市壁の上
昨夜、森で野宿をする場所を探していると、遠くにキムルエリームの街の大きな影が遠くに見えた。
そのとき、自然のものとは思えない灯りが小さく見えた。
見張りの灯りなら規則正しい動きをするものだけれど、それはただふわりと出てきて、ふわりと消えた。
あの灯りは、ちょうど市壁の上辺りに現れていたようにシャンには思えるのだ。
幽霊の正体が放浪楽師でもそうでなくとも、市壁にはなにかありそうだ。
そこにルゥナミアがいる可能性も、高いだろう。
市壁の上にある見張り用通路や見張り塔へ登るためには、階段を使うはずだ。
その階段が市壁の外に作られているのか、塔の内側などの空間を利用して作られているのかはわからない。
けれどもし塔の中を通ならければならないのであれば、中までは明かりが射しこまないだろうから、昨夜や今日のように月の明るい晩に灯りを手にしている理由がわかる。
そしてこれまでに立ち寄った街でも見られた光景だけれど、どこかから流れて来た人々の中には、市壁に密着するようにしてそこに家を作り、住み着く者が多い。
余所者が市内で住む場所を手に入れるのは難しい。
着の身着のままで戦火から逃げ出してきた人たちには、家を借りられるだけの金などない。
そういう人たちが集まって、市壁にへばりつくように雨風をしのげるような家を作り、住み着いてしまうのだという。
もちろんそんなことは許可されていないが、こういうご時世だし、多めに見てもらえるらしいという話だった。
市壁に寄り添うようにして暮らしている人々なら、人に見つからずに市壁の上に出ることもできるかもしれない。
いずれにせよ、市壁だ。
シャンは速度を上げた。
森から見えた灯りの位置が、どの辺りに当たるのか頭の中で方角と地図を照らし合わせ、見当はつけてある。
シャンは市壁を見上げた。
そこに、黒い人影を見つけ、シャンは目を凝らす。
月明かりに照らされた、ゆるく波打つ長い髪を確認するのと同時に、シャンは跳んでいた。
通常の人間では到底無理な高さも、シャンにとってはたったひと跳びだった。
通路脇の塀に手をつき跳び越えると、ルゥナミアともうひとつの影のあいだに体を割り込ませ、叫んだ。
「なにをしている!」
「シャン!?」
背中にルゥナミアを庇いつつ、目の前に立つ若い男を睨みつける。
「すごい登場の仕方ですね。君が彼女の同行者ですか?」
ところが、男のほうにまるきり敵意がないことを感じ取り、シャンは複雑な気持ちでルゥナミアと、若い男とを見比べた。
「どういうことだ?」
シャンがどちらへともなく訊く。
「これにはいろいろと事情があって……」
ルゥナミアがすいと目を逸らしながら言う。
自分に否があるときや負い目があるとき、よくやる仕草だ。
なにはともあれ、ルゥナミアが無事であることにほっとし、更に体調も悪くなさそうであることを確認し、シャンは大きく安堵の息を吐いた。




