約束
「そろそろ起きろ。陸に着くぞ」
「ん――」
ルゥナミアは喉の奥のほうで返事をしながら目を開けた。
あまりの眩しさに、手で目を覆う。
もう一度、今度はゆっくりと瞼を開けた。
目がちかちかしたが、慣れると木板が見えた。
視線を上げると、蜂蜜色の髪が光を浴びてきらきらと輝いているのが見えた。
そしてルゥナミアを心配そうにのぞきこむ、青い瞳。
「大丈夫か?」
「う、うん」
ルゥナミアは勝手に速まる鼓動をなんとか落ち着かせようと、視線を逸らしながら返事をした。
「そうか……。見えるか? あれはたぶん、ラハイ湾を出て東に少し進んだあたりの海岸だと思う。近くにミハディエという町があるから、そこで宿をとろう。ルゥナミアが休んでいるあいだに、馬車を調達してくる」
シャンが淡々と説明する。
まるで何事もなかったかのように冷静な口調だった。
船が難破したことも、船の中でのシャンの変化も、まるで夢だったのではないかと思えるほどに。
ちらりとシャンの横顔を見る。
その表情にはいくらか疲れの色が滲んでいるものの、普段とさほど変わらない。
「舟を浜に上げる」
それだけ言うと、シャンはひょいと舟から飛び下りた。
そこはもう浅瀬で、シャンはルゥナミアが乗ったままの小舟の後方へと移動する。
シャンに小舟まで運んでもらったことは、しっかり覚えている。
その際、やっぱりシャンが体に触れていなかったことも。
小舟に乗ってしばらくは生きた心地がしなかったけれど、シャンのおかげで舟が無事なんだということはわかった。
波の穏やかな場所に着いて、「もう大丈夫」というシャンのひと言を聞くなり、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたのか、そのまま意識を失ってしまったのだ。
嵐の中、前だけをまっすぐ見て安全な場所を目指すシャンの後ろ姿が、とてもたくましく見えた。
時折ちらりと見える横顔が随分と大人びていてどきりとしたけれど、彼に任せていれば大丈夫だという安心感があった。
「シャン」
「なに?」
小舟を押す素振りをしながら、シャンが上目がちにこちらを見る。
「ありがとう」
シャンが足を止め、目を見開いた。
ルゥナミアは笑顔でその視線を受け止める。
なんだか、全て吹っ切れたような気がしていた。
シャンが触れてくれないとか、そんなことはもう、どうでもいいじゃないかと、そう思えるようになっていた。
(だって、わたしのためにここまでしてくれる人、他にはいないもの……)
嵐の中、シャンは歩けないルゥナミアとチロロを守り抜いてくれた。
シャンは、ルゥナミアたちのために、精一杯のことをしてくれている。
それ以上は、自分の我が儘でしかない。
これ以上シャンを困らせてはいけないと、そう思うから。
「ファフティリヤの丘まで一緒に行くって、約束しただろ」
シャンがはにかむように言った。




