理由
「シャン……」
自嘲気味に笑うシャンが痛々しくて、ルゥナミアはつい、本当につい、手を伸ばしてしまった。
その手に気づいたシャンが身を固くする。
それがわかってしまったから、ルゥナミアはあとほんのわずかというところで手を止めた。
「ごめん……」
ルゥナミアは咄嗟に謝った。シャンが首を振る。
「おれがルゥナミアを舟まで運ぶ。行こう」
でも、と言い返そうと思ったとき、ふわりと体が浮く感じがあった。
ルゥナミアは慌てて壁を掴もうと思ったけれど「大丈夫」というシャンの声が耳もとで聞こえたことに驚いて、手を止めた。
すぐ目の前に、シャンの顔があった。
暗がりの中でも、その青い瞳が輝いて見えた。
その後ろには低い天井がある。
「誰かに見られるといけないから。これなら、抱いているように見える」
シャンはそれだけを言うと、歩き出した。
ルゥナミアの体は、シャンの胸の前に浮いていた。
直接シャンが抱えているわけではないが、もし誰かがこの様子を見ても、シャンがルゥナミアを抱き上げているようにしか見えないだろう。
「シ、シャンッ!」
しかしシャンの能力には限界がある。
ルゥナミアはそれを知っていた。
動かす物体との距離が離れすぎればシャンの能力は及ばないし、まだ長時間能力を使い続けることも不可能なのだ。
もし無理をしたら、体力を消耗してしまうのだとシャンは言っていた。
ここで無理をさせたら、シャンが生き延びられる可能性すらなくなってしまうかもしれなかった。
「無理だよ、こんなの……」
「ルゥナミア。集中したいから、話しかけないでくれると助かる」
シャンは前を見たまま、滑るように船内を歩いてゆく。
船が傾いていることも、揺れていることも、全く関係がないようだ。
シャンはルゥナミアに触れようとはしなかった。
触れられるのも拒絶した。
今も、ルゥナミアにはシャンに抱かれているという感触はまったくなかった。
背中に回されているはずの腕も、足を抱えているはずの腕も、まるで存在しないかのようだった。
何故、ここまで徹底して触れることを拒むのか、ルゥナミアにはわからなかった。
何故、消耗の激しい能力を使ってまで、直接抱くことを拒む必要があるのだろう。
すぐそこに、手の届く場所にシャンの顔があった。
けれどシャンの気持ちを無視して、彼に触れる勇気はなかった。




