出会い1
ルゥナミアがシャンと出会ったのは、イルッツという街の裏路地だった。
表通りを歩いていたルゥナミアは、突然めまいに襲われた。
通行の邪魔になってはいけないと、なんとか道の脇に寄ったまではよかったけれど、そこで力尽きた。
一歩裏路地に入ったところで、壁にもたれかかり、ずるずると地面に座り込んだ。
そこでしばらく休んだものの、めまいは一向に治まらなかった。
このときのめまいは病ではなく空腹が原因だった。
何故空腹だったのかといえば、二日前に財布を盗まれたからだ。
目の前を歩いていたおばあさんが、通りすがりの人に乱暴にぶつかられた勢いで体の均衡を崩し、よろめいた。
咄嗟におばあさんを支えようと手を伸ばしたそのとき、ルゥナミアに隙ができた。
両手はおばあさんを支えるために塞がっている。そこを狙われたのだ。
ルゥナミアをかすめる様に、若い男が通り過ぎた。
とん、と軽くぶつかったのを覚えている。
ローブの下の、腰にぶら下げていた財布がなくなったことに気づいたのは、おばあさんが大丈夫だとわかり、別れたあとだった。
体がなんだかいつもよりも軽いように感じて、すぐにその理由に気がついた。
ローブをめくり、腰を見てそこに財布がないことを確認したときには、既に若い男の姿はどこにも見当たらなかった。
ルゥナミアは犯人の顔を覚えていたので、警邏隊の人に訴えたのだけれど、スリ被害程度では相手にしてはもらえなかった。
逆に盗まれるほうが悪いのだと言われる始末だ。
だったら自分で犯人を見つけ出して財布を取り戻す、と息巻いていたルゥナミアだったのだが……。
ルゥナミアには持病があった。
とても厄介な病で、医者からは治る見込みはないと言われていた。
めまいや頭痛が慢性的にある。ときどき、なんの前触れもなく動悸が激しくなり、胸が痛む発作が起こる――心臓の病だった。
遺伝的なものらしい。
そんな事情から無理をすることができず、犯人捜しは難航していた。
持病があっても、ルゥナミアはここまで旅をすることができたし、これからも続けるつもりでいた。
(そう、財布を盗まれたりしなければ!)
ルゥナミアは悔しさに奥歯をかみしめつつ、気を失ったのだった。
そんなルゥナミアが意識を取り戻したのは、すぐ近くで誰かの声が聞こえたからだった。
「……おい、おい。大丈夫か?」
ルゥナミアは、重いまぶたをなんとかこじ開けた。
すると、狭い視界の中、ルゥナミアを見下ろす空色の瞳が見えた。
チロロがしきりに鳴いていた。
「生きてるのか……」
空色の瞳の持ち主――シャンが目をみはり、呟くように言った。
ルゥナミアは助けを求めようと口を開いたが声が出ず、せめて生きていることを主張しようと、うなずいた。
「ちょっと待ってろ」
言うなり、シャンは素早く身を翻した。
なにも出来ず、ただ遠ざかる背中を黙って見送っていたルゥナミアだったが、長い時間目を開けているのが辛くて再び瞼を閉じた。
シャンを威嚇していたチロロは、興奮しているのかまだ鳴き続けていた。
ルゥナミアを守っているつもりなのだろう。
やめなさい、と言おうとしたが、やはり声は出なかった。
しばらくして、チロロがようやく鳴きやんだ。
裏路地に静寂が満ちた。
シャンはなかなか戻って来なかった。
様子をうかがおうと薄く目を開けた。すぐ傍にチロロの黒い瞳があった。
旅に出ると決めたとき、ルゥナミアにはチロロを連れて行くつもりはなかった。
それなのに、チロロが勝手についてきてしまったのだ。
何度追い払おうとしても懲りずにあとをついてくるので、とうとうルゥナミアのほうが折れた。
だが、それでもやっぱり連れてくるのではなかった、とルゥナミアは今更ながら後悔していた。
もし、自分が死んでしまったら……。棲み処の森から遠く離れたこの場所で、チロロは無事生き延びられるだろうか。
ルゥナミアの心に、不安が過る。
そのとき、再びチロロが鳴き始めた。
カランという軽い音と、どさりという重みのある音がすぐ近くで聞こえる。
見ると、木皿と膨らんだ皮袋が路上にあった。
「まだ生きてるか? 水だ。飲めるか?」
戻ってきたシャンが、面倒くさそうな顔をして、ルゥナミアを抱き起こすでもなく、少し距離を置いた場所に立っていた。