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「主! 朝食が出来たから起きろ!」
「ありがとう、フレイヤ」
パンの焼けた良い匂いに鼻腔をくすぐられると、それがスイッチとなってすっきり目が覚める。窓の外を眺めると、今日も眩しい木漏れ日が降り注いでいた。絶好の仕事日和だ。
寝室を出てすぐにあるダイニングへ行くと既にテーブルの上にはいつものお皿が準備してあった。小麦パンに少しのベーコンとたくさんの野菜を挟んだものが私たちの朝食の定番である。
「「いただきます」」
二人で手を合わせて食事前のあいさつを行う。この世界にはない習慣だが、ここで暮らし始めて自然とそうしていたらフレイヤも私を真似るようになった。
フレイヤ――私の目の前にいるのはゆるいウェーブの金髪を靡かせた非常にセクシーな女性だ。ちなみに体型も出るところは出ていて、へこむ方が望ましいところはきゅっと締まっている世の男性の理想を具現化したような身体をしている。
しかし、その正体は妖狐だ。出会った時は1尾しかなかった尻尾も、今では4尾まで生えている。本人は魔力や身体の成長次第では7尾まで増える可能性があると言っていたから、彼女はまだ成長途中のようだ。これ以上胸も背も急激に成長されたら困る。主に私のジェラシーの問題で。
「今日もありがとう、美味しかったわ」
「いや。これが私の仕事だ。主が満足して良かった」
フレイヤが食器の後片付けを始めると、私も1日の仕事を開始する。
私の仕事は、“魔女”なのだ。
およそ5年前。私は齢4歳にして生まれ育った家を飛び出して、森の奥で暮らし始めた。なにせ森。潤沢な木材に富んでいるので、始めは魔法で適当に雨風を凌げる程度の家を作り、探索魔法を活用して食べる物にも困らなかった。
森で暮らし始めて1月ほど経ったときにフレイヤに出会った。その時彼女はこの世に誕生したばかりで力が弱く、野生の虎に襲われて命からがらに逃げていたところだった。そこを助けたところ、妙に懐かれてしまい、主従契約を結んだ。
その後はしばらく二人でひきこもり生活をしていたが、問題が起こった。主従契約を結ぶと、フレイヤに私の魔力の一部が供給されるらしく彼女の身体はとてつもないスピードで成長し始めた。
彼女は妖狐の姿にもなれるが、人型をとった方が家事雑用を考えるとその方が便利になるので、ほとんどの時間を人型で過ごしている。あまりの成長の早さに生家から持ってきていたリーザの数着の服では色々と限界が見え始めると、私は彼女に着るものを買うためのお金を稼ぐ手段を講じた。
そしてすぐに思いついたのが回復薬作りだ。私は食べる物を探すためにあらゆる植物を鑑定して、だいたいどの植物がどのような性質をもっているのかを把握していた。その中に“回復薬として活用できる”という文字が浮かび上がった植物が数種類あった。その薬草を利用して、私は回復薬作りを始めた。
そして私は、見事に回復薬作りの魅力にどっぷりとハマってしまった。薬草をすりつぶして水と混ぜるだけでも一応回復薬は作れる。前世でも傷薬に効く植物があったが、それとほぼ同様なものだろう。多少傷の治りをよくする程度のものではあるが、傷ができたときに家庭にあると便利ではある。その回復薬を鑑定したときに表示されたのが、“回復薬 Gランク”であった。まあ、最低限のラインの薬だろう。
そこで私は、薬草を乾燥させて細かく擦りつぶし、粉末状態にしたものを水と混ぜて青汁とか栄養ドリンクのようなものをイメージした回復薬を作った。それを鑑定すると“回復薬 Eランク”と表示された。手間暇をかけたらより上質な回復薬ができるのかもしれない。
それに気づくと私は夢中で薬草をかき集め、あるときは煎じ、あるときは混ぜ合わせ、あるときはひたすらにすり鉢の中をすりこぎでかき混ぜまくって、起床している時間のほぼ全てを薬草作りに注いだ。
なかなかCランク以上の物を作るのに苦労していたが、開始1ヶ月目で私は回復薬にも自身の魔力を込めることが可能であることに気付いた。そしておよそ3ヶ月後、寝る間を惜しんで膨大な時間と薬草を犠牲にして私はとうとう“回復薬 Sランク”を作り出すことに成功した。これは市場に出しても恥ずかしくない出来のものだと確信して、私たちは売りに行くために初めて二人で森から出ていった。
本当にフレイヤの成長と手持ちの服のサイズとのギリギリの戦いであった。フレイヤには人前に出るというのに、大事なところはなんとか隠している状態の際どい格好をさせた。申し訳なかったのだが一人で外を出るのは心細かったので、なんとも目のやり場に困る服装で彼女を同行させ、私はなけなしの衣類を紡いで顔を隠すローブを纏い、回復薬を買い取ってくれる商家を訪ねた。
私たちが訪れた店は、回復薬を始めとして様々なものの買取や販売を行っており、あらゆる国で支店を展開しているいわゆる大手チェーン店だ。そこでなら女性と子どもの2人相手でも買い叩かれることもないだろう。
店内も落ち着いた雰囲気があり、受付嬢も品の良い人であった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件で起こしでしょうか?」
「回復薬の買い取りをお願いしたい。5本ある。査定をしてもらって、然るべき価格を提示していただきたい」
打ち合わせた通りの言葉をフレイヤが言うと、受付嬢はまじまじと回復薬を見つめ、そして、顔色をサッと変えた。
「しょ、少々お待ちください」
彼女はすぐに回復薬を1本持って、奥へ引っ込んでしまった。私たちは彼女の反応が何を表しているのか、気になって仕方が無かった。
なにせ、私たちは世間知らずだ。Sランクの回復薬を苦労して作ったは良いが、もしそれが既にありふれた物だとしたらと思うと不安だった。例え高値が付かなくてもせめてフレイヤの服代には達しておいて欲しい。
いや、でもSランクだからきっと大丈夫なはず……。様々な思考がぐるぐるしたが、奥から厳つい男性が息を切らせて私たちの元に向かって来るのが見えたとき、私の不安は杞憂に終わったことに気付いた。
「こ、これは、あなたが作ったものか!?」
男性は一目散にフレイヤに問いかけた。それをフレイヤは全く動揺することもなく、サラリと答えを返す。
「私ではない。私の主が作った物だ」
「主……。その主とは?」
「……私は今日、それを売りに来たのであって、主のことを話しに来たわけではない。無駄話をするならそれは他所で売るまでだ、返してもらおう」
フレイヤが回復薬を手に取ると、男性はそれを阻止するかのように回復薬を大事そうに抱え込んだ。
「もちろん買い取る! 買い取るが、今この回復薬に見合う金額を店に置いていない! だが、必ずお金は払うから、5本とも全て我々に売ってくれないだろうか!?」
男性はすぐにフレイヤの目の前に回り込み、回復薬を抱え込みながら土下座せんばかりの勢いで迫っていた。
「主、どうする?」
「構わない。このような品を突然持って来た私たちにも非はある。それに、約束が反故にされたら次からは別のところへ流せばよいだけの話」
私の許可を得ると、フレイヤは再び男性に高圧的に話しかける。
「承知した。今回は5本ともここに譲る。次からも主と取引がしたのならば、然るべき金額を用意しておくように」
私たちの会話を聞いて男性がぎょっとした表情で私を見つめた。
「承知した。あ、あの。あなたがこれをお作りになったのでしょうか……?」
「そう、“森の魔女”である私がこの回復薬を作った。あなたはどうやら、私と懇意になるつもりがあるようね」
「当然です!」
彼はこの後、彼がこの国の支店を任された店主であることやこの回復薬が市場でどれだけの価値があるかを私たちに教えてくれた。やはり、私の回復薬はかなりの希少な物だそうだ。
あれから、彼らは私を上客として扱ってくれているので、私もそこにしか回復薬は降ろしていない。
Sランクの回復薬を1瓶作るのはそれでも1週間はかかるが、それで約1年は遊んで暮らせる程のお金を私たちは得ることができた。
大金を得て、衣類だけでなく必要な生活用品、肉や魚などの食料を買うと私たちの生活の質は格段に向上した。こうして必要なときは回復薬を売ってお金を稼ぐ、それ以外は森に引きこもるという生活スタイルが確立されてしまった。
最近はその回復薬を売りに町へ出て行くものもっぱらフレイヤの仕事になっていっている。
私のひきこもりは加速しまくりだ。