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ファフティリアの丘  作者: 凪市有李
ルゥナミア 1
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旅の途中

 ルゥナミアは森の中の小道を歩いていた。

 腰まで届く栗色の髪を背中でひとつに束ね、澄んだ薄緑の瞳で正面にある背中を見ながら足を進める。


 前を行くのは蜂蜜色の髪の少年だった。ルゥナミアのことを気遣ってか、その歩みはとてもゆっくりだ。


 小道は山の中腹あたりに位置しており、右手には薄暗い森が広がっている。

 左手は下方へ向けて急な斜面が続いていて、斜面を下った場所にも緑の生い茂る森が見えた。


 この道を通る者は少なくないのだろう。

 幅は狭いが、踏み固められた地面は決して歩きにくくはない。

 しかしルゥナミアの足は徐々に重くなり始めていた。


 急がないと日没までに目的に着くことができない。

 それがわかるだけに、休みたいとは言えなかった。

 チィ、と肩の上に乗っている雪子栗鼠ゆきこりすのチロロが小さく鳴いた。

 後ろ足で立ち、両手を胸の前で合わせるようにしている。黒くつぶらな瞳が、心配そうにルゥナミアの横顔を見上げていた。

 

 体毛は青く光る白。

 大きさは手のひらに収まる程度という小形の栗鼠で、ルゥナミアの大切な家族だ。


「大丈夫よ」


 視線に気づいたルゥナミアが、そっとチロロの背を撫でる。

 そのときだった。突然、ルゥナミアの足もとの地面が崩れた。


「シャン!」


 ルゥナミアは前を歩いている少年に向かってとっさに手を伸ばした。


「ルゥナミア!」


 シャンが振り返る。しかし既にルゥナミアの体は斜面を滑り落ち始めている。


「助けて!」


 遠ざかるシャンを見上げて叫ぶ。

 シャンが躊躇せず斜面に踏み込むのがわかった。

 ルゥナミアを追い、器用に滑り降りてくる。


(助けて、お願い!)


 体が滑り落ちる勢いは止まらない。

 このまま永遠に落ち続けるんじゃないかと思い始めたそのとき、ふわりとルゥナミアの体が浮き上がった。


 斜面から浮いた体が、まるで誰かに抱き上げられているように、仰向けの状態で宙に留まっている。


「大丈夫か!?」


 すぐに追いついたシャンが、ルゥナミアに声をかける。


「う、うん」

「悪い、遅くなった」


 シャンは腰ほどの高さに浮いているルゥナミアの横につき添いながら、さっきまでとは異なり、ゆっくりとした速度で滑らかに斜面を下り始める。

 ふたりの前に立ちふさがるように現れる木々やその枝葉は、目に見えない力によって脇へ薙ぎ倒された。

 おかげで、ルゥナミアにそれ以上怪我が増えることはなかった。 


 やがてふたりは斜面の下に到着した。

 そこでようやく、ルゥナミアの体がゆっくりと地面に下ろされる。


「大丈夫だったか?」


 ルゥナミアの横に膝をつき、シャンが問う。

 暑い日の空を映したような青い瞳にのぞきこまれ、ルゥナミアの心臓が跳ねる。


「な、なんとかね」


 答えながら、地面に両手をついて身を起こし、立ち上がる。

 服の前面が土で汚れていたので、パンパンとはたいて可能な限り汚れを払い落とす。

 しばらく雨が降っていなかったのは幸いだった。

 シャンがすぐに助けてくれたので、汚れはさほどひどくなく、破れてもいない。


 シャンには不思議な能力がある。

 自分の近くにある物なら、手を触れずに動かすことができるのだ。

 今、ルゥナミアを宙に浮かせたのも、シャンの能力だった。


「ありがとう」

「ああ。それより、痛いところは?」

「あご、と膝」


 ルゥナミアは体のあちこちを動かして確認しながら答えた。

 シャンがルゥナミアのあごの傷を確かめるように顔を近づける。


 すっと上がった眉と、なにもかもを見透かしているような青い瞳に、薄い唇。

 シャンは全体的に整った顔をしているが、あまり高くない鼻のおかげか近寄り難い印象はない。

 笑ったら愛嬌のある優しい顔になる。


「あごは大したことなさそうだけど、少しすりむいてるから傷口を洗っておいたほうがいいかもな。膝も一緒に。幸い、すぐそこに川が流れてる」

「あ、ほんとだ」


 シャンが示した先に、きらきらと輝く水面が見えた。

 生い茂る木々の向こうに、小川が流れているのだ。


 ルゥナミアは足下に気をつけながらゆっくりと小川に近づいた。

 川面をのぞきこむと、澄んだ水面に見慣れた顔が映った。

 前髪は汗でところどころ束になっており、頬とあごには黒い汚れがついている。


 ルゥナミアはそっと川の水にそっと指先を入れた。

 手を水温に慣らしてから、両手で水をすくって顔をざばざばと洗う。

 少しあごの傷にしみたけれど、水の冷たさが気持ちよかった。


 振り返り、斜面の傍にいるはずのシャンがこちらを見ていないことを確かめてから、スカートを少しだけめくり上げて、すりむいた膝にも水をかける。


「いっ!」


 あごとは違い、少々派手にすりむいてしまった膝は、かなり水がしみて、ルゥナミナは思わず声を上げてしまった。

 ずきずきという痛みに顔をしかめる。


「チィ」


 小さな鳴き声がすぐ近くで聞こえたのでそちらに目を向けると、チロロが後ろ肢だけで立ち、ルゥナミアを見上げていた。


 チロロとは斜面を落ちるあいだに、離れ離れになってしまっていたのだ。

 チロロの無事な姿を見て、ルゥナミアはほっとした。


 もともと、チロロはルゥナミアが住んでいた家の、裏手にある森に棲んでいた。

 仔栗鼠のころ、猫に襲われているところをルゥナミアが助けたのだ。

 怪我をしていたので家に連れ帰り看病したところ、傷が治るころにはすっかりルゥナミアになついてしまった。


 以来、ずっとルゥナミアの傍にいる。


 適当に顔を拭ってから、簡単に格好を整え、シャンのところまで戻る。

 シャンは斜面を見上げていた。


「これを登るのは無理だな」


 もとの道に戻れるかどうかを考えていたのだろう。シャンは残念そうな口調で告げた。

 無理というのは、たとえ能力を使っても難しいということだとルゥナミアは理解する。


 もちろん、ルゥナミアは自力でこの斜面を登るだけの体力も技術も持ち合わせていない。

 おそらく、シャンも。


 シャンの能力は無尽蔵ではないらしい。

 たとえば、家のように大きなものを浮かせることはできないし、何時間も能力を使い続けることも不可能なのだという。


「うん、無理だね」


 ルゥナミアが同意する。


「ともかく、少し休みながらこれからのことを考えよう」


 シャンがルゥナミアのほうを向いて、提案した。

 その表情に焦りの色はない。不測の事態にも動じないシャンの様子が、ルゥナミアにはとても心強く感じられた。


「そうだね」

「体調は?」

「今は平気」

「それならよかった」 


 ルゥナミアとシャンは、手近な場所にあった倒木の上に並んで腰を下ろした。

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