夜明け
どこでどうやって手に入れたのか。
出て行くときの宣言どおり、シャンは馬車を入手して帰って来た。
「行こう」
帰って来るなり、シャンが告げた。
ルゥナミアは躊躇わずうなずいた。
もう時間がないということがわかっていたからだ。
シャンが出て行ったあと、薬をのんで横になっていたけれど、少しも寝られなかった。
発作は落ち着いたが、息苦しさがまだ残っている。
足のむくみと痛みはとれない。
幌の中に、足を投げ出して座っているルゥナミアの肩の上で、チィ、とチロロが鳴いた。
「よくがんばったね。もう少しだよ」
するすると肩から下りてきたチロロが、ルゥナミアの手の中で丸くなる。
シャンは御車台に座っているので、幌の中にはルゥナミアとチロロだけだ。
暗闇の中、馬車がどうやって走っているのかは知らない。
(でも、シャンなら大丈夫。彼ならきっとわたしたちをファフティリヤの丘まで送り届けて
くれる)
ルゥナミアはそのことを疑わなかった。
馬車は一晩中走り続けていた。
幌の隙間から見える空がうっすらと明るくなってきた。もうすぐ夜が明けるのだ。
シャン、夜明けだね。
そう声をかけようと、御車台側の幌を開いた。
そしてルゥナミアは息をのんだ。
そこには、シャンの姿がなかったのだ。
ひゅうっ、とルゥナミアの喉が鳴った。
「シ……シャン……?」
「なに?」
いつもと変わらないシャンの声。
「え……?」
ルゥナミアは瞬きをした。誰もいないように見えたのに、今、目の前にはシャンが座っている。
肩越しに振り返って、ルゥナミアを見ている。
(さっきのは気のせい?)
「大丈夫だ。おれはずっと一緒にいる」
シャンがそう言ったのは、ルゥナミアの不安そうな顔に気づいたからだろうか。
「うん。ありがとう」
シャンの姿を、穴があくほどじっと見つめる。
確かにそこにシャンの姿があることを確認して、ルゥナミアはほっと息を吐いた。
「もうすぐ夜明けだな」
シャンが空を見上げる。
「うん」
「あと少しだけ、我慢してくれ」
「うん」
「近くなったら教えてやるから、休んでろ」
「うん」
ルゥナミアは素直に返事をして、幌の中に引っ込んだ。
いつものシャンとなにも変わらない。
そう自分に言い聞かせる。
なにがあってもシャンはシャンだというその思いは今も変わらない。
(でもシャン、あなたはいったい、何者なの?)
シャンの姿が消えたのは、本当にルゥナミアの見間違えなのだろうか。
(そもそも、シャンはどうして不思議な能力が使えるんだろう。先天的なものじゃないというのは聞いたことがあるけど、じゃあ、いったいいつから……?)
これまで訊かずにきた。
でも、最期に訊いてもいいだろうか。
そうしたら彼は答えてくれるだろうか。
(シャン。わたし、あなたのことが知りたいの)
ルゥナミアは心の中で、そっと呟いた。




