一話
ここは商業の国、ローラン。
この国は円形で半分に二つの街に分かれており、この国の中央には城が立っている。
俺が今いる方の、この街は賑わい、活気であふれている。
食品を売るもの、お守りを売るもの、日常品を売るもの、中には奴隷を売るもの。この街にないものはない。
景気も良く平和、公園などの施設も充実している。子供たちの笑い声が絶えない。
そんな街中で俺、ウルカ・レンは朝からフードをかぶり一人で街を見物している。
そして欲しいものがあれば立ち止まりそれを買う。
「おばちゃん、リンガ二つとブロウ三つくれ」
「はいよ。銅貨十枚ね」
俺は銅貨十枚を払い袋に入った果実を受け取る。
受け取ったリンガを一つ手に取り、かじりながら、俺は再び歩き出す。
そして街の中心を見る。そこには純白の城がたたずんでいる。
相変わらず綺麗な城だ。歩いているとつくづくそう思う。
俺があの城で働いていた時には全くもって綺麗だと思わなかったのだが、感情の変化だろう。
王族ローラン家のローラン城。この城は長い長い歴史を持ち、この国のシンボルである。
純白で塗られ立派に建てられているこの城は平和と安全の象徴なのだ。
そんな城をボケーっと見ながら歩いていると、
「あっ・・・」
「す、すいません!」
「い、いえ全然大丈夫ですので・・・」
走ってきた目の前のフードを被った子供にぶつかってしまった。声からして少女だろう。
流石に気を抜きすぎていたようだ。
とりあえず俺は少女が落とした赤い液体の入った瓶を拾い、
「大丈夫か。ごめんな」
尻餅をつき痛そうにしている少女に手を差し伸べる。
だが、その手を少女は払いのけ、
「か、かえしてください!」
そう言って瓶を俺から奪い取るとどこかへ走り去ってしまっていた。
一瞬だが髪の毛が赤く・・・気のせいだろうか。
日が昇り、だいぶ暑くなってきた。頭が酷く蒸れる。
こんな中フードを被っていたらただの変な奴だ。だがフードを外すわけにもいかない。
何故って?
色々とあったのだ。随分と昔に。
だから、フードは絶対に外すことが出来ない。
しかしやっぱり暑いものは暑いので涼むために俺はひとまず近くにあった店に入ることにした。
「いらっしゃい。どんな魔石でもそろってるよ」
店に入ると感じの良さそうなドワーフのおっさんが迎えてくれた。
店の中は外に比べかなり冷えている。
俺が入ったのは魔石屋。
魔石とは魔力を流すことで様々な能力を発揮する石だ。
能力は魔石によって異なり、一定時間モンスターをおびき寄せる能力や一定時間明るく光続ける能力を持った石もある。
涼むだけで商品を一つも買わないというのはなんなので、俺は石を一通り見ることにした。
流石ローランの店というところか、品揃えは凄くいい。俺の見たこともない石がある。
ちなみに魔石の中には金貨を銅貨に変えるという百害あって一利なしのものもあるらしい。
「おっさん、どれが一番おすすめだ?」
「俺の押しは、右の棚に置いてある金色の石とその石の右にある白い石だ」
「どんな効果があるんだ?」
「金色の石は高価なものが手に入りやすくなる。いわゆる金運アップってやつだな」」
「もう一つは」
「女の子と仲良くなれる」
「ほうそれはいいな・・・ありがとう。うーん・・・これにしよう」
多くの商品があり悩んだのだが結局俺は、安かった一定時間聴覚が優れるようになるという石を買った。
あの金の石と白い石は、そもそも値段的に買えなかった。
何が金運だ。何が女の子だ。糞食らえ。童貞最高。
そして俺はしばらく街を見回り、それから俺は国外へ続く門の近くに行った。
するとそこには、リングが準備され、すでに多くの一般人や警備兵がいた。
今日は二百日に一回行われる。酒決闘の日だ。
酒決闘というのは昔から続く伝統行事で、商業の繁栄を祈ったこの国ならではの祭りだ。
街の強者共が集まり酒をとにかく飲む。飲みまくる。
そして互いが十分に酔ったところで素手で殴りありあう。そういったサバイバル戦だ。
この勝負に勝った者は酒二百日分と、多くの賞金、その他諸々がついてくる。
さらにこの勝負で勝った者はとにかくモテる。
それを狙って多くの男たちがこの戦いに参戦するのだ。
俺は試合が始まるまでまだ少しありそうだったため、街を少し見回った。
夕方になり、ようやくリングの準備が整ったみたいだ。選手もリングの外で準備をしている。
人々はみな会場に注目してこちらに気をかけているものなどいない。俺は小道へ入り、屋根の上へ跳ぶ。ここが俺がこの試合を見る時の定位置だ。
誰も俺がここにいるのを気づいていない。それを確認して俺はフードを外しリングを見る。
「今年も強そうな奴ばかりだなぁ・・・ありゃ誰だよ・・・」
会場には強そうな男たちが大勢いた。どの男も戦いは強そうだ。だがそんな中に一人だけ童貞くさい、もとい痩せた弱弱しい男性が混ざっていた。何故あんなのが参加したのか・・・
まあ、俺はあんなのに興味はない。俺は今年勝ちそうな男を予想する。
(今年は、生まれつき力の強い獣人二人が有利だろう。魔法を使えないこの戦いにおいてエルフであるあの男は不利だがこの前の優勝はこの男なので優勝候補。ドワーフのあのでかい男にも勝ち目はあるだろう。人間は三人だが一人は弱弱しいあの男で勝ちなし。残り二人は、お互いが協力し合いほかの種族を倒した後で決着をつけるというやり方ならば勝ち目があるだろう)
今年はどうなるのか・・・
俺がそんなことを考えていると男がしゃべり始めた。
「さぁ今年も始まりました。酒決闘。今年も強そうな人たちが集まっております。去年はエルフ、ザードさんが優勝いたしました。今年もこの男が勝つのでしょうか!さぁ皆さんは誰を予想したのか!
さぁ選手の皆さんリングに上がってください。ルールは例年と同様。三十秒に一杯のペースでお酒を飲んでいきます。
そして魔法で皆さんの酔い具合は、試合が始まると同時に常に魔法で数値化されるので、この数値が皆さん百を超えたら試合の始まりです。なお、一人でも百を超えない者がいた場合そのものが百を超えるまで試合は開始されず、その者の数値が百を超えるまで、すでに酔っている皆様にも飲み続けていただきます。
さぁ準備はいいですか!では開始っ」
そのセリフと共にベルの音が街に響き渡る。選手たちは酒を次々と飲み始めていく。
酒に皆強く、なかなか酔わない。
だがしばらくすると、
「おっと、獣人一人と人間一人が数値百を超えました。もう一人の人間と昨年優勝者エルフが数値百を超えましたっ。おっとここで獣人のもう一人も百を超えた。皆次々と酔っていくっ。やはり強いのはドワーフっ。そして・・・おっとー!あのヒョロヒョロ人間もまだ百に到達していませんっ」
(あの弱弱しい男は酒が死ぬほど強いというわけか・・・っということはこのまま戦わずして皆を酔わせて優勝・・・か)
「おっとここでドワーフ百を超えましたっ!残るは、まさかのまさか、あの男だけ!このまま優勝かぁっ!」
(このまま優勝か・・・)
それはルール上違反でない。
俺は試合を見ている人たちのことを見る。
実に不機嫌そうだ。なんといってもこの酒決闘の醍醐味は戦い。それが見られないのでは皆が怒るのも無理はない。
俺としても少し残念だ。もう少しで会場に何か投げられるだろう。
「おっとー!ここで人間二人獣人一人脱落。意識がなくなりましたっ!このまま逃げ切り優勝はありえるんでしょうかぁ!」
カランコロン
予想通り投げられたか。会場には缶などが投げられ始めた。
実況者も物を投げるのはやめてくださいとは言っているが収まらない。
はぁ俺は退屈になって後ろに振り返り、
「いだだだだだあああああ」
ケツから地面に落っこちた。明日から痔と友達かな。
日はすっかり落ち夜は真っ暗だ。
酒決闘も終わり平和な夜だ。
道に人はなく、皆酒場に集まり盛り上がっている。
音楽や笑い声、喧嘩する音。夜だというのに、にぎやかな音が少しだけ聞こえてくる。
そんななか俺は細い路地に入る。
細い路地に入るとにぎやかな空気とは一転、静かな空気になった。
そして、暗い路地を少し行ったところに、rouruと書かれた看板がある。
ここが俺の行きつけの店だ。
知っている者こそ少ないが、ここの料理は大変美味であり、コーヒーも美味い。
店の看板の前に着くと俺は階段をおりる。そしてフードをとる。
そうこの店はこの街で唯一フードを外すことの出来る店なのだ。
ドアを開けると三十代ほどのイケメンがグラスを洗っていた。
そうあのイケメンエルフこそがこの店のマスターである。
「よっマスター」
「今夜も来たのか、レン」
「まぁやることないしな」
「なら家で寝とけ」
「おいおい、俺の家がこの国の外の森の中ってお前も知ってるだろ。あそこに一人は寂しいんだよ。それに、俺は客だぞ。少しぐらい歓迎しろ。馬鹿マスター」
「お前追放するぞ」
「お前も犯罪者だろうが」
「ところで酒決闘はどうなった」
「お前も見てたんじゃないのか?」
「いや、私は戦闘が始まらなくて退屈で途中で帰った」
「俺も最後は見てないけど、聞いたところによると投げられた空き缶が頭に当たって人間が倒れてドワーフが勝ったらしい」
「なんだそれ、つまらん試合だ」
「あぁそれはみんなも文句を言ってたよ」
そういって俺はカウンターの端の方に座る。ここが俺の定位置だ。
相変わらず人の少ない店だ。まぁ当たり前なのだが。
なにせこの店は犯罪者のたまり場みたいなところだからだ。訪れるのは犯罪者のみ。
基本的に犯罪者として追われているものは、国外での獣討伐などをし、獣の毛皮や角を売って生活している。つまり昼間は出来るだけ人目につかないようにしているのだ。
そして、その犯罪者たちが唯一周りの目を気にせず、まったりしていられるのがこのカフェってわけだ。
「マスター、コーヒーとドリアを一つ」
そう俺がいつものメニューを注文すると、マスターは静かにうなずいた。
「・・・」
暇だ。することがない。
いつもならば、本などを持ってきているのだが、今回は何も持ってきていない。
どうするか・・・
妄想に浸るか・・・寝るか・・・妄想するか・・・ぐへへ・・・
これぞ童貞の鏡。
そんな悲しい童貞妄想に浸りながら何するかを考えていると、
「あっ」
いい案が思い浮かんだ。俺は悩んだ挙句あの魔石を試すことにしたのだ。一定時間聴覚が優れるというあれだ。
俺はそっと石を握り、
「んっ!」
思いっきり魔力を注ぎ込んだ。こういうものは魔力を注いだ分だけ性能がより優れるようになるものなのだ。そして自分で言うのもなんだが俺は他人と比較にならないほどの魔力量を持っている。
俺は石が壊れないギリギリまで魔力を注ぎ込む。
「はぁお前は相変わらずでたらめな魔力量だな」
「その代わり俺に欠点があるのを知っているだろ」
「それでもお前はこの国始まって以来の英雄」
「やめろ。その話はよせ。黒歴史をあさるな。てか食事はまだか、馬鹿」
「少し立ち入りすぎたな、すまん。馬鹿と言ったのでお前の料理は今私が全て食った」
そんなくだらない会話をしながら魔力をため込んだ石を、持ったまま少し砕く。
すると、
「うあわわわわわわわわわわわあああああああああああああああああああああ」
耳が痛い!
「おい、ガキ。店では静かにしろ」
「わかってるって!ごめんなマスター!だがちょっと待て!」
あちらこちらから多くの音がはっきり聞こえてくる。
「ふざけんな!あそこの大きさは俺の方が大きいだろ!」
「おぉ可愛い姉ちゃんじゃねーか。俺らと飲もうぜ」
「ある男はいいました。あなたは怠惰であったと・・・」
「んあっ・・・らめぇ・・・んっ・・・」
変な理由で喧嘩する声、酒を飲み盛り上がっている男たちの声、寝る子供に本を読み聞かせる声、男の喘ぎ声。気持ち悪い・・・
遠くの音まで手に取るように聞こえる。だが、
「うっ・・・」
これは酔う。気持ち悪い。一度に多くの情報が頭の中に入りすぎだ。
はじめは耳が痛かったが、それも一瞬のことで今は最悪の気分。叫ぶ気力さえ起きない。
俺はただちにこの効果を止めるために石を叩きつけ壊そうとする。
だが、
「ん・・・」
俺は意識を研ぎ澄ませる。気持ち悪さなどは我慢し意識を集中させる。
「くっそ・・・」
確かに聞こえた。今聞こえたのだ。確実に。
ふーっと俺は深呼吸する。
「あっ!」
たった今、小さいが聞き取れた。
おそらく国の外での出来事。それも俺の家の近くでの出来事だろう。
食事などをとっている暇ない。
俺は石を叩きつける。
俺は、どこへ行くっ!と叫ぶマスターを背に走り出す。
そう確かに聞こえたのだ。
誰か助けて・・・と。