触れない手
「ルゥナミア?」
胸を押さえる仕草を目ざとく見つけたシャンが、ルゥナミアの体調を心配しているのがわかる。
(そうじゃない。これは、病気の痛みとは違うのに……)
ルゥナミアの様子をうかがいながら、説明を続ける。
「けれど、ハーラス帝国軍はその後応援にかけつけた艦隊の協力によって、すぐに追い払われたはずだ。それ以来戦場になっていなければ、今ごろあの丘はまた美しさを取り戻しているはずだ」
シャンは冷静に答える。
「もしかして、お兄さんもそのときに?」
「……ああ」
シャンが答えるまでに、少し間があった。
辛いことを訊いてしまたことを申し訳なく思いながら、ルゥナミアは空を仰いだ。
シャンの家族は、ファフティリヤの丘で亡くなった。
ルゥナミアはファフティリヤの丘に母の遺髪を撒くために向かう。
そこを死に場所にしようと決めている。
チロロも最後の力をふりしぼって、一緒に向かっている。
ファフティリヤの丘の美しさは、死者を、死に近い者を招き寄せるのかもしれない。
「ごめんなさい」
ルゥナミアが謝ると、シャンが肩をすくめた。
「なんで謝るんだ」
「わたし、配慮が足りなかったと思って」
「ルゥナミアはそんなこと知らなかったんだ。配慮の仕様がない。それに、死はどこにでもある。特別なことじゃないだろ」
「それは……そうだけど」
そのとき、突風が吹いた。
ルゥナミアは思わずよろける。
シャンがルゥナミアを支えようと手を伸ばしかけ、躊躇した。
ルゥナミアはそれを視界の隅にとらえながら、咄嗟に傍にある手すりを掴んでいたので、転倒は免れた。
ルゥナミアはほっとして息を吐く。
シャンに目を向けると、彼はルゥナミアへと伸ばしかけたまま動きを止めた自分の腕を、じっと見つめていた。
なにを考えているのか、ルゥナミアには知る由もない。
やがてルゥナミアの視線に気づいたのか、シャンがはっと顔を上げた。
「大丈夫だったか?」
いつもと変わらない声。
そう、いつものことなのだ。これは、なにも今に始まったことではない。
(シャンは優しいし、いつもわたしを心配してくれている。シャンは一緒に旅をしてくれる。シャンは……)
だがシャンは、決してルゥナミアに触れようとはしないのだ。
不思議な能力を使って支えたり運んだりはしてくれる。けれどそれだけだ。




