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 ふと名前を呼ばれた気がして、藤城(ふじしろ)(かなめ)は振り向いた。しかし、視線の先には要に対して話しかけてきたような人物はおらず、ただいつもと変わらない風景が広がるばかりだ。

(気のせいか。疲れているのかな)

 最近仕事が忙しく、睡眠時間もいつもよりはとれていない。幻聴が聞こえてしまうほどとまではいわないが、身体が不調を訴えている可能性は十分ある。家路に急ぐために早々に足を踏み出そうとすると、また小さな声が要に囁きかけてきた気がして再びそちらに顔を向ける。


「maintain……」

 よくよく見ると、先刻振り向いた先には小学校高学年ぐらいの男児がいた。彼はイヤホンをしていて、周りには聞こえない程度の音量で英単語をつぶやいていた。

 それが要の耳に届いていたようだ。原因が分かると要は少し肩をなでおろし、なんとなくぼんやりと彼を眺めた。

 じっと見れば彼は近くの名門私立小学校の制服を纏っていて、そういう先入観があるからなのか顔つきも大人びていた。このような時刻に不当な理由で外出をするようなタイプではなさそうだから、塾や放課後の空き教室等でつい先ほどまでも惜しみなく努力していたのだろう。このまま彼は輝かしい道へのレールを踏み外すことなくエリート街道を進みそうだ。要とは住む世界が違う人間。ここで要が彼の声を見逃していたら一生目線を向けることもなく、二人の未来が交わることもない関係の相手なのだが、なぜか要は彼から目が離せなかった。


(え……?)

 しっかりと前は見ているが、英単語に集中している彼の背後には、かなりスピードを出したスポーツカーが迫っていた。運転席には男性、助手席には女性が座っていてなにやらお互いが見つめ合っていて二人は二人きりの世界に思いっきり浸っている様子だ。スポーツカーが近づいてくる音は少年の耳に入っていないようで、彼は背後を振り向きもしない。


 危ない!と彼に注意喚起をしようとしたが、口よりも先に身体が動いていた。名も知らぬ少年が驚愕の目でこちらを見ていた。力を入れすぎたのもあるが、やはり小学生。要の非力な腕でも彼を安全圏へと押し出すことができた。

 一瞬で、世界がぐるんと一周したかと思うと身体全体に激痛が走った。


「大丈夫ですか!? 目を…目を開けてください! 誰か、救急車を! 救急車を呼んでください!! AEDも!!」

 拍動とともにずきんずきんと尋常ではない痛みに襲われ、要は死が迫っていることを痛感した。少年が懸命に呼びかけてくれているが、もう瞼を動かす力も入らなかった。

 こんなところで人生に幕を下ろすことになるとは全く想定していなかった。

 これも全部運転中は前を見ろという初歩的なことすら守らなかったバカップル(主に運転手)のせいだ。


(リア充爆発しろー!!!!)

 それが最期の心の叫びだった。



 真っ白な世界が一面に広がっている。

「え……?ここは?」

 私は確か小学生を助けてスポーツカーに撥ねられたような気がするが、あれは夢だったのだろうか。

 そこから先の記憶はない。ここはどこなのだろうか?

「まさか、天国!?」

 いや、まさかね~なんて心の中で一人突っ込んでいると、

「うん。そうなんだ。……ごめんね」

「うええっ!?」

 急に背後から頓珍漢と思われる独り言を肯定された。そこには、肩まで伸ばした金髪に澄んだ碧眼、陶器のような真っ白な肌。ヨーロッパの絵画に出てくるような典型的な天使のような人が申し訳なさそうに私を見ていた。

 こんな神々しい人がわたしに対して心底申し訳なさそうに謝罪をすると私の方がいたたまれない気持ちになってくる。

「こんにちは。自己紹介をした方が良いかな? わたしは、君たちの世界で“神”と呼ばれている存在――この世界の創造者です」

「え、は、はい!はじめまして、ふ、藤城要と申します」

 正常に生きていたときにこんなセリフを言われたらブフォと吹き出していたに決まっているが、目前の方が凄まじいオーラを放っているので私は全く疑うことなく信頼していた。

 私は彼の創造物であるという証拠のように、彼の前に立つと身体全体の細胞が彼の存在を喜んでいるような感覚がある。とにかく、彼は全身全霊で信頼できるという根拠のない自信が沸き起こってきた。

「うん。知っているよ、要。彼を、朝加秀一を助けてくれてありがとう」

「え? 朝加秀一って? あの小学生?」

「そう。君が助けた彼、朝加秀一は将来外交官になって日本、アメリカと中国やロシアとの国交の改善に努めてくれる。それで第3次世界大戦が回避されて多くの人の命が救われることになる」

「はあ……」

 第3次世界大戦が起こる未来があったのか。それは回避されて良かったと安堵したが、自分にはもはや関係がなかったことに気づくと少し虚しかった。

「だから、わたしは彼を助けたかった。彼の運命には死が待ち受けていたけれど、それを何とか回避させたかった」

「はい。まあ、お気持ちは分かります」

 神様はなんだか神妙な表情でつらつらと彼の死の説明をしている。

「え? あの、まさか……?」

「うん。そうなんだ。彼の死の運命を変えるために君の運命がねじ曲がってしまった」

「やっぱりそういうことですか」

「だから、君に謝罪をしたい。せめてもの贖罪に君の転生先は、できる限り君の希望に沿えるようにしたい」

「え!? 本当ですか!?」

 彼が生存したならば世界大戦を回避できる運命の持ち主だとしたら、自分はあの少年を助けるための踏み台となるのが運命なのかと少し悲観していたが、その沈んだ気持ちもあっという間に消え去ってしまった。

「なら、美人にしてください! それも傾国並の!」

「うん、分かった」

「あと、ファンタジーの世界で、魔法とかあったら嬉しい! それでチートをください!」

「チート?」

「はい、神様。ゲームはご存知ですか? 他の人がレベル20~30だったとしたら、レベル99のカンスト並の魔力をください! 言っている意味が分からないようでしたら、私が懇切丁寧に説明します!」

 怒涛の勢いで迫ったが、神様は余裕の笑みで私の願いを受け止めてくださっている。圧倒的説明不足の私の願いをどうやら十分に理解してくださったようだ。

「分かった。美しい容姿と、強力な魔力を備えた状態で君を送り出すね」

「ちょっと待ってくださいね! えっと……」

 身分はどうしよう? 宮殿で優雅に舞踏会や薔薇園でお茶会とかにも憧れるが、下手に王族とか貴族とかに生まれたら政略結婚が待っているかもしれない。それなら、平民でよさそうだ。チート並の力さえあったら、テンプレ魔法学園に入学して、王子や騎士、魔道士と恋に落ちるというシチュエーションも夢ではない。ならば、初めから無理に高い身分は求めないでおこう。

「それだけでいいです。あとは、自分で何とかします」

「分かった。君はわたしに怒りをぶつけないのだね」

「え? うーん。神様が醸し出す雰囲気があまりにも神々しいので、なんだか全てを許してしまうというか責めることすら恐れ多くてできないというか……。とにかく、神様から悪意などは感じないので、今は神様に身を任せていきたいと思います! よろしくお願いします!」

「要。ありがとう。いっておいで。願わくば、幸せな人生を楽しめますように」

 ふわっと神様の表情が和らいだと同時にわたしの視界は真っ白になった。



 細い一重瞼。薄い唇。色白ではあったが、どこからか不健康さを醸し出していた肌。そして何よりどこの優秀な農家で採れた大物よ?と唸りたくなるような特大ないちご鼻。

 どこに出しても恥ずかしくないブス顔の持ち主だったのだ、私は。幼い頃より自分の容姿の悪さは自覚していた。気後れしていたため常に視線を下側にして生きてきたような気がする。おかげで万年猫背の腰痛、肩痛に悩まされていた。

 当然、彼氏いない歴=年齢である。画面越しに2次元の恋人は幾多となく作ってきたが、私は、美しいヒロインとだから美青年と恋に落ちることができるのだと現実との分別は十分に付いていた。現実世界で完璧イケメン男子に愛される可能性を見出すなどとおこがましいことを考えたことすらなかった。

 だが、自分が容姿端麗で生まれるなら、現実の、生身の恋人が作れるかもしれない。別に2次元が充実していたため、生活に不満はなかった。おひとり様で生きていく可能性が高かったため、堅実に生きてきたし。しかし、せっかく神様がくれた褒美を受け取るのだから、第2の人生ではリアルな恋をしたい! ゲームや小説の世界でしか知らなかった恋愛というものを十二分に満喫しよう!

 目指せ! ゲームのようなベタな恋! 正統派イケメンも良い、ツンデレ系男子にも萌える、ワンコ系男子も好きだ、ヤンデレでもそれだけ私に一途なのだとポジティブに受け止める器量が私にはある。とにかく、傾国の美女レベルの容姿さえあれば客観的に見てもどんな展開でも許されるはずだ。

 私の転生は希望で満ち溢れていた。



初投稿です。よろしくお願いいたします。

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