弟との再会
「ヴィニー……?」
息を呑む。
御車台からひょいと地面に飛び下りたのは、シャンの弟・ヴィニーに間違いなかった。
戦争に志願兵として参加し、後援部隊として物資の補給を担っていた。
そして、イルッツの街から戦場となっている新街道の峠付近まで物資を運ぶ途中に、敵の伏兵に襲われて命を落としたのだ。
ヴィニーはそのときと同じ、十四歳の姿でそこに立っていた。
シャンよりも少しだけ色の薄い金の髪。
瞳の色は、シャンが母親譲りの青い目なのに対して、ヴィニーは父親譲りの亜麻色の瞳をしている。
柔和な顔立ちで、よく女の子に間違われていた、あのころのままだ。
「ひさしぶりだね、兄さん」
「どうして……」
「どうして? 僕、まだ兄さんにお礼をしていなかったからね。これが、僕からのささやかなお礼だよ」
「お礼? なんの?」
「嫌だな。ファフティリヤの丘で僕の命を守ってくれた、そのお礼に決まってるでしょ。せっかっく守ってもらった命だったのに、すぐに失くしちゃってごめん。でも、僕は両親と兄さんを奪った相手が許せなかったんだ」
ヴィニーが申し訳なさそうに言う。
シャンはそんなヴィニーをまじまじと見た。
「おまえ、父さんたちのところに行ったんじゃなかったのか?」
「いつまで経っても兄さんが来ないから、待ちくたびれて迎えに来たんだよ。そしたらなんと、あのときの女の子と一緒にいるんだもんな。ひどいよ、ぬけがけだ」
ヴィニーが恨めしそうな顔を作ってシャンを見る。
ひどく懐かしいその表情にこみ上げるものを感じると同時に、ぬけがけと言われても、と困ってしまい、シャンは弱々しい笑みをこぼした。
「悪かったよ」
久しぶりの、そしてきっとこちらの世界で会うことはもう二度とないだろう再会なので、シャンは素直に謝ることにした。
そんなシャンの様子を見て、ヴィニーが頬を緩めた。
「……でも、兄さんになら任せてもいいかな」
ヴィニーのちょっと偉そうな言葉に、シャンは苦笑するしかない。
「そう言ってもらえると、助かる」
「まあね。僕は兄さん孝行な優しい弟だから。もっと感謝してくれてもいいよ?」
(そうだった。ヴィニーはこういうヤツだったよな)
とっくに失われたと思っていた、昔と変わらないやり取り。
昔なら、ここでシャンは腰に両手を当て、調子に乗る弟を前に大袈裟なため息を吐くところだ。
そこで、ヴィニーが笑い出して、シャンも吹き出すのだ。
「……懐かしいな」
シャンが目を細めると、ヴィニーが「そうだね」とうなずく。
シャンとヴィニーは静かに、向かい合った。
昔と同じやりとりを繰り返すことはできる。
けれど互いにあれはもう戻らない時間なのだと、嫌というほど知っている。
失われたものは、もう戻らない。
ふたりのあいだに沈黙が落ちる。
「彼女のために、馬車が必要なんでしょ?」
ヴィニーのほうから、話を切り出す。
「ああ。どうしても」
シャンはヴィニーの瞳を見ながら、深くうなずいた。
「うん。だったら、これを使ってよ。それで彼女を、きちんと最後まで導いてあげてね」
「わかってる」
「それが終わったら、兄さんも来るんでしょ?」
「ああ。ようやく故郷に戻る気になれたよ」
シャンの返事を聞いて、ヴィニーが満足そうにうなずいた。
「積もる話はたくさんあるけど、これからいくらでもできるからね。急ぐんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、またあとで」
ヴィニーはあっさりと別れの言葉を告げると、地を蹴り、ふわりと宙に浮いた。
「ヴィニー」
シャンは咄嗟に呼びかけていた。
「なに?」
宙に浮いたままの状態で、ヴィニーが不思議そうな顔でおれを見下ろす。
「ありがとう、ヴィニー」
シャンは精一杯の感謝をこめて、礼を言った。
「どういたしまして、兄さん」
ヴィニーが笑顔で応えた矢先、その姿は空気に掻き消えた。
いつの間にか完全に日が落ち、周囲は闇に包まれていた。
そしてシャンの前には、一台の馬車が残された。




