豹変
「なに言ってるんだ! おれが絶対に助ける。だから早く逃げるぞ。ここにいたら、助かるものも助からない」
「無理だよ」
「諦めるな。あと少しなんだ!」
ルゥナミアは首を振った。
「無理なの。だってわたし……立てない」
そっと足に触れる。
ここ数日で、むくみがかなりひどくなっていた。
痛みもある。
「立て……ない?」
シャンの声が、かすれている。
「シャン、チロロをお願い。あと、お母さんの遺髪。これをファフティリヤの丘にまいてほしいの」
「馬鹿なこと言うなよ」
「馬鹿じゃない。さあ、早く。このままだと、わたしたちみんな死んでしまう。シャンとチロロだけでも、ファフティリヤの丘に」
「ルゥナミア!」
「行ってっ!!」
「行けるわけないだろうが!!」
初めて聞いた、怒りの込められた強い口調に驚く。
だが、ここでひるんではいけないと気持ちを引き締める。
「……わかってたの、本当は。わたし、たとえこの船が港に着いても、きっともう自力じゃ降りることすらできなかった。昨日から足が思うように動かないの。体も、重くてまるで自分のものじゃないみたい。だから、覚悟はできてたの。大丈夫よ」
喧騒はいつの間にか遠ざかっていた。
早くしないと、置いていかれてしまう。
床が、傾き始めている。
「シャン、早く!」
くくく、と低い声が聞こえた。
それがまるで笑い声のように聞こえて、ルゥナミアは耳を疑った。
「シャン……?」
暗がりの中、シャンが肩を震わせて笑っていた。
「くくく、あはは。あはははは!」
「シャ……」
シャンがおかしくなってしまった。
そう思った。
名前を呼ぼうとしたのに、声が続かなかった。
「ルゥナミア、自分がどれだけ滑稽なことを言っているか、気づいているか?」
ルゥナミアはどう答えればいいのかわからず、無言で首を振った。
(シャンはいったいどうしてしまったの? 滑稽って、どういうこと?)
一刻も早く逃げないと助からない。
わかっているのに、目の前のシャンの変化に、ルゥナミアは戸惑うばかりだった。
「いいか、ルゥナミア。おまえは絶対にファフティリヤの丘に行ける。行くんだ」
「でもそれは……」
「行くんだ」
シャンが強い口調で断言し、ルゥナミアは息をのむ。
シャンは正気だ、とわかってしまった。




