おばあちゃんのりんご
就職して3年が経った頃、おばあちゃんが倒れた。先生が言うには栄養失調だそうで、念のため1ヶ月程入院するが、大したことはないそうだった。
病室のベットで座っているおばあちゃんも、「心配かけたねぇ」などと言いながら笑っていた。
おじいちゃんが亡くなって半年。「食べるのが自分だけだと料理するのが面倒なのよ。」と言っていたのはつい数週間前のことだ。
実家から通勤し、おばあちゃんの家もさほど遠くはなかったことから、週に3回ほど病院にお見舞いに行っていた。
おばあちゃんのボケが始まったのは入院して3週間。退院間近という頃だった。入院生活が長いとボケが早まるというのは、嘘ではないらしい。
ボケと言っても、想像していたものと違い、幼児退行などはしなかった。ただ、15年程時間が巻き戻ってしまったような形だった。
ボケが始まると入院期間は無期限となり、その時から病院へは仕事帰りに毎日行くようになった。
「おばあちゃん。来たよ。」
「あら、ゆう君久しぶり。大きくなったわねぇ。」
おばあちゃんのいつも通りの挨拶に、苦笑いをしながらベッド横のパイプ椅子に座る。
「そうだ。ゆう君の好きなりんご剥いてあげようね。」
そう言って、ベット脇の棚から、おばあちゃんがいつの間にか病院一階の売店で補充しているりんごを1つ取って剥き始める。
ボケが入っても、体はしっかりとその動作を覚えているのか、包丁を持つ手つきに危なげはない。
「ゆう君は来年で6年生だっけ?早いねぇ。」
「おばあちゃん。俺はもう25だよ。」
「あら、そうかい。嫌だねぇ年をとるとこれだから。……ほら。剥けたよ。」
おばあちゃんの手から、うさちゃんりんごを受け取りひとかじりする。
「おいしいよ。」
「そうかい。よかったよかった。」
おばあちゃんの剥いてくれたりんごを丸々1個平らげ、席を立つ。
「おばあちゃん。そろそろ帰るね。」
「あら、もう行っちゃうのかい。また明日も来てね。」
「……うん。また明日。」
俺は明日もりんごを食べに、
久しぶりにおばあちゃんに会いに来る。