絶望
船が大きく揺れていた。
ルゥナミアは身を固くして、その揺れに耐えていた。
船に乗り込んで七日。
旅は順調で、あと二日でラハイ湾にあるラム港に寄港することになっている。
だが――。
外は嵐だった。
強風と大波のせいで、これまでにルゥナミアが経験したことがないほど激しく揺れている。
立つことができず、座っていてもときどき体が浮く。
床が傾く度に、低いほうへと滑って移動しそうになるので、壁の突起や柱に手をかけて体を支えなければならない。
もう片方の手ではチロロをしっかりと抱える。
シャンはルゥナミアのすぐ傍に、同じ様に腰を下ろしている。
灯りは消されていて、船室の中は暗いから、シャンの様子はよくわからない。
見えない不安から、ルゥナミアはシャンに触れていたいという衝動に駆られた。
触れて、彼の存在を確かめたい。そこにいることを感じたい。
ただ、手をつないでくれるだけでいいのに、と。
けれどシャンとは、甲板で揉めて以来、あまり話をしていなかった。
互いに謝罪はしたけれど、それだけだ。
「シャン」
「なんだ? 辛いのか?」
即座に返事が返ってくる。
その声には、ルゥナミアを心配する色が滲んでいる。
(それなのに、わたしのことを心配してくれているのに、どうして触れてはダメなの?)
ルゥナミアはまたその話題を掘り返しそうになり、慌てて首を振った。
「ううん。大丈夫。なんでもない」
「……悪いな」
口にしなくても、シャンにはルゥナミアの訊きたいことが伝わっていたようだ。
「……いいの。わたしこそごめんなさい。気にしないで」
「そうか」
気まずい沈黙。
次の瞬間、強い衝撃を感じた。
船が激しく揺れた。
「なにっ!?」
波の揺れとは違った。なにかにぶつかったような衝撃だった。
船室内にざわめきが起こる。
ルゥナミアたちの他に、十人ほどがいるはずだった。
揺れは止まらない。
「様子を見てくる」
シャンが告げた。
そのとき、外から悲鳴にも似た声が飛び込んできた。
「浸水したっ! 沈むぞ! 避難しろっ――っ!!」
さあっと頭から冷水をかぶせられたように、血の気が引いた。
(沈む? この船が?)
室内から悲鳴が上がる。
混乱した人々が騒ぎ始める。
人々が、出口に殺到するのがわかった。
揺れのせいでまっすぐ歩けず、人が人にぶつかっているようだ。怒声や罵声が満ちる。
ルゥナミアも腰を上げようとした。
立ち上がろうと足に力を入れる。
――だが立てなかった。
何度がんばっても、どうしても立てない。
足に力が入らない。
泣きたくなった。
混乱の最中にある扉を、呆然と眺める。
開かれた扉の前で、人々が互いを押し除けようとしている影が見える。
(行けない。わたしは行けない)
「ルゥナミア、急げ!」
シャンが急かす。
「本当に沈むの?」
「ああ。だから早く避難用の舟に乗り込まないと」
「わたし、行けない……」
「ルゥナミア?」
「わたし、たどり着けなかった……」
ルゥナミアは絶望に目を閉じ、壁に背中を預けた。




