挨拶
「まあまあ」
男が苦笑を浮かべながらルゥナミアをなだめる。
「なぜ、ルゥナミアを招待することにした?」
「僕の演奏を聴きにきてくれたからですよ。そしてとても興味をもってくださったようだったので」
「それはあんたがあの場所で演奏をしていたからだ」
「……なにがおっしゃりたいんですか?」
「あんたには、なにが見えるんだ?」
シャンの問いに、男は僅かに目を細めた。
けれどそれはまるでシャンの見間違いだったかのように、すぐ笑顔に戻る。
「そうですね……おそらく、薄々気づいていらっしゃるのだろうと思いますけれど、僕は死人の魂が見えます。見えるだけでなく、相手が望むのであれば対話も可能です。僕の仲間は、所謂幽霊ということになります。そして……僕は、死期の近い人がわかる」
「え……」
驚いたルゥナミアが、微かに声を漏らす。
シャンはある程度予測していたので、驚きはしない。
ただ、やはりか、と思うだけだ。
「それで、ルゥナミアの寿命があとわずかだとわかった。だから最後に、彼女の求める曲を聴かせようと思った。そういうことなんだな?」
小さくため息をついてからシャンが問うと、男は黙ってうなずいた。
「あのっ、じゃあ、あとどのくらい生きられるのかは? それもわかるの?」
ルゥナミアが急きこんで訊く。
と同時に、その問いからは怯えが伝わってきて、シャンは胸が苦しくなる。
それを知ったほうがいいのか、知らないほうがいいのか、シャンには判断できなかった。
シャンは、真っ直ぐに男を見た。
男がどう答えるのか、その口から語られる言葉を、シャンは覚悟のないまま待つ。
シャンとルゥナミア、ふたりからじっと見つめられた男は、しかしゆっくりと首を横に振った。
「いえ。それはわかりません。ただ近いうちに魂が肉体を離れるのだな、ということがなんとなくわかるだけです。それがいつなのか……今日なのか、半年後なのか、それはわからないんです」
答えを聞き、シャンは知らず詰めていた息を吐き出した。
ルゥナミアも、ほっとしたような、残念なような、複雑な表情を浮かべている。
「残るひとつはなんでしょう?」
男が、穏やかな声でシャンを促す。
シャンは小さく笑いながら、ルゥナミアの横に並んで、真正面から男を見た。
「遅くなりましたが、俺はシャン、彼女はルゥナミアといいます。もしよろしければあなたの名前を教えていただけますか」
シャンの改まった口調と、最後の問いの内容に意表を突かれたのか、男は数度瞬きを繰り返したが、やがて破顔した。
「これは失礼しました。そういえば、名乗っていませんでしたね。申し遅れました、僕はヒーダリッドといいます。よろしくお願いします」
そう言って、ヒーダリッドは優雅に礼をした。




