消失
(そんな莫迦な!)
シャンは宿屋を飛び出した。
すぐそこの角を曲がるまで、確かにルゥナミアは無事だったのだ。
もし発作を起こしていたら、通りで倒れている可能性がある。
しかしそこにもルゥナミアの姿はなかった。
(いったいどこへ消えたんだ!?)
シャンは通りを、広場とは反対のほうへと向かった。
さっきまで広場にいた人たちもみな家に帰ってしまったようで、通りは閑散としている。
ルゥナミアの姿も、見当たらない。
シャンは引き返し、今度は広場の様子を見に行く。
けれどそこにも、人の姿はない。
「チロロ? チロロ、いないのか?」
試しにチロロを呼んでみたけれど、この辺りにはいないようだ。
ルゥナミアについて行ってしまったんだろう。
けれど、今日着いたばかりの街で、いったいどこへ行くというのだろうか。
日が沈めば、ほとんどの店が閉まる。買い物ができるわけでもない。
全く見当がつかず、シャンはひとまず宿屋へ戻ることにした。
宿屋の扉を開けると、宿屋の主人が「なにかあったのか?」と声をかけてきた。
「すみません、俺の連れをみかけませんでしたか?」
「ああ、少し前に、外に出て行ったぜ」
頭が天井に届きそうなほど背が高く、筋肉がついてがっちりとした体といい、かなり迫力のある主人が、気さくに答える。
「さっき、戻って来たなんてことは……」
「いや。まだ戻って来ちゃいねえと思うが……。おい、ザック、おまえ新緑色の瞳をした嬢ちゃんが戻って来たの見たか?」
主人が食堂で酒を飲んでいる客に訊ねる。
「いんや。髪のふわふわした嬢ちゃんだろ? それなら出て行ったっきりだ」
「ほらな」
主人が間違いないだろ、というようにシャンを見る。
「そうですか……」
ということは、角を曲がってから宿に入るまでの僅かな時間になにかが起こったのだ。
「遠くまで行ってるんならまずいな。もう、すっかり日が暮れちまってるだろう」
シャンのすぐ後ろで主人の声がした。料理を中断して様子を見に来てくれたらしい。
「広場に、放浪楽師の演奏を聴きに行っただけなんです。そこの角を曲がるまでは、俺が確認していました。角を曲がってからこの宿に帰るまでのあいだに、消えたんです」
シャンは説明しながらも、自分が口にしていることが信じられなかった。
消えた?
消えたって言ったって、いったいどこへ――。
振り返り、周囲を見渡す。
まるで雲か煙のように、掻き消えてしまったルゥナミア。
けれど、実際にそんなわけはないのだ。




