第4話
帰り際、白髪の女性は僕を門の先まで見送ってくれた。
「ご迷惑だったかしら?」
「いえ、そんなこと……」
僕は焦って否定した。迷惑だったわけじゃない。自分に馴染みのない高級なものだらけだったから、戸惑っていただけだった。
「あの子はね」
女性は遠い目をして言った。まるで、ずっと昔を思い起こすかのように。
「生まれたときから光を知らないのよ」
女性は自分の白髪に触れながら続けた。
「どんなに高級な邸宅を建てても、庭師を雇ってきれいな庭にしたてても、あの子にはそれが分からないの。 目が見えないから」
僕は何も答えられなかった。僕にはあまりに重たすぎることだった。というよりも、むしろ、この女性は、おそらく僕なんかの返事を期待してなどいないだろう。ただ、吐き出したかっただけなのかもしれない。
この人は、どれだけの間、彼女と過ごしてきたのだろう。目の見えない彼女と、どんな会話を交わしていたのだろう。どんなに美しい景色を見ても、どんなに可愛らしい洋服を見つけても、彼女に伝えることはできない。気持ちを伝える手段は、言葉や、匂い、触感といったところだろうか。でも、目で見なければわからないものは、伝えようがない。
一言も口を利かなかったあの子の顔が浮かんだ。女性に何か言われても、あの子はただうなずくくらいだった。僕の問いかけにも口を割る気配はなかった。
僕は、いたたまれない気持ちになって、頭を下げ、すぐにその女性と別れた。梅雨はまだ明けそうもない。僕は、今にも降り出しそうにどよめく雲のうねりをにらみつけた。そして、じんわりと汗をかいた首元のシャツをぱたぱたとさせながら、どこへ行くともなく、固いコンクリートの道を急いだ。