消えた人々
(大変なことになっちゃった……)
時折びゅうっと強く吹く風にさらされながら、ルゥナミアはキムルエリームの街を見下ろしていた。
日が暮れて周囲はすっかり暗くなってしまい心細さを感じるけれど、眼下に灯りをともした家々が広がっていることにほっとする。
チロロは今、ルゥナミアの手の中で丸くなって寝てしまっているけれど、そのあたたかさも、ルゥナミアの心を落ち着かせてくれている。
「寒いですか? 少しだけ辛抱してくださいね」
「いえ、寒くはないんですけれど……。でも、これって誘拐ですよね?」
「まさか。違いますよ」
「えぇ……?」
そうなの? と訝りながら、ルゥナミアは隣に立つ若い男を見上げた。
強い風のせいで灯りは消えてしまったけれど、明るい月の光のおかげで、その表情までよく見える。
優しそうな瞳に、柔和な笑み。
話し方も丁寧だし、決して悪い人には見えなかったのだけれど……。
放浪楽師の演奏が終わり、宿へ帰ろうとしたルゥナミアを呼び止める声があった。
宿屋の扉に手をかけようとしていたルゥナミアはその声に振り返った。
すると、そこについ先ほどまで見事な演奏をしていた放浪楽師が立っていたのだ。
「これから仲間と演奏会をやるんですが、聴きに来ませんか?」
それはとても魅力的な誘いに聞こえた。
――けれど。
ルゥナミアだって、これまでの旅を通じていろいろなことを学んできている。
相手を疑うことも覚えた。
だから断ろうとしたのだ。
ところが、広場で一緒に放浪楽師の演奏を聴いていた人々が「まあまあ」などと言ってルゥナミアをさりげなく囲い込んでしまった。
そして囲まれたまま、気がつけばこんな場所まで運ばれてきてしまったのだ。
びゅうう、と山から吹き降ろす風が再び吹く。
「誘拐じゃなかったら、なんでしょう?」
「だから言ったじゃないですか、演奏会への招待です」
「わたし、まだお返事してないですよ」
「あなたは困惑していたかもしれないけれど、拒絶はしなかった」
男がくすりと笑ったのがわかった。
確かにその通りではあったので、ルゥナミアは反論できず、なんと返すべきか考える。
広場に集まった人の多くが、放浪楽師の息のかかった人間だったことには驚いたし、囲まれたときにはぎょっとしたけれど、特に乱暴をされたわけではない。
みんな先ほどまで聴いていた音楽の余韻にひたっているのかどこか陽気で、にこにこしていて、楽しそうだった。
恰幅のいいおばさんから、矍鑠としたおじいさんまで幅広い人たちがいたけれど、悪意は感じられなかった。
だから、ついつい流されてきてしまったのだ。
大きな声を上げようと思えば、できた。
心配性のシャンのことが頭を過ったのも、事実だった。
(それなのに、なんでついて来ちゃったんだろう……)
ルゥナミアは自分で自分の気持ちがよくわからず、首を捻る。
今、ここにはルゥナミアと若い男以外に誰もいない。
ルゥナミアを市壁まで連れてくると「楽しんでおいで」「一夜限りの演奏会だよ」などと言って、人々は消えてしまったのだ。
まるで、幽霊かなにかのように――。




