金網さんの噂
「今日も、新しいネタ仕入れてあるよ~」
現在の時間帯は夕方。
西日が差し始めるのを待ってましたと言わんばかりに。
噂好きな方の女の子がニヤニヤしながら話を切りだした。
「金網さん」
『あん?』
眉をしかめるクールな方の女の子。
「だーか~らー…金網さん!」
『カナアミ?って金属の、あれ?』
「そうそう!それそれ!!」
一人はクール、もう一人は噂好き。
そんな女子高生達ふたり。
今日のやりとりはこんなところから始まった…
「西校舎の体育館の裏手って陽あたり悪いでしょ?」
『うん、しかも倉庫とかエアコンの室外機とか色々あるよね
私、あそこあんまり近づきたくないんだよね』
クールが言う通り、その一角は独特な暗い雰囲気を醸していて、
大概の生徒は勿論、学校の用務員さんですら用事が無ければ近づかない場所だった。
「3組の不思議ちゃんから聞いたんだけどねぇ…
あそこの室外機を囲ってる金網の一部が人の形に盛り上がってきてるんだって…」
『あぁ…あの子か』
噂好きが話を聞いたという3組の女の子は、
いわゆる学校の中で浮いた存在である。
いじめられている訳ではないが明らかに周囲の人間から避けられているのを知っていた。
「半月前から昼にお弁当食べる時はあそこに行くらしいんだけど、
変化に気づいたのは十日位前だったんだって」
『うん、続けて』
真剣な表情で相づちをうつクール。
噂好きが思い出しながら言葉を続けていく。
「最初はラグビーボール位の大きさの膨らみからはじまって…
日が経つにつれて大きく大きく膨らんで、
最近では人の形に見えるくらいの大きさになったらしいの」
『ホンマですかいな』
クールは真剣に話を聞いたが、いや、真剣に聞いたからこそ
正直自分の身近でそんな事が起きてるとは信じられないと思った。
どうせ眉唾物の話だろうし、現場検証もまた一興。
『アンタお得意のライフワークをやりにいってみようか』
「イエッサー―~♪
せっかくだから不思議ちゃんも連れてっちゃお~」
普段聞いたことのない声のトーンで噂好きが喜んだ。
無事に連絡をとり、不思議ちゃんを含めた一行は現場に到着した。
合流の時間も相まって本格的に夜が近い。
「不思議ちゃん、来てくれてありがとね!」
噂好きに声をかけられた不思議ちゃんがコクリとうなずく。
そんな様子を見つつ、暗くなる前に済ませてしまいたいとクールは考えていた。
というか本人の前でも不思議ちゃんという呼び方をしてるんかい…
運動会などの行事で使用するテントであったり、
グラウンド整備の用具などが置いてあり、
想像していたよりも狭い通り道を不思議ちゃんが先導する形で一行は進んだ。
少し開けた場所で不思議ちゃんが歩みを止める。
ここが私のお気に入りの場所…とポツリとつぶやく。
そしてあそこが例の場所…とつぶやき、数メートル離れた金網を指さした。
「わぁー!ホントに人の形みたい♪」
噂好きが嬌声をあげる。
その様子を遠巻きに不思議ちゃんとクールが見守る。
たしかに膨らんでいた。
前情報があったからというのもあるが、明確に人型だと感じた。
もう少し近くで見よう…と思ったクールが歩を進める。
『っ!?』
取り乱しはしなかったが、驚きのあまりクールの足が止まる。
金網の膨らみにフィットする形で黒い影のような何かがいた。
大柄な人間のようにも見えるが薄暗くなってきていて判別がつかない。
なによりこれ以上近づきたくない。
かといって筋肉が強張って身体は直立のまま思うように動かない。
結果的に恐怖と興味の両方からクールは様々な情報を収集するはめになった。
クールはまず、ある事に気づく。
黒い影には顔であろう部分に目があり、その眼は大きく見開かれて血走っている。
次に、前のめりに金網の内側から外側へと全身を使って進もうとしていることに気づいた。イメージ的には気をつけの姿勢をしたまま前に進む感じだ。
どうも黒い影はクールにしか見えていないらしく、
不思議ちゃんは遠巻きに2人の様子を見守るだけだったし、
噂好きは相変わらず金網の近くで何か騒ぎ続けている。
…噂好きが騒ぎ続けているにもかかわらず
黒い影の血走った視線は一点を見据えていることに気づいた。
不思議ちゃんを見ている。
不思議ちゃんだけを。
黒い影にとって不思議ちゃん以外に興味が無いのだという考えが生まれると同時に
身体も少し動くようになってきた。
『そろそろ帰ろうか…』
少し控えめな声で噂好きに声をかけてみる。
「特に膨らんでる以外面白いことなさそうだし…了解っ!」
噂好きは少し考える素振りをした後に、
ぎこちない動きのクールをよそに軽快な足取りで不思議ちゃんの方に向かっていった。
クールもやっとの思いで不思議ちゃんのいる辺りまで引き返すことができた。
安心したからなのか油断なのかわからないが、
クールは最後にもう一目黒い影を見ようと思い振り返った。
黒い影は変わらずにそこにいて、血走った眼を見開いたままだった。
帰ろうとクールが身体を戻そうとした瞬間、
黒い影の視線が少し横にずれて、顔の両側がグワっと引き上がった。
眼を血走らせたまま、笑っているように見えた。
明確に黒い影が自分に対して行った行為なのだとクールは確信した。
その後は恐怖と闘いながら一切振り向かずにその場を後にした。
それ以降、クールは何か用事を頼まれても体育館裏に近づく内容は一切受けなかった。
もちろん、不思議ちゃんにもあの場所には今後近づかないように言い含めた。
お昼に行き場のなくなった不思議ちゃんを自分達の所に招いて三人で食べるようになったし、唯一黒い影の影響をうけないと思われる噂好きに体育館裏の金網の状態を確認させる日課もできてしまった。
今のところ、金網が破られるようなことは起きていないらしい…
そんなこんなで女子高生達の日常は今日も明日も続いていく。