向があるようだ。……でも、主はそれを求めているようには思えん」
「まあ、そうね」
今十分すぎる大金が手元にあるし、それでのびのびと生活していっている。
「あと、男女ともに一般的な幸せというのが…伴侶を見つけて、家族をもつことの様だ」
「…………」
「主は、自分の伴侶を見つけたいと思わないのか?」
「…………」
男好きというわけではないが、恋をしたいという気持ちは依然もっている。
だが、こじらせているのだ。せっかく神様からもらった容姿だが、今はそれを誰にも見せたくない。容姿で釣られる男は御免被りたい。
『ありのままのわたしを愛して欲しい』
素直に言うとこうだ。
フードを深く被っているため年齢不詳、下手をしたら性別も不詳の怪しい人間。そんな人間と恋に落ちる人間なんているわけがないのは重々に承知している。奇特な私を心から受け入れてくれる男性を待っている傲慢なシンデレラ状態だ。
「私は、主とこのまま何十年と過ごすこととなっても、私にとっては至上の幸せだ。でも、人間である主にとって、このまま私と二人っきりでずっと隔絶された世界で暮らしていくことが幸せなのか……私は疑問に思い始めた」
「……うん」
「主は、今はそれで良いと思うかもしれない。だが、万一、主が将来伴侶を見つけたときにもっと早く相手と出会っていれば良かったと後悔して欲しくない。将来社会に出たときに暮らしにくさを感じて、幼い頃から人がいる町に住んで人の一般的な感覚を身に付けるべきだったと思わせたくない。人間の時間は私に比べるととても儚い。だから、どんなに些細なことでも私と過ごした日々を後悔する日が来て欲しくない……」
「フレイヤ……」
「私はこんな形をしているが、まだ生を受けて5年しかたっていない。だから、主にとって最適な判断を私には下せない」
「フレイヤ。私のことをとても思ってくれているのね。私は今幸せだから、あなたとの日々を後悔する日なんてこないわよ」
「主、ありがとう。“今は”そう思っているかもしれないが、私は怖くて堪らない。主の未来を私が潰しているのではないかと。だって、主もまだ9歳じゃないか。私は主に幸せになってもらいたい。このまま主と世間との繋がりを遮断させては、本当の主のためにはならないと思う」
フレイヤは沈痛な表情で俯いた。
「フレイヤ……」
「主、困惑させて申し訳ない……」
「いいわ、フレイヤの心配は分かった。フレイヤは私の可能性を狭めないためにも私に他の人間とも接触をもってもらいたいのね?」
「ああ。少なくとも、気の置けない友人の一人ぐらいは作っても良いと思っている」
「前向きに考えておくわ。でも、今日はもう遅いから寝ましょう?」
「分かった……」
フレイヤの手をぎゅっと握り締めて、二人で寝室へ向かった。
フレイヤがこんなに私のことを想って行動や思考してくれたのは嬉しい。
「フレイヤ、ありがとうね。こんなに私のことを想ってくれる人がいて、私はそれだけで幸せよ」
きっと私の生みの親以上に私のことを想ってくれている。もっとも、実両親たちは私のことを愛していたわけでもないが。
感激を表現するためにも、私はベッドの中でフレイヤをぎゅっと抱きしめた。すると、彼女の温もりがこっちにも伝わってきて、私は安心感に包まれた。
「あ、主はもしかして同性愛者や異種愛者だったりするか? それならまた話が変わってくる」
「ブフォッ!!!」
シリアスな雰囲気のまま二人で眠りにつくかと思いきや、フレイヤの予想外の質問に私の眠気は彼方へ飛ばされてしまった。