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 転生して4年。私は透き通るような金髪でサファイヤの色をした大きな瞳、すっと通った鼻梁――見惚れるような容姿を得て、毎日意気揚々と過ごしている。

「おはよう、小鳥さん!」

 部屋にある両開き窓を開け放すと、小鳥が一斉に3羽私の元に飛んでくる。自分の魔法を試すためにこっそり手懐けていた小鳥たちだ。手に乗せたえさを懸命に啄む小鳥たちと、それを見つめる完璧に美しい少女。きっと傍から見たら絵画のようなワンシーンだ。


 私は神様に祈られたように、恵まれた容姿と魔力を持って生まれて、とても幸せに暮らしている。初めて鏡を見たときはあまりの自分の美しさに感動して震え、改めて神様へのお礼を心の中で絶叫した。生まれた家や町全体は裕福ではないけれど、とても貧しいという程でもない。両親が過剰に構うこともないのも飄々としていられるので良かった。

 私の将来は無限の可能性があって、素敵な恋がどこかに待っている。そのために、私は日々自分磨きを怠らずにいる。この世界に転生して、素材が良いと磨き甲斐もあるのだということも知れた。


 家の隣には、アベルという私の2つ上の男の子が住んでいる。そして、その彼がまた私に想いを寄せていることが丸わかりなのだが、あえて知らないふりをしている。

「リーザ、見て!」

「あ、アベル。綺麗な花! どうしたの?」

「フルーシャの丘に咲いていたよ。リーザに似合うと思ってとってきた!」

「ありがとう、アベル」

 私が微笑みかけると、アベルの頬はボンッと赤く染まった。そんな分かりやすい彼が可愛くて私はさらに笑みがこぼれてしまう。

「なんで笑うの? リーザ!」

「ふふふ…アベルが可愛いからよ」

「俺は可愛くなんかないよ! ……絶対にいつかかっこよくなるから!」

「うん、分かった。男の子に可愛いって言ってごめんね、アベルはかっこいいよ。お花ありがとう。大事に私の部屋に飾るね!」

 さすがに幼児に本気に恋をするつもりは毛頭ない。いつか彼らがたくましく成長しても尚わたしに対して変わらぬ想いを抱いてくれていたら、わたしも彼と本気で向き合っていきたいと思っている。



「リーザは本当に可愛いね、将来僕と一緒にいてね」

「マエメアーナさんのところのお嬢さんは本当に綺麗だな! 息子の嫁にしたいよ!」

「リーザ。一緒に遊ぼう!」

「いや、リーザは私と一緒に遊ぶの!」

 たくさんの人にたくさん『可愛い』『好き』と言われた。

 誰かに好意を向けられると、それは無条件で嬉しいものだと思っていた。

 それが、少しずつ少しずつ歪みが生じはじめたことを私は薄々感じていた。



「ちょっと出かけてくるね!」

「あら、リーザ。どこまで? 暗くなる前には帰ってくるのよ?」

 最近、放任主義だった親が遊びに行く先を必ず聞いて、早めに帰るように念を押すようになってきた。それも赤子ではなくなり、ある程度意思疎通が出来始めてきた娘に対して情が芽生え始めた証拠だと思っていた。



 最近、少し疲れている自分がいた。外出をしたら大抵男の子に遊ぼう遊ぼうと声をかけられる。遊ぶのは良い。子どもだからこの身体は疲れ知らずだ。だが、おままごとの嫁役や騎士ごっこの姫役をやらされて、誰が夫役や騎士役をするのか男子同士の喧嘩に発展したり、姫役をやりたい女子が泣いたりすることがあった。

 たまにはゆっくり外の風景を堪能したい。さながら大人のぶらり一人旅気分であった。ある程度の魔法もコントロールできるようになっているので、自衛もばっちりだ。



(あ。レイラだわ!)

 誰にも見つからないように家から離れて散歩をしていると、いつもは私の家の近くに遊びに来てくれているレイラという少女を見かけた。彼女は心優しい性格で、トラブルが起こったときもリーザに嫉妬などはせず、周りの子どもを公平に諌めてくれている。子ども集団の中でもみんなを取りまとめる精神的に非常に頼れる存在だ。

 彼女となら一緒にこの街を探索しても煩わしい気分にはならないはずだ。私はレイラに声を掛けようと彼女の後を追いかけていくと

「……あの、アベル。待たせてごめんね、来てくれてありがとう」

 その先には、どうやらレイラが呼び出したようでアベルが待っていた。

「いや、いいよ。何? レイラ」

「あのね、良かったら、これ受け取ってくれない?」

 どうやら気まずいところに出くわしたようだ。レイラは顔を真っ赤に染めてアベルに小包を差し出していた。可愛いリボンも付いており、どうやらレイラの手作りのクッキーが入っているようだった。


 レイラがアベルに想いを寄せているとは知らなかった。彼女はアベルに対しても他の友人と何ら変わらぬ態度をとっているように見えたからだ。

 他者の告白シーンを生で見ると、なんだかこっちまでドキドキしてきた。レイラはみんなから慕われている。アベルはレイラからプレゼントを受け取ると思っていた。

「いや、いらないから」

「え……」

(えっ!?)

しかし、冷たい声がレイラに投げつけられた。

「あのさー。俺、リーザみたいに可愛い子が好きなの。レイラは鏡見たことある? 俺にクッキー作る暇があったらそのソバカスを薄くする努力をしたら?」

「っ!!」

(な、なんですと!?)

 大きく見開かれたレイラの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていく。私はそれをいたたまれない気持ちで見つめた。

「ごめっ……」

「別にいいよ。今回のことは忘れる。でも、レイラは身の程を知った方がいいと思うよ?」

「うん、ごめん。アベル……。ごめんね、本当にごめん」


(…………)

 レイラは何度も謝罪をしながらクッキーの包みを震える手で握り締めて、早足でその場を後にした。

 私は咄嗟に隠匿魔法を使って姿が二人から見えないようにしてしまったが、私の目の前をレイラが通ったときも、彼女の目からは止めどなく涙が溢れていた。それを見ると、私の胸もなぜだかずきんと傷んだ。そして、アベルはレイラの様子を気にした風でもなく、その後何事もなかったかのように自宅の方へ歩いて行った。

 アベルはレイラの外見を貶めていたが、彼女の外見は特別悪くなどない。前世の私、要に比べたらむしろかなり可愛い方だ。


「…………」

 アベルのレイラに対する態度を思い出すと、胸がもやもやするのを止められなかった。

 もし、私がクッキーを渡していたら、アベルはきっと喜んで受け取ってくれたはずだ。アベルもまだ6歳。幼さゆえ、残酷なほど素直な態度をとるのは仕方がないことかもしれない。

 でも、藤城要の容姿をした少女が彼に近づいたら、きっと彼は嫌悪を隠そうともしないのだろう。

 人の本質とも言える中身はリーザも要も何も変わっていないのに。むしろリーザの方が自分の容姿が周りにどう思われているか分かっている上で行動をしているから、本性はひねくれている。


 たくさんの人から向けられる好意は嬉しいはずだったのに。この顔面の薄皮1枚で、こんなにも人からの扱いが変わるということが、なんだかとても虚しくて辛かった。

 ゲームでは可愛いヒロインが愛されるのが当たり前だったし、どうせ恋愛ゲームをするならヒロインは可愛い方が私のテンションも上がった。

 でも何でだろう。私はそのヒロインポジションに立ったというのに、愛着のあった幼馴染に対して、今は憎悪に近い感情をもつようになった。



(だめだ……。もう考えたくない。今日はもう帰ろう)

 今はアベルには絶対に会いたくなかった。レイラを慕う友人たちにもなんだか合わせる顔がなかった。



 急ぎ足で家に帰ると、両親に挨拶もせずに、そのまま自室のベッドに横になった。そしてしばらく放心していた。

“望む通りの容姿を得たのに、私は幸せになれるのか。本当に私を愛してくれる人に出会えるのか”

そんなことを漠然と考えていたら、頭がずきずきと痛み出した。


(お水飲もう……)

 ふらふらと立ち上がって台所を目指すと両親が天気のことを話すかのようないつものトーンで会話をしていた。それに私も少し参加をさせてもらおうとドアノブに手をかけると

「ねえ、またリーザを売らないかって打診があったわよ。しかも、3万リラで」

母の口からとんでも無い発言が飛び出して私はその場で固まってしまった。

「娼館か? 娼館なら売って終わりだろう。リーザなら金持ちの貴族の目にもとまる可能性がある。そっちの方に嫁がせるって決めたじゃないか」

「でもね、3万リラと、リーザが客をとるたびに出る収益の一部をずっとこっちに送金してくれるそうよ! さすがに客を取り始めるのはもう3年程後のことらしいけど。それにリーザの容姿なら娼婦でも大丈夫よ。高いお金で身請けをしようとする貴族が絶対に現れるわ。そのとき、また身請け先からリーザを通して仕送りをしてもらう方がお金にならないかしら?」

「売上の一部がずっと入ってくるのか……」

 永続的な金銭が入ってくることに父オズワルは少し揺らいだようだった。

「よし、その条件に加えて6万リラを出したらリーザを売ることにしよう。今度人買いが来たらそう言ってくれ」

「6万リラ!?」

「大丈夫だ、リーザなら絶対に元がとれるから相手も承諾する。3万リラは大金だが、リーザほどの容姿の子どもを売るには安すぎる。今度はこっちが相手の足元見て吹っかけてやるのさ」


――まさか、私に関するそんな物騒な話をしている雰囲気とは全く気付かなかった。でも、私を売るという会話は既に何度か繰り返されていたのだろう。そして、幸か不幸か私は自分が売られることが決定した場面に立ち会ってしまった。



 平和な日本とは違う。価値観も違う、比較的貧困層の家庭なのだ。当然、腹を痛めて産んだ子どもへの扱いも違ってくる。

 前世では何でこんな容姿で私を生んだのだとからかい混じりで両親を責めることがあった。

 でも、いつでも母は『私でも父さんと結婚できたのだから、要なら絶対に結婚できるわよ!あのね、女は愛嬌なの!暗いブスより明るいブスよ!』と私が自暴自棄にならないように励ましてくれた。

 父は『俺にとって要は世界一可愛い子なんだけどなあ。世の男は見る目がないよな』などと茶化したりしてくれていた。その両親が、これほど有難い存在だったとは……。

 それに気が付くと、途端に涙が溢れ出てきた。理不尽な怒りをぶつけてきた醜い娘でも一点の曇りなく愛してくれた両親にはもう会えないのだ。私は死んでしまったから。転生先はありえないようなことが多すぎて現実感があまりなく、リアルなゲームをしているような感覚でただ無邪気にロールプレイを楽しんでいたが、藤城要の“死”をようやく実感してしまった。



 前世の両親に会いたい。友人に会いたい。私は今まで浮かれて生活していたが、現実は出荷寸前という惨めな状況だ。本当に“リーザ”自身を心から愛し、心配しれくれる人間はこの世界にはいない。例えば私の顔に大きな傷を負ってしまったとしたら、私の周りには誰もいなくなる。そんな状態は初めから一人ぼっちと変わらないだろう。私はもう私の外見に惹かれているアベル、その他の幼馴染達に好かれたいとは思わない。むしろ彼らの好意すら嫌悪感がある。様々な想いや感情がぐちゃぐちゃになってしまい私の意思を最大限尊重してくれた神様にも申し訳ない気持ちになってくる。

何より、何の危機感もなく今まで浮かれていた自分が馬鹿で、嫌になる。



うだうだと悩みに悩んだ末に最終的に出した結論は――

(そうだ、逃げ出そう!)

リーゼ・マエメアーナ。4歳。全ての柵をリセットするため、家出しようと思います。


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