エピローグ
「あら」
僕がコンビニで雑誌を立ち読みしていると、真っ白なふわふわの髪をした女性が声をかけてきた。淡い紫のロングスカートが、とてもよく似合っていた。
「約束は今日の三時でしょう?」
「まだ、時間があったから」
女性は、自分も雑誌を手に取り、真ん中あたりのページを広げた。特に読みたいというわけでもなさそうだった。
「今日はどこへ行くの?」
「クラシックが生で聴きたいって言うので。 それを聴きに」
「そう、楽しそうね」
女性は嬉しそうに言った。僕は読みかけだった雑誌を閉じた。
「こういうところ、来るんですね」
「私だってコンビニも大好きだし、デパートのバーゲンにも目がないのよ」
それを聞いて笑う僕に、女性はふいに言った。
「お洋服、選ばされちゃったわ。 “どれが可愛いの”って」
「……すみません」
「いいのよ。 楽しいものよ、お洋服を選ぶのって。 それに、最近、あの子のこと、よくわかってきたもの」
真っ白なふわふわの髪は、決して老けているとかいう印象を抱かせなかった。相変わらず、物静かな喋り方。そして、上品な雰囲気。貧乏に慣れっこの僕には、どれもが新鮮に見えた。
「食べ物の好みとか、シャンプーの種類とかね」
「シャンプー?」
女性は、にこやかに言った。
「昨日の夜ね、“どうしてシャンプー変えちゃったの”って。 “前のやつの方が髪に合ってたのに”って。 やっぱり女の子ね。 メイクもしょっちゅう頼まれるの」
「女の子だと大変ですね」
「あら、あなたも大変じゃなかった?」
女性は、僕の服装を上から下まで眺めて言った。僕は、新しい服を、きちんとしたお洒落な店で久しぶりに買ったことを思い出した。
「現代の若者って感じね。 いいじゃない、似合ってるわ」
そう言いながら、嬉しそうに微笑んだ。
「あの子も今日はお洒落してるから、気合い入れなさいね」
からかいながら、女性は僕を肘でつついた。僕は照れくさくて、何度も頭をかいた。にやにやする僕に、女性は少し真剣な瞳で言った。
「でもね、障害者との付き合いは、どこかで必ず壁にぶち当たるものよ」
ふわふわの髪に触れながら、女性は続ける。
「それでも、あなたは大丈夫?」
僕は、いつかあの子に言われた言葉を思い出した。
「好きだから、あの子を選んだんです。 あの子がどんな子かなんて、僕は気にしません。 ……ハンバーガーと一緒です」
「ハンバーガー?」
女性は、すっとんきょうな声で言ったが、すぐに安心したような、満足げな表情になった。そして、店内の壁にかかっている時計に目をやるやいなや、早口で言った。
「ほら、もう行かないと。 デートに遅刻するのは減点対象なんだから」
僕は、腕時計を見た。三時五分前。つい、話しすぎてしまった。焦って女性に頭を下げ、急いでコンビニを出た。
外に出ると、涼しい風が気持ちよく吹いていた。空には、ふわりとしたいわし雲が広がっている。その色は、ふわふわの真っ白な髪の毛を連想させた。
レンガの道の通りに出た。ここからだと、あの家はもうすぐだ。あの公園の横を通り過ぎ、僕は走った。あと少し。あと少し。
大きなレンガの壁で囲まれた豪邸の前に、髪の長い女の子がぽつんと立っていた。僕の足音に気付いたのか、こちらを振り向く。そして、名前を呼ぶ。
「ゆうじ」
女の子は、僕の方に手を伸ばす。僕は、その手をしっかり握る。
「向こうで、葛西さんと会ったよ」
「デートなのよ」
「デート?」
「葛西さんもね」
僕は、それを聞いて笑った。確かに、今日の服装は、いつにも増して上品さに磨きがかかっていた。化粧も少しばかり濃かった気がする。
彼女は、僕の腕に自分の腕をからめた。
「行こうか」
僕は、そう言って、ゆっくり歩き出した。そのとき、さくらが思い出したように言った。
「ねぇゆうじ、教えてあげる」
「何を?」
「私のこと」
さくらはそう言って、いつもの癖のように、腕を組んでいない方の手で僕の服を握った。
僕らの歩き方は、比較的ゆっくりだった。途中、何人もの人に抜かされた。それでも僕は気にしなかった。
僕は、もうあのアパートにいても、孤独を感じることもなくなった。
彼女の愛情は、誰よりも真っ直ぐで、僕を戸惑わせることも多い。いろんな人と出会い、いろんな感情にもみくちゃにされ、疑い深くなった僕は、初めのうち、それを素直に受け取っていいものか、悩むこともあった。それでも、彼女はひたすら僕に愛情を注いでくれた。
たとえば、仮に、またひどい孤独を感じることがあったとしても、きっとそれはすぐに溶けて消えると思う。彼女の愛情さえあるなら。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。
読み返してみたら、なんとなくですが、薄い感じがする…。あくまで私個人の意見ですけど。
いまさらながらにちょっとばかり後悔してます…。
こんな自分の満足もいかないような小説を投稿しちゃったこととか。
未熟者です。
最近流行り(?)のあの曲じゃないですけど、ホント、私は未熟者です。
…ということを痛感しました。