過去の記憶
初めて会ったときのルゥナミアは、頭の上で結んであったのであろう大きなリボンがずれて首にぶら下がり、ふわふわと波打つ栗色のきれいな髪に草をたくさんつけて草の上を転がってきた。
正面からルゥナミアを受け止めたシャンは、その新緑を思わせる薄緑色の大きな瞳に見上げられて思わず息をのんだ。
まるで草原を映したかのような美しい瞳に、吸い込まれそうだと感じたからだ。
けれどルゥナミアはシャンのそんな気持ちになど全く気づいていないようで、初対面のシャンの腕の中でも屈託なく笑っていた。
丘陵を転がり落ちたことをちっとも怖がっていないようで、今にももう一度やってみようと言い出しそうな顔をしていたのだ。
随分元気な女の子だと驚いたけれど、シャンはその元気さを微笑ましく思った。
間もなく、ルゥナミアを捜してとても優しそうな女の人が現れた。
ルゥナミアの母親なのだとひとめでわかった。
その人の瞳も、綺麗な新緑色だったからだ。
ルゥナミアがシャンの腕の中から飛び出す。
母親に言われて、初めて気づいたようにスカートの端をちょんとつまんで、可愛らしい挨拶をして、続いて思ったよりもしっかりとしたしゃべり方で、助けてもらった礼を述べる。
シャンと、一緒にいた兄弟は慌てて、ルゥナミアたち親娘に挨拶を返したのだった。
短い言葉を交わしたのち、少女は母親に手をひかれて丘をのぼってゆき、シャンたち兄弟は並んでそれを見送った。
その後、兄弟のあいだでは、彼女のことが頻繁に話題にのぼった。
丘へ足を運ぶと、運がよければ仔犬のように草原をかけ回る少女の元気な姿を見ることができた。
いつしか、シャンたちにとって、彼女を見ることが楽しみになっていた。
けれどあるときを境に、その少女の姿はぱたりと見られなくなった。
あとになって、両親から彼女たちは長期の故郷帰りでこの近くに滞在していただけなのだと教えられた。
母親同士は知り合いだったようだ。
それならいつかまた会えるかもしれないと思ったことを、シャンは覚えている。
結局、二度とあの丘で少女を見かけることはなかったのだけれど。
※※※
あれから五年。
四年前にミシェンバール王国とハーラス帝国のあいだで戦争が始まった。三年におよぶ戦いは一年前に終結を迎えた。ミシェンバール王国の敗戦という形で。
そして終戦から一年、シャンとルゥナミアの再会からは半年が経過していた。
ルゥナミアは十五歳になった。
医者から告げられた余命は、もういくらもない。
既にシャンたちはミシェンバール領に入っていた。
ファフティリヤの丘まで、健康な大人の足でひと月。
ルゥナミアの足だと、三ヶ月近くかかるだろう。
ルゥナミアの心臓は、おそらくかなり弱っている。
本来、過度な運動は禁物で、日常生活を送るにも無理をしてはいけないのに、過酷な旅を続けているのだから当然だ。
このまま旅を続けてもいいのかと悩んだこともある。
それでも、旅の途中で、ルゥナミアの決意は一度も揺るがなかった。
だからシャンも覚悟を決めたのだ。
自分が責任を持って、ルゥナミアを連れてゆく、と。
だからあと三ヶ月。
丘に着くまで、どうかもってほしい、とシャンは切に願うのだった。