気づいた気持ち
「どうして……」
ぽたり、と音がした。
見ると足元に黒い染みができていた。
見ている先からぽたりぽたりとまた染みが増えた。
なんだろうと思い、ああ、自分の涙なのだ、とルゥナミアは気づいた。
けれど、それを止めることはできなかった。
「ルゥナミア?」
「どうして……」
「ごめん、違うんだ」
シャンが困ったように立ち尽くす。
「なんで触れてくれないの? なにが違うの? わからないよ!」
ルゥナミアは逃げるように走り出した。
「ルゥナミア!」
シャンの声が聞こえる。
けれど、追って来る足音はなかった。
(馬鹿!!)
ルゥナミアは船室に駆け込んだ。
シャンが追って来なかったのは、たいしたことじゃないとふんでいたからだろうか。
それとも、突然泣いて怒り出したルゥナミアに愛想を尽かしたのだろうか。
船室の扉を閉めるなり、ルゥナミアはもう後悔し始めていた。
「チロロ」
船室の隅、いつもの場所に近寄り、ルゥナミアはチロロの名を呼んだ。
チロロは眠っていたようだけれど、ぴくりとヒゲを動かした。
(ああ、チロロに無理をさせちゃいけない)
「ごめんね、なんでもないの」
ルゥナミアはそう声をかけると、膝を抱えて丸くなった。
シャンがルゥナミアに触れないことなど些細なことだと、これまでずっと自分に言い聞かせてきた。
ファフティリヤの丘に行くという目的を果たすことができるのなら、あとのことは気にしない。
こんな厄介で足手まといな自分と旅をしてくれるだけでもありがたいことだと、そんな風に思おうとしてきた。
でも、とルゥナミアは思う。
(でも、触れて欲しいよ。指の長い、骨ばった、あの手で。大きな手のひらで)
今になって気づいた。
気づいてしまったのだ。
これまで誤魔化してきた、自分の気持ちに。
(わたし、シャンに触れたい。触れられたい)
ルゥナミアは、気づいてしまった。
触れてほしいという気持ちを抑えられないほど、シャンのことを好きになってしまっていたのだということに――。




