7話 地下牢の奥から
地下牢、そこは外のきらびやかで美しい景色とは違い、薄暗く虫が集りそこらじゅうにコケが生えてる環境としては最悪の場所だった。そしてそこに捕まっている囚人達は皆一様に元気が無くうなだれていた。そんな地下牢の奥から場違いなほど大きな声と鉄格子に何かをぶつける音が響き渡っていた。
「こっからだせ! おい! 聞こえてんだろ! こっからだせ!」
この声の出所は隆司であり、鉄格子の音も隆司が頭をぶつけている音だった。すると牢屋の奥からしわがれた声が聞こえた。
「諦めるんじゃな、その鉄格子はお主の石頭でも開きゃせんよ」
隆司はその声に眉間にしわを寄せながら振り返った。そこにいたのは大量の積み重なった本に囲まれ、今にも死にそうな老人がいた。その老人は長年髪を切っていなかったのか髪が足元まで伸びていた。それ見た隆司は驚きのあまり尻餅をついた。
「びっくりした。妖怪かと思ったわ! いつからそこに居たんだよ」
その言葉に、老人はヒゲであろう部分をさすりながら答える。
「ホッホッホッ、驚かせてすまんのぉ、いつからと言われると百年くらい前からいるかのぉ、わしも若い頃はお主のようにここから出ようとしたのぉ」
隆司は、その言葉に飛びつき老人の肩を勢い良く掴んだ。
「爺さん、こっから出ようとしたのか! どうだった?」
老人はびっくりしながらもこう答えた。
「どうもこうも見ての通りじゃよ」
その答えに、隆司は肩を掴んでいた手を離し石壁に背を預け座り込んだ。それに対して老人は隆司の肩に手を乗せこういった。
「まぁ、そう落ち込むな。ここには本がたくさんある、当分は飽きはしないじゃろう」
隆司は、老人の励ましの言葉に対して答えた。
「爺さん……俺明日死ぬんだ……どうすりゃいい?」
老人は、その言葉に背を向けながら答えた。
「そうか、なら今この時間を噛み締めて生きるんじゃな。それしかできまい」
そう言うと老人は本の海の中に消えていった。しかし、老人の言葉は隆司の心に火をつけた。隆司は立ち上がる。今この時間を無駄にしないために、そして何より自分のために。
まず、隆司は手頃のサイズの石を見つけると、壁に向かって叩きつけ始めた。
その音を聞いた老人は本の山を崩しながら出てきた。
「な、何をしておるのじゃ! そんなことをしていたら見張りが飛んでくるぞ!」
そう老人が注意したのもつかの間、牢屋の前にはすでに二つの影が立っていた。
「近くを通ったので来てみれば、高宮 隆司そんな悪あがきはやめなさい」
その声に聞き覚えがあった隆司、しかし隆司は振り返らずに作業を続けながら言い返し
「よぉ、エルミナル久しぶりだな。見ての通りだけど悪あがきは辞めるつもりないから。まぁ、もしも殺さずに開放してくれるなら別だけどな」
と、ニヤリと笑みを浮かべながら言う。エルミナルはその言葉に眉をピクリとさせながらも、冷静に答えた。
「好きにしなさい、どうせ無理なんですから無駄な悪あがきを最後の時まで楽しんでくださいね」
そう言い残すとエルミナルは牢屋の前から消えていった。後ろの見張りは止めなくていいのかとあたふたしながらもエルミナルについていき消えていった。老人は汗をダラダラと流しながらも危機が去った事に安堵していた。
「心臓に悪いわい」
と言い残すとまた本の山に消えていき、眠りについた。そして、老人が眠りについてからも隆司は作業を続けていく。
かれこれ隆司が作業を始めてから二十数時間、隆司は使っていた石が砕けてしまったために、石で壁を叩く作業から素手で殴る作業に変わっていた。
寝て起きてを繰り返していた老人は聞きなれない音によって目が覚めた。そして、その音の発生源に向かって本の山から本を崩しながら這い出る。そこで、老人が目にしたのは百年ぶりに見る外の光。
その光は壁に空いた小さな穴から漏れる小さな光に過ぎなかった。しかし、それで老人を動かすには十分だった。老人は興奮したように飛び跳ね隆司に問う。
「こりゃすごいぞ! こりゃすごい! もしよかったらじゃが……」
そこで、老人は初めて隆司を見た。そこには、手から多量の血を流し、服を大量の汗で濡らした隆司が立っていた。隆司は声を振り絞り発言した。
「もしよかったらなんだ? 爺さん」
老人は動揺しながらも答えた。
「あ、あぁ、そうじゃった。もしよかったらじゃが……その悪あがき儂にも手伝わせて欲しい」
その言葉に対して隆司はただ頷き、老人は髪をかきあげ気合を入れた。その顔はシワだらけでヒゲと眉が仙人のように伸びながらも、目をしっかりと見開き前を向いていた。そして老人は少し空いた壁の隙間から外を覗く。
「まず手始めにじゃが、残り時間を計算させてくれい。お主がここに来た時には太陽はどこにいた?」
その問いに隆司はゆっくり答えた。
「多分……真上かな」
老人は顔をしかめる。
「そりゃ、まずいのぉ。非常にまずい時間がないぞ、予想じゃがあと一時間じゃお主の処刑まで」
隆司は自嘲的に笑うがしっかりとした目で聞き返した。
「やばいな、爺さん、なんか案ないか」
老人はヒゲをさすりながら考える。そして考えること数十秒
「お主はどんな能力を持っている?」
「どんなって、この手錠があると能力使えないんだろ?」
と隆司は銀色の手錠を見せる。
「いや、いいから早う教えろい!」
隆司はあまり納得のいかない顔をしながらも自分の能力を簡潔に教えていく。そして、〈破力〉について教えた瞬間
「それじゃぁぁ!」
いきなりの叫びに隆司は体をびくりと震わすが、何故なのかを聞いた。
「お主の話だとその〈破力〉という能力は、儂は聞いたことがない! そこでじゃ、いいか、よく聞け、この儂らに付けられている手錠は能力を使わせない手錠ではなく。この世界で作られた能力を使わせない手錠なんじゃよ!」
「え、だからってこの〈破力〉がこの世界の外で作れたとは限らなくない?」
隆司は疑問をぶつけると、じいさんは興奮気味に本の海に飛び込み「あれでもない、これでもない」と本を探し、目当ての本が見つかると隆司の目の前に飛び出し説明を始める。
「この本には世界で生み出されるあらゆる能力が日々追加され記される本じゃ! 儂はこの本を毎日のように見ておったがお主の〈破力〉という能力は一度たりとも見た事がない!」
老人の興奮は収まりを知らず話を続ける。
「そして決め手はこの壁を破壊したことじゃ! この壁は神石と呼ばれる石でできていて素手で壊すことは不可能なんじゃよ! しかし、お主は壊すことができたつまりじゃ! お主は無意識のうちに〈破力〉を発動し壁を壊したんじゃよ!」
老人は息を切らせながら、隆司を見る。そして、圧倒されながら聞いていた隆司は
「おおおおお! 俺すげえぇぇぇ!」と老人と手を取り、ぐるぐると回り喜び、老人は語る。
「儂は百年前、天界に不法侵入した事で捕まり、それ以降百年間この地下牢で暮らし、数万とも呼べる本を読み漁り、手錠のことを知り壁が破壊できないことを知り、あらゆる知識を身につけ、お主と出会った。まさにこれは奇跡じゃ!」
喜びを分かち合っていると、廊下の先から見張りの天使の声が届く。
「ちょ、なにやってるんですか!」
それに気づいた老人が慌てた様子で隆司を急かす。そうはさせまいと見張りの天使は翼をはためかせた牢屋まで急ぐ。そんな中隆司は
「どうやって発動すりゃいいんだ!? 爺さん!?」
と、ある意味焦っていた。老人は口をあんぐりと開け、適当に怒鳴り散らしながらアドバイスもとい文句を言う。
「適当に〈破力〉〈破力〉と連呼しとればいいんじゃよ! そうすりゃ多分……出来るわい!」
そう言っている間にもすぐそこにまで迫っている天使。そわそわしながら隆司と天使を交互に見る老人。そして〈破力〉と連呼する隆司。すると
「なんか来たぁぁぁぁ!」
と大声とともに、隆司の体から黒き炎のようなオーラが吹き出す。そして隆司は壁まで詰め寄り、渾身の力を込めて気合の言葉と共に壁を殴りつける。
「こんな所で死んでたまるか!」
壁は轟音を上げながら吹き飛び、周りには暴風が吹き老人は壁に叩きつけられ天使は廊下の一番後ろにまで吹き飛ばされる。周囲にあった本は外に飛び出るかボロボロになっていた。
老人は目をさます。壁に叩きつけられた衝撃で数秒の間気絶していたようだった。そして意識が朦朧とするなか、隆司に目を向けるとピクリとも動かない。老人は近づき驚く
「なんじゃこれは……」
隆司の体は馬に何時間も引きずられたかのように身体中から血が大量に吹き出し皮膚は肉が見えるくらいボロボロになっていた。それに加え壁を殴った方の腕はあらぬ方向へ曲がっていた。老人は唖然としながらも隆司に急いで近づき安否を確認する。
「大丈夫か!? 生きておるか!?」
すると、左腕が上に上がりグッドマークの手を向け
「俺……タフだから……」
と少し笑いながら答えるが明らかに意識が朦朧としているのが見て取れた。それ故老人は戸惑ってしまった。これほど危険な能力を使わせてしまったことを……
しかしすぐに思い出す、この若者があと数十分で処刑されてしまうことを……
そして覚悟する、この若者を生きて外に出し自分ができる限りのサポートをしようと
そこからの老人の行動は早かった。廊下の奥でまだ気絶している見張り天使に近づき手錠の鍵を奪い手錠を外し、馬鹿でかく空いた穴から下を覗き込む。すると一匹、一匹が巨大な蛇のような生物の群れがブラックホールのような穴に向かって空中を優雅に泳いでいる。
しめたとばかりに老人は自身の能力を使う。すると、筋肉が盛り上がり体格は肥大化する。そして、鎖が老人の手から生成され隆司をぐるぐる巻きにする。そして老人は、隆司を背負うと穴の縁に立つ。それと同時に多数の天使が廊下の奥からやってくた。
それを横目に老人は外へと飛びおり、浮遊する島に鎖を引っ掛けながら勢いを殺し、蛇の群れの中の一匹の背中に着地するが、振り返ればそこには数え切れないほどの天使がいた。
「さぁ、どんどんかかってこい」
その言葉を皮切りに、老人目掛けて天使たちは襲いかかる。それをものともせずに老人は手から作り出した鎖を縦横無尽に操り払い退ける。
そこで天使達の隊長らしきものが「奴らの乗っている蛇を攻撃しろ!」と命令すると一斉に老人が乗っている巨大な蛇目掛けて攻撃が始まり、槍に矢に炎に氷と多種多様な攻撃が降り注いでくる。
さすがの老人といえども、その全ては捌ききることができず攻撃が巨大な蛇の群れに当たる。しかし、その行動が巨大な蛇達を怒らせ、巨大な蛇と天使達で混戦状態になってしまう。老人はその好機を見逃さず鎖を巨大な魚に括り付け操縦し、ブラックホールのような穴に突入する。
穴の中は暗い洞窟のように遥か先まで続き、所々に光の穴が存在していた。しかし、穴に入ってから老人にある異常が現れる。吐き気、頭痛、全身の痛み、そして精神を蝕むほどの狂気。およそ常人には耐えきることができずに廃人になるであろうその苦しみに老人は耐えながら、巨大な蛇を操縦し一番近い光の穴に向かう。
そして突き抜けた先には、太陽が存在しないのに青い空が広がり、青々と生い茂った木々がそびえ立つ、不思議な世界。薄れゆく意識の中、そんな世界に老人は見覚えがあった。かつて戦いを共にした無名の少女の住む世界。その世界の名を老人は口ずさむ
「無限世界」と。